ビジネスの成長に必要不可欠となったクラウド。だが、まだまだ抵抗感があったり、十分に活用し切れていなかったりする企業も多いようだ。クラウドで競争力を強化し、新たな価値を創造していくにはどうすればよいのか。先行してクラウド移行を進めている企業のITインフラ担当者、情報システム部門に話を聞いた。
コロナ禍を経てデジタル化やハイブリッドワークがかつてない速度で進み、新しいAI技術の台頭で大規模なスケールでのイノベーション推進が予想される中、変化への迅速な対応を可能にするITインフラの重要性が増し続けている。既存システムの安定稼働をメインとする“守りのIT”から、“攻めのIT”への転換が求められる中、企業の情シスはどう取り組めばよいのか。変革の切り札として「クラウド」をどう活用すべきかについて、先行してクラウド移行を進めている下記企業のITインフラ担当者、情報システム部門の方々に秘訣(ひけつ)を聞いた(社名50音順)。
――最初に、クラウド移行に至った背景を教えていただけますか?
小林氏 そもそもインフラは「動いて当たり前、止まると怒られる」ので、守り一辺倒になりがちですが、その中で若手情シスが自分の仕事に悩んでいる様子が見えていました。
ちょうど会社としても「攻めと守り」というキーワードが出ていたこともあり、部内で情シスの在り方を再定義した結果、「会社の成長に貢献し、誰からも頼りにされる」「一人一人が成長を実感し、誇りを持つ」の2つの方針が出てきました。これには安定稼働と並行しながら、短期間で新しいことに挑戦しなければならないので、既存の環境や働き方では難しく、「改革にはクラウド移行が必要」となりました。
久保氏 いま思うと小林さんのように、先に目的や効果を定義してからやるべきだったのかもしれませんが、弊社はファイルサーバの容量逼迫(ひっぱく)がクラウド移行のきっかけでした。新たに使い始めたSaaS(Software as a Service)にファイルを保管すると、ストレージ容量が高額になることもあって「どこか他のファイル保管領域を使えないか」とIaaS(Infrastructure as a Service)での検討を始めた形です。クラウド自体の検討は抵抗なく進められました。
花野氏 弊社の場合、各事業部やグループ会社が直接さまざまなクラウドサービスを使い始めていてIT部門で利用状況を把握できず明確なルールもなかった中、ガバナンスやセキュリティを徹底するためにもクラウド集約を目指しました。
もともと自前のデータセンターがあり、データセンターの大規模仮想環境に投資することで「すぐにサービスインできること」を強みにしていましたが、クラウドの登場でこの事業優位性が崩れつつありました。社内からの抵抗はありましたが、「固定費から変動費にシフトでき、大きな事業を進める際にもハードウェア投資が不要で、柔軟性が高まる」と説明して、クラウド移行を進めました。
――既存環境で特に課題と感じていたことは何だったのでしょうか?
小林氏 新システムや新機能などの開発に時間がかかることです。オンプレミスでは何をするにもモノの調達から始まり年単位で、システム刷新なども「5年に1回」なので、すぐに価値を提供できません。こうした環境下ではどうやっても攻めに転じることは難しいと思いました。
久保氏 5年ごとのハードウェア保守切れでサーバをリプレースする際、アプリは現行踏襲だったので「何も変わらないのにお金がかかるのか」と聞かれ、費用対効果をうまく説明できず大変でした。また、オンプレミスは導入後の増強が難しく、5年後を見据えてサイジングしても、徐々にリソース不足に陥ってしまうのも悩ましかったです。
花野氏 久保さんもおっしゃる通り「ハードウェア投資は、未来を見据えて」といっても難しいですよね。自前のデータセンターでは、投資は固定費化します。オンプレミスでは柔軟性の問題もあります。
例えば、弊社では幼児や小中学生向けに「チャレンジタッチ」というタブレットを提供しているのですが、定期テスト前と夏休みでは、利用のピークが大きく変わります。オンプレミスでは最大使用量を予測して購入するしかありませんが、クラウドならば利用状況に合わせてリソースを柔軟に増減できます。DR対策(災害復旧)も、オンプレミスと比べて構築検討の負担がかなり減りました。
また、導入スピードも圧倒的に速くなり、サーバ構築だけなら、従来1〜2カ月かかっていたことが2週間で完了します。
――皆さんは「Microsoft Azure」(以下、Azure)を利用中ということですが、選定時の決め手は何だったのでしょうか?
小林氏 クラウドに移行したとしても、従来と同じくSIerに依頼して作り込むと、自社で触れなくなり、安定稼働と守りばかりにフォーカスしてしまいます。Azureには、クラウド導入の取り組みを促進するフレームワーク「Microsoft Cloud Adoption Framework(CAF)」があり、「このベストプラクティスに沿って進めれば、全てをSIerに依存せずに内製化できる」と感じました。自分たちでスモールスタートする際、どのステップで進めていくべきかを判断するのに参考になる資料やフレームがそろっていたことが大きいです。
久保氏 弊社は、利用していたほとんどのサーバがWindowsベースだったことが理由です。いろいろと比較しましたが、サービス内容は大きく変わらず、やはりWindows Serverとの親和性が高いAzureの方が移行コストを抑えられるだろうと考えました。
花野氏 自社データセンターからの移行に当たって、DNS(Domain Name System)やActive Directory、ロードバランサ―など、共通基盤一式を用意しなければならなかったので、何社か提案をもらって比較しました。久保さんと同様、機能や提案内容はほぼ横一線でした。決め手となったのは2点あります。
1点目は、Azureは最初から手厚いサポート体制があった点です。
2点目として、既存資産の活用を含め、実在するシステムをモデルケースとして提示したところ、コスト比較で一番いい結果だった点が魅力でした。1つのシステムであれば、他のパブリッククラウドでも良かったのですが、データセンター丸ごとだったのでコスト面でのメリットは大きかったですね。
また、移行した当時からPaaS(Platform as a Service)を使っていこうという方針があり、2017〜2018年ごろだったので他社はあまりPaaSを出しておらず、当時はAzureが一歩抜け出ていたのも選定理由です。
小林氏 サポートに関しては勉強会を開催してもらうなど、われわれも手厚く支援していただきました。
――Azureに移行した効果はいかがでしょうか?
小林氏 内製化が進み、自分たち自身で新しい価値を提供できるようになり、対応スピードも年単位から月単位になりました。
また、従来は「まずはSIerに相談」でしたが、今ではまずAzure Portalやホワイトペーパーを見ながら、「自分たちでやってみる」ようになりました。アクションが大きく変わり、SIerには、本当に頼まなければならないところだけを頼むようになって予算の桁も1つ減りましたし、働き方もスピード感も大きく変わったのが一番の大きな効果です。
久保氏 今のところは、「オンプレミスと同じような使い方ができている」ことが移行効果かもしれません。クラウド移行の1番の抵抗勢力はアプリ開発チームで、「クラウドが止まったらどうするのか」と言われていましたが、従来通り問題なく使えています。これから新しいサービスの立ち上げなど業務に応じて対応ができるパターンが増えてくると、より大きな効果を感じられるのではと考えています。
費用面に関して月額固定から従量課金の変動に切り替わったので、最近は為替の動きが気になったりしています(笑)。ただ開発やテスト機のように一時的なリソースを小まめに停止することでコスト削減効果が得られるのはクラウドの特性ですね。
花野氏 繰り返しになりますが、やはり柔軟性が高まったことですね。コロナ禍で政府から「GIGAスクール構想」による環境整備が早まることが発表されました。弊社の授業支援サービスの「ミライシード」は全国約9000校に導入されています。対応できるインフラへ大規模な拡張を一気に実施できたのは、クラウドによる柔軟性とコスト効率の良さの恩恵です。オンプレミスだと不確実性が高い場合の投資が難しかったです。先ほど小林さんからもあったようにシステムの構築スピードが上がり、かなり事業へのインパクトが出ていると思います。
また、事業ごとにアプリ開発部門がありますが、それぞれでAzureの区画を分け、インフラ権限ごと渡しているので、設定なども事業部で完結するようになりました。事業スピードの貢献にも役立っています。
導入から6年ほどたち、最近はAzure Synapse Analyticsでのデータ分析基盤構築やAzure OpenAI Serviceを活用した社内AIチャットサービス「Benesse Chat」の全社リリースなど、新しい技術もすぐに試せるようになりました。今後にも期待ですね。
久保氏 われわれが追い求めている理想形です、インフラ部門はもちろんアプリ部門もインフラを扱いやすくなることで壁がなくなり働き方が変わっていったんですね。
――Azureへの移行に当たって苦労したことがあれば教えてください。
小林氏 やはりSIerに依存していたところから、内製化へ意識を変えるのが大変でした。5年に一度のシステム更改では学習のモチベーションが上がりませんが「日々新しい機能を使って課題を解決する」という業務スタイルとなると、話が変わってきます。勉強する時間と経験する場を作り、少しずつ成果を出せるように進めました。
リスクをSIerに転嫁するような考え方はやめ、プロジェクト規模を小さくリスクを軽減し、SIerとは真に信頼できる技術パートナーとしての付き合い方に変わっていきました。
久保氏 環境構築から移行、運用まで自社リソースでは足りず、Azureに詳しいベストパートナーを見つけるのに苦労しました。2025年度には基幹システム移行を予定しており、そこでまた苦労しないためにも、われわれ自身もこれから知識を身に付ける必要があります。
オンプレミスではクラスタ環境を構築していたので、Azureで同様の可用性をどう実現するかも課題でした。これだけの構成が本当に必要かどうかは、あらためて検討が必要ですが、アプリ開発チームに「クラウドでも大丈夫」ときちんと言えるようにしていきたいです。
花野氏 クラウドの環境を用意しても、なかなか使ってもらえなかったのはありますね。事業部側での「クラウドは大丈夫なのか」という心理的抵抗感を一掃するために、オンプレとの機能比較やセキュリティ情報をまとめて社内に公開したり、技術的な課題を解決するために共通基盤を整え、インフラ目線ではなくアプリ開発チーム側にマニュアルを作ってもらったりもしました。
最終的に決め手となったのは、アプリ側の影響力の大きいキーマンがOracle Databaseを使っていた「チャレンジタッチ」をオンプレからAzure SQLに移行したことです。大きな問題もなく移行完了しコスト効果が圧倒的に出たことでようやく「これからはAzureだ」という雰囲気になりました。生みの苦しみがあったものの、6年で全体の70%のシステムがクラウドに移行するまでになりました。
――これからクラウド移行を進める企業に向けてメッセージを頂けますか?
花野氏 弊社は企業としてアジリティ(俊敏性)のあるインフラや組織を目指していることもあり、クラウド移行を機に既存のインフラ運用から脱却し、事業価値を一緒にスピード感を持って高めていける存在を目指しています。インフラはどうしても現状維持のバイアスが強いですが、インフラ部門が新しい価値を生み出す側にシフトするのにクラウド移行は良い機会になるのではないでしょうか。
久保氏 花野さんのおっしゃる通り、オンプレミスだと「現状維持」になりやすいですが、クラウドではDX(デジタルトランスフォーメーション)につながる新しいサービスを創造できる可能性が高まり、これまでとは違った未来も見えます。私自身、5年ほど前までクラウド移行に全くメリットを感じていなかったのですが、今は「どうしてクラウドにしないのですか」と言っているほどです。それぐらい「誰でもできる」ということを伝えたいです。
小林氏 変えるのは意識ではなく行動です。とうとうとメリットを説明するよりまずは使ってもらう。成功事例ができれば、放っておいても変革が進むようになるので、もし社内に抵抗勢力があるなら彼らを説得するよりも、オンプレからクラウドへの移行のパスをできるだけ簡単にして、行動してもらうきっかけを作ることをお勧めします。
クラウドは多くの企業で“当たり前”となった一方で、まだまだ抵抗感があったり、十分に活用できていなかったりする企業もある。今回紹介した3社は、それぞれ目的や抱えていた課題は異なるものの、クラウドへの移行、積極的な活用によって、新たな価値創造の原動力としている。クラウドが「スピード感」「柔軟な拡張」「コスト削減」といったメリットをもたらすことが十分に理解できたのではないだろうか。
まずは、以下の「関連リンク」にあるサイトを参考にして、“始められるところ”からクラウドへの歩を進めてみてはどうだろうか。「何となくイヤ」「どう使ったらよいのか分からない」といったクラウドへの懸念は、具体的な解決策、目的に変わるとともに“攻めのIT”へと変革するための切り札になることだろう。
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