静岡県富士市を本拠に建設業向けソフトウェアの開発、販売を手掛ける建設システム。ソフトウェアのサブスク化によるビジネス変革を実現後、急成長を成し遂げている。旗振り役を務めた担当者に変革の裏側、成功の秘訣(ひけつ)を聞いた。
DX(デジタルトランスフォーメーション)を実現する上で、クラウドの活用は極めて重要な要素だ。だが、重要性は理解されていても、クラウドをどう活用して変革を達成するかといったロードマップを描くことは容易ではない。環境変化が激しい昨今、予想通りに物事が進むのはまれで、むしろ想定外の事態がDX成功の大きな要因になることもある。
そこでポイントになるのが、変化を機敏に捉えて適切なタイミングを見極め、勝負をかけることだ。クラウドを活用して既存のアプリケーションをサブスクリプション化し、開発スタートから5年で"キャズム超え"を実現。2022年現在、複数の大手ゼネコンに標準ソフトウェアとして導入される「SiteBox」を展開しているISV(独立系ソフトウェアベンダー)の建設システムもそうした成功例の1社だ。
同社は、従来型のパッケージ販売モデルから、クラウドを活用したサブスクリプションベースのビジネスモデルに転換し、現在、売り上げ構成比の45%がサブスクリプションになるなど、事業だけでなく企業変革も成し遂げている。
建設システムは静岡県富士市を本拠に建設業向けのソフトウェアを開発、販売する、設立30年のISVだ。売上高は65億円、社員数は345人(2021年6月)で、施工管理パッケージソフトウェア「デキスパート」を中心に、3次元ソリューション「INNOSiTE」、モバイル・クラウド向けのSiteBoxなど、建設業のさまざまなニーズに対応する40種類以上の製品を提供している。建設システムでビジネスモデル変革の旗振り役を務めてきた立川預嗣也氏はこう話す。
「現在の売り上げ構成比は、売り切りであるパッケージが約55%、サブスクリプションが45%で、2021年度はサブスクリプションが50%を超える見通しです。こうした構成比になったきっかけの1つがSiteBoxです。SiteBoxは、スマートフォンで利用する土木分野の写真管理アプリケーションです。土木分野の写真管理はニッチに思えるかもしれませんが、大手からスタートアップまで50社以上がしのぎを削る激戦区です。SiteBoxは、その市場で約4万のアクティブユーザーに支えられているサービスです」(立川氏)
建設業の中でも特に土木は、履行確認のために非常に多くの写真を撮影する。工事の規模にもよるが、1工事当たり3000枚、大規模な工事では数万枚の写真を発注者に納めることが求められるという。そうした現場における写真管理の課題を解決支援しているのがSiteBoxだ。
SiteBoxの開発プロジェクトがスタートしたのは2010年だ。立川氏が「iPhone 4というスマートフォンが発売され、建設業における仕事の進め方を一から変えるかもしれないと直感した」ことがきっかけだった。
「2011年に最初の企画を提案し、2014年から開発着手、2015年にリリースという流れでした。企画段階から約3年と期間が空いたのは、2021年現在のようにクラウドやサブスクリプションが一般的ではなく、社内の合意形成をとるのに非常に時間がかかったためです」(立川氏)
経営層や事業部門を説得する過程で、具体的に課題となった点は3つあった。「既存のビジネスとサブスクリプションビジネスを両立できるのか」「低額または定額の商品になる中で、営業をどう動かすのか」「サービスを開発できるエンジニアをどう集めてくるのか」だ。
「既存のビジネスが売り切りだったので『既存ビジネスを壊してしまうのではないか』という懸念は社内から数多く寄せられていました。また営業部門からも『低額の商品のために動くことは難しい』という声が多くありました。当時は、直販よりも代理販売店を通じて販売しているケースが多く、低額かつ定額の商品を取り扱ってもらうためにどう説得するのかが大きな課題だったのです」(立川氏)
開発の提案は何度も却下されたが、一つ一つエビデンスを出しながら諦めずに企画を出し続けたという。その一方で、技術面でエンジニアをどう確保するかも懸念材料になっていた。既存のデスクトップ製品は開発言語に「C++/C#」を採用したWindowsアプリケーションを開発していたが、iPhoneを中心にしたネイティブアプリを開発するための「Objective-C」やWebアプリを開発するためのWeb技術は、スキルやノウハウを持ったエンジニアが皆無だったという。
「まずは社内で、クラウドやWeb技術をコツコツと調べるところから始めました。ITエンジニアは新しいことに取り組むことをモチベーションにしている面があり『これがビジネスになる』というよりも『まずは試してみよう』という雰囲気でした。エンジニアが少しずつトライ&エラーを重ねながら、開発のための技術を身に付けていきました」(立川氏)
企画におけるエビデンス集めと、技術のトライ&エラーを加速させるために採用したのがMicrosoftのクラウド製品群だ。フロントエンドに「Xamarin」、バックエンドに「Microsoft Azure」と「ASP.NET Core」を採用し、MVP(Minimum Viable Product)によるリーン開発を実践した。
Azureを中心にMicrosoftのサービスを採用した理由は、大きく3つあった。
1つ目は、デスクトップ製品でC++/C#を利用していたこと。既存資産を有効活用しながら、クラウドアプリケーションを開発することができた。2つ目は、日本国内の法制度に対応していたこと。開発をスタートさせた当時、日本国内の法律に柔軟に対応できている大手クラウドサービスを検討したところ、Azureが最適だったという。3つ目は、サポートが充実していたこと。建設システムでは現在、Azure以外の複数のクラウド環境を利用しているが、その中でも日本マイクロソフトのサポートは「圧倒的に親切で、支援が手厚い」(立川氏)ものだった。
「MVPを持ってお客さまの元に出向き、MVPを利用していただいて仮説検証をし、得られたフィードバックをふまえて方向転換することを繰り返しました。クラウド化とサブスク化を実現するために立てた戦略は3つあります。それは『ホワイトスペースのみを狙う』『パッケージもサブスクも両方手掛ける』『小さなチームから始める』です」(立川氏)
1つ目のホワイトスペースは「現場での撮影」のことだ。従来の土木分野の写真管理ソフトウェアがカバーしていたのは、撮影後に写真を整理して国や自治体が求める形に納品するまでだった。「現場での撮影は今までの製品でカバーできておらず、その領域からサブスク化して徐々に拡大する戦略にすることで、従来のビジネスを壊してしまうリスクを回避しながら、新しいビジネスとして成長できると考えました」(立川氏)
2つ目の「パッケージもサブスクも」は、両者を対立軸ではなく補完軸と捉える戦略だ。
「サブスク製品に既存パッケージのコアとなる製品との連携機能を盛り込み、製品同士が補完関係になる構成を目指しました。メイン商材であるパッケージ製品を売るついでに、サブスクリプションのサービスを提案してもらうことで、顧客単価アップが期待できます。パッケージとサブスクの双方で相乗効果を出すことで、営業部門やパートナーである販売店側が動きやすい環境を目指しました」(立川氏)
3つ目の「小さなチーム」とは、開発者集めと開発サイクル高速化のための工夫だ。変化し続けるビジネスニーズに対応するためには、クラウド利用だけでなく、柔軟な変化に対応できる組織づくりも重要といえる。まずは技術的なモチベーションが高い少数のエンジニアでチームを構成し、製品をリリースした後に、チームを拡大させていった。
「SiteBoxの開発チームは現在、4人ごとの2チームに分かれています。1つは、2カ月に1回のリリースを担当し、顧客の要望にタイムリーに対応するチーム。もう1つは、半年程度の中期スパンで戦略的な機能を実現するチームです。チームを分けて開発することにより、顧客満足度の向上と差別化の両軸で、競合他社を圧倒することが目標です」(立川氏)
サブスクリプションモデルの採用は、クラウド化と切っても切り離せない関係にある。立川氏はクラウドだからこそ乗り越えられた課題として「当たらない予想への適応」「変化するビジネスニーズへの適応」の2つを挙げる。1つ目の「当たらない予想への適応」についてこう話す。
「SiteBoxがキャズムを超えたタイミングとその結果は、自分の予想と全く違うものでした。キャズムを超えた最大の理由は、国土交通省が写真管理のスマートフォンアプリの利用を正式に認める通達を出し、各地方自治体が同様に通達を出したことです。リリースした2015年のタイミングでこの通達が出されると予想していましたが、実際は2017年1月30日でした。またトラフィックは5倍程度の伸びという予想をはるかに上回る17倍のトラフィックになりました。もしオンプレミスでサービスを開発していたら、予想外のタイミングとトラフィック量の前にビジネスは止まっていたでしょう。予想外の状況が起きても柔軟に対応できたのは、クラウドの拡張性と柔軟性の恩恵を受けたからこそです」(立川氏)
また、2つ目の「変化するビジネスニーズへの適応」はこう話す。
「当初は中小企業のお客さまが中心でしたが、キャズムを超えたタイミング以降、大手ゼネコンのお客さまからの引き合いが急増しました。その際に、高度なセキュリティと、より安定した運用体制を短納期で構築することが求められました。Azureには、こうしたニーズに対応できる機能が充実しています。既定のサービスを試しながら、有効であれば利用し、効果がなければやめることも簡単にできます。こうしたビジネスニーズへの迅速な対応は、オンプレミスでは難しくクラウドを利用する最大の価値です」(立川氏)
建設業界は政府の後押しもあり、業界としてのDXを加速させている状況だ。建設システムでも、今後はパッケージ製品のクラウド化を加速させて「建設DXのプラットフォーム」として人手不足に悩んでいる建設業の生産性向上に寄与していきたいとする。クラウド技術の習得も、個人のモチベーション頼みになるのではなく、組織的に「クラウド人材」を育成できるように教育環境を整備していきたいと話す。
「社内の現状に対して課題や悩みを抱く人材は身近な所にいます。普段から話したり、飲みに行ったりして、部門間で気軽にコミュニケーションを取ることから始めてみるといいと思います。Azureをはじめとしたクラウド技術を学びながら、1つ1つエビデンスを示し、意思を貫く覚悟を持って取り組んでほしいと思います」(立川氏)
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アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2022年2月6日