デジタル庁は2022年秋から、自治体窓口手続きの利便性向上、業務効率化を目指し「自治体窓口DXSaaS」プロジェクトを開始。現在、採択された4事業者がガバメントクラウド基盤を使ったSaaS開発、提供に乗り出している。“単なるツール提供ではない”真の狙いをデジタル庁に聞いた。
アプリケーションやデジタルデバイスが社会に浸透し、サービス利用や業務などを迅速かつ効率的に行えるようになって久しい。だが一方で、「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化」の重要性が指摘されている。実際、機能は優れていても、分かりにくさなどが利便性を阻害している例もある。これは一般的な商用サービスでも課題となりがちだが、誰もが利用する「自治体サービス」では“あってはならない問題”といえる。
そうした「人へのやさしさ」が強く求められる自治体窓口業務において、今、デジタル化が着実に進みつつある。デジタル庁が推進している「自治体窓口DXSaaS」(以下、窓口DXSaaS)の取り組みだ。
窓口DXSaaSとは、ガバメントクラウド上で、「窓口手続きを簡単に行えるようにするパッケージシステム」をSaaSとして提供し、各自治体に自由に選択、利用してもらうという取り組み。これによって、各種手続きの簡素化と、業務効率化の迅速な実現を狙う。スローガンは「窓口改革でユーザー体験を変えたい」。このユーザーとは住民と自治体職員の双方を指す。デジタル庁 総括(特命)参事官の浅岡孝充氏はこう話す。
「ご存じの通り、自治体の窓口手続きでは多様なフォーマットの書類に手書きで記入することが求められてきました。しかし、手書きは高齢者の方などには負担ですし、時間もかかります。一方、書類の処理プロセスが煩雑だったり、窓口ごとにプロセスが異なったりと、職員側にも熟練が求められています。住民にとって利便性が高く、職員にとっても効率的な仕組みを用意しなければ、人に優しいデジタル化は実現できないと考えます」
デジタル庁では2023年5月、自治体職員の意向もくみ取って定めた仕様を基に、ITベンダーに向けてSaaSの公募を開始。2023年6月、北海道北見市の北見コンピューター・ビジネス、鳥取県米子市のケイズ、新潟県新潟市のBSNアイネット、ナショナルベンダーのNECが採択された。2023年8月にはラインアップを自治体向けに公開しており、希望する自治体が自由に選択、利用可能としていく構えだ。
窓口業務の課題は以前から指摘されてきた。実際、独自に効率化に取り組んできた自治体もある。今回のプロジェクトは、そうした動きを踏まえ、多くの自治体に取り組みを拡大するアプローチを採っている。
具体的には、窓口DXSaaSプロジェクトを立ち上げる以前に、先進的な自治体のノウハウ共有に着手。「デジタル改革共創プラットフォーム」と呼ぶ、国/自治体の職員間でSlackを使って意見を交換する場を提供することから始めたという。
「これは各自治体の取り組みであり、本来、国がリードする性質のものではありませんが、成功/失敗体験、ノウハウを共有できる場を国が整備することで、取り組みを活性化できると考えたのです。今回のプロジェクトはそうした対話の中で立ち上げました。ただ、ノウハウを共有しても、すぐ実施できるわけではありませんし、他の自治体の成功例が全ての自治体でうまくいくわけでもありません。デジタル化を生かすためには、各自治体が業務プロセスから見直す必要があります。そこで開始したのがBPR(ビジネスプロセスリエンジニアリング)の支援です」
具体的には、希望する自治体に外部人材を派遣してBPRの実務を支援してもらう。ユニークなのは、プロのコンサルタントではなく、先行して成果を出している自治体職員を「窓口BPRアドバイザー」として他の自治体に派遣すること。すなわち、現場を深く知る自治体職員同士でノウハウを共有し、BPRを推進することで「窓口手続きを簡単に行えるようにするパッケージシステム」を有効活用できる土壌を整えるわけだ。こうした体制を整備し、自分たちが実現したいことを整理した上で今回のSaaS公募に至っている点が大きな特徴だ。
このように、窓口DXSaaSプロジェクトは単なるツール提供ではなく、真の利便性、効率向上を見据えた複層的な計画となっている。SaaSという提供形態を選んだことにも明確な理由がある。
「地方には良い製品/サービスを開発、提供しているITベンダーが多くあります。自治体とも密接に付き合っており、その苦労に直接耳を傾けて開発している例もあります。実際、今回のプロジェクトに当たって自治体に話を聞くと、そうした会社を採用したいという声が多くありました。しかし事業規模は必ずしも大きくないため、従来のような個別開発では、将来的に全国規模で引き合いが増えると対応が難しくなることが予想されました」
「そうした検討の中で、ガバメントクラウド上で共通仕様に沿ったSaaSを開発、提供することを策定しました。ガバメントクラウドを開発、提供基盤とすることで、地方のITベンダーは事業規模を問わず、迅速にサービスを全国展開できます。国としてのクラウドファースト戦略推進にもつながりますし、ガバメントクラウド上に用意する自治体向けSaaSが増えていけば、SaaS同士の連携など、さらなる利便性向上も期待できます」
マルチテナント構成として、システムの基本要件を共通化したこともポイントだという。
「これによってデータ移行も容易になります。つまり、必要に応じてSaaSを乗り換えながら、自分の自治体に適したサービスを柔軟に選び、使うことができるのです。地方のITベンダーにはビジネスが広がる機会になり、自治体にとってより良いサービスを選択することができるようになります」
こうした窓口DXSaaSを利用する自治体が増えるにつれて、自治体の業務プロセスが全国規模で標準化、効率化されていくことになる。
浅岡氏はこうした取り組みについて、「窓口DXSaaS成功のカギを握るのは、あくまでデジタル化以前のBPRです。そこを理解、納得いただくことが最も重要ですし、その支援にこそ力を入れていきたいと考えます」と強調する。BPRを行える人材を増やすことが、自治体業務の効率化はもちろん、国全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)につながっていくためだ。窓口DXSaasの取り組みからは便利なSaaSの提供にとどまらず、このような狙いがうかがえる。
「自治体からは『DXを行いたいがDX人材がいない』という話がよく聞かれます。しかし一番大切なのは、『どのような課題があり、どうしたいのか』といった課題とゴールを明確化し、適切な手段を適用することです。デジタル化は手段にすぎません。しかしながら、ただ『DXを』と希求されている例が目立つのは、『DX人材がいない』のではなく、『何をどう変えるか』を考えるX(トランスフォーム)人材がいないということだと考えます。X人材がいれば、課題を認識し、関係者間で方針を立て、適切な手段を選び、将来を見据えた取り組みができるようになるはずです」
その点で、北見市の事例は非常に示唆に富む。北見市は、カスタマージャーニーの手法を用いて、市民側と職員側双方の利用者目線から課題設定を行い、明確な目標設定の下BPRを進めた。システムは北見コンピューター・ビジネスと密接に議論しながらアジャイルのアプローチで作り上げたという。「何を、どうするか」という職員たちの議論が、BPR、システム開発に貢献し、X人材たる自治体職員の育成や地域のIT産業の活性化にもつながったことになる。
まさに「X人材」である窓口BPRアドバイザーは、既に51自治体(※)を対象に順次派遣しているが、BPRは継続的な取り組みが不可欠だ。そこで窓口BPRアドバイザー派遣と併せて、自治体職員の育成に向けた工夫も行っているという。
※2023年9月時点
「実績ある窓口BPRアドバイザーを派遣する際に、自治体職員も研修生として同行してもらい、一緒にプロジェクトに取り組んでもらうのです。1つのプロジェクトが終わったら他の自治体に行ってもらい、研修で身に付けたノウハウを発揮してもらいます。その上で自分の自治体に戻って、プロジェクトの中心的存在としてBPRをリードしてもらいます。こうした形で各自治体に“自走”を促すわけです」
一方で、窓口DXSaaSプロジェクトには、国内SIerやITベンチャーのスキル、業績向上という期待も込められている。「ガバメントクラウド採択ベンダーの上級資格保有者を開発チームに入れ、クラウドに最適化したSaaSを作ること」を採択要件の一つとして定めているのだ。
「国としてもクラウドファーストを数年前から打ち出していますが、国内ではクラウドのエキスパートが不足している状況です。デジタル化の恩恵を国民に享受していただくためにも、多くのSIer、ITベンチャーにクラウドのスキルを獲得いただきたいのです。特に各CSP(Cloud Solution Provider)の上級認定資格などは学習をすれば取得でき、大いに役立ちます。窓口DXSaaSプロジェクトはクラウドファーストに向けた土壌づくりの一環でもあるのです」
以上のように、窓口DXSaaSプロジェクトには複数の狙いが込められている。デジタル庁はベンダー、SIerが活躍できるクラウド環境を用意し、各種SaaSを公募し、自治体がそれらを生かすためのBPR、X人材育成も支援し、クラウド活用の裾野を広げていくといった具合に、国民、自治体、社会、経済の活性化を包括的に支援している格好だ。特にX人材育成とクラウド活用スキル向上は、日本全体の生産性向上にとって喫緊の課題といえるだろう。
デジタル庁の役割は「国のシステムの統括管理」だが、ガバメントクラウドを基盤にステークホルダーを巻き込み、各種サービスを通じてユーザーを支援する取り組みからは「日本国のIT部門/サービサー」といった趣が強いことが改めてうかがえる。浅岡氏は今後にこう期待を寄せる。
「ITシステムは個別に作り込む時代ではありません。窓口DXSaaSがまさにそうですが、最適なものを選び、組み合わせ、使う時代です。だからこそ『何をするか』というXに集中することが重要であり、変革へのスタートとなります。ITベンダーにはガバメントクラウドを活用して、オープンな環境の中で良いものを作っていただきたい。クラウド事業者には開発者、利用者のスキル向上をご支援いただきたい。デジタル庁としては、クラウドを軸に、国民、企業、社会の活性化を後押ししていきたいと考えています」
多くの企業、組織がDXに取り組み始めて久しいが、大方が期待する成果を得られていない。真因の一つが、浅岡氏が指摘した「ビジネスプロセスの見直し、標準化がなされていない」ことにある。言うまでもなく、非効率なプロセスをデジタル化しても非効率なままだ。加えて国内では「既存業務にシステムを合わせる」慣習が根強い。これが真の効率化、ひいてはDXを阻む障壁の一つとなり続けてきた。
窓口DXSaaSの取り組みは、そうした日本組織の根本課題にメスを入れるものといえるだろう。各自治体のベストプラクティスをSaaSに置き換え、複数ラインアップすることで、ガバメントクラウドを「すぐに使えるノウハウ共有の場」として機能させていることも注目される。具体的なショーケースがあれば、ステークホルダーも説得しやすく、プロセスの見直し、改善は大幅に進みやすくなるはずだ。
また、利便性の高いサービスをそろえ、選んでもらうというデジタル庁のスタンスは、企業、組織におけるIT部門の役割を示唆するものでもないだろうか。北見市のように“動くベストプラクティス”を外部に提供する、IT部門が利便性の高いサービスをそろえてユーザーに選んでもらうといったことが広まればDXは大きく進展する可能性がある。SIer、企業、組織を問わず、そうした取り組みの礎となるクラウド活用スキルの一層の向上が期待される。
「BSNアイネットは『自治体窓口DXSaaSサービス』を提供することで、システム標準化を念頭に置きつつ、多くの自治体さまがいち早く窓口のデジタル化へ取り組める環境を作っていきたいと考えております。弊社パッケージは今までの導入自治体さまからのお声を反映しつつ、さまざまな課題解決に挑戦してきたソリューションです。今までの実績、経験を皆さまと共に共有し、継続してさらなる進化を遂げていくサービスをご提供して参ります」
「この度の窓口DXSaaSの提供については、現在稼働中の鳥取県米子市さまと共に開発を進めてきた仕組みがベースとなります。人口減に伴う職員減少、それに伴う業務負担の増大、IT人材不足によるDX化の遅れなど、多くの自治体が共通の課題を抱えていると思います。ガバメントクラウドを利用することで全国の自治体にサービスを広く展開し、より多くの自治体さまのDX推進、課題解決を実現していくことを目指しております」
「本サービスは、自治体さまと共同開発し、窓口職員さまが欲しい機能を盛り込んでおります。ガバメントクラウドの活用により、より多くの自治体さまにSaaS化されたパッケージをご利用いただけます。また、自治体さまの継続的な業務改革を支えるため、これからも窓口職員さまの声をシステムに反映し機能強化を継続していきます」
「今回ご提供するサービスは『住民と職員の課題を解消し行政手続きの効率化を実現』することをコンセプトとしています。本サービスをガバメントクラウド上からご提供することで、さまざまな地方自治体さまでご活用できる仕組みとなっています。これにより、地方自治体さまにおけるDXの推進・デジタル庁さまの目指す『誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化』の実現を支えて参ります」
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