変化の激しい現在、企業も人もその流れに追従していく必要に迫られている。そうした中、注目されているのが「企業内コミュニティー」だ。企業内コミュニティーは企業や社員にどのような価値、効果をもたらすのか。企業内コミュニティーを実践しているNTTテクノクロスの担当者が組織・人事領域の有識者に話を伺った。
NTTテクノクロスには社員の自主性、チャレンジ、成長、交流を促進し、新たな組織風土を醸成する「First Penguin Lab」と呼ばれる企業内コミュニティーを生み出すプラットフォームがある。First Penguin Labでは、自分がやりたいことを表明し、コミュニティーを作り、業務時間中に活動できる。
「VUCA(Volatility《変動性》、Uncertainty《不確実性》、Complexity《複雑性》、Ambiguity《曖昧性》)の時代」といわれて久しいが、日本を取り巻く社会情勢や生成AI(人工知能)の登場などで時代の変化を体感している方も多いだろう。そんな変化の激しい時代において、企業内コミュニティーにはどのような効果があるのか、時代を生き抜くための“ブロックバスター”となり得るのか――。
First Penguin Lab事務局の福島隆寛と森本龍太郎が、企業内コミュニティーの学術的な効果を組織・人事領域で研究知と実践知を用いたコンサルティングサービスを展開しているビジネスリサーチラボの代表取締役である伊達洋駆氏に伺った。
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。
2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。
著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著:日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。
福島 NTTテクノクロスは、2017年にNTTソフトウェアとNTTアイティの合併とともに、NTTアドバンステクノロジの一部事業の譲渡を受け誕生した企業です。同じNTTグループという共通点はありながらも3社はそれぞれ組織風土が異なり、社員のスキルや価値観もバラエティーに富んでいました。
そうした中で企業内のコミュニティープラットフォームとしてFirst Penguin Labを始めたのですが、2024年度で8年目となります。他社の類似した取り組みでも、ここまで長いものはまれと聞きます。この取り組みは“組織風土の醸成”が目的であるため、長期的に取り組むことに価値があるとも思っているのですが、そもそも企業内のコミュニティーは企業にとって、そして社員にとってどういった価値、効果が学術的に認められているのでしょうか。
伊達氏 コミュニティー活動といえば、学術的には「実践コミュニティー」という概念があります。実践コミュニティーは、共通の関心や目的を持つ人々が互いに交流しながら学びを得る集団のことです。この概念は主に1990年代から注目され、教育研究の一環として始まりました。
その特徴は、職場そのものではなく、別の場所で活動することや職場の当たり前を客観的に見つめ直すことが挙げられます。これにより、改善の必要性や新たな学びの機会を得られます。
実践コミュニティーは、企業内でも有効であり、経営学者も注目しています。NTTテクノクロスのFirst Penguin Labは実践コミュニティーの一例であり、共通の目的や関心を持つ人々が集まり、お互いに学び合っていると思います。
福島 弊社の社員には、IT技術だけでなく趣味や特技など、さまざまな分野のスペシャリストが在籍しています。First Penguin Labでは自身の興味関心を大事にしており、今すぐ会社に貢献できるかどうかは分からなくてもチャレンジすることを推進しています。例えば、小説の執筆を趣味としている社員と執筆に興味のある社員がコミュニティーを形成し、自社をテーマにした小説を書くといった取り組みも行われています。
eスポーツ大会を2019年11月より、計16回開催。ソフトウェア会社という業種柄、ゲーム好きの社員が多数在籍していることから、最近では100人超が参加し、多い時には社員の50%超が参加する他、部長や社長も参戦する一大交流イベントとなっています。
また、リモート環境でも応援できるアプリを開発するなど、ソフトウェア会社ならではの特長もあります。
今日では、社内のみならず、横浜に構える企業との交流戦も多数開催しており、地域活性化にも貢献する規模となっています。
業務改善を目的に導入された社内システムを使いこなすには、長年の経験やコツが必要となり、新入社員や中途社員にとっては悩ましいものとなります。
そこで、社内手続きや決裁申請に不慣れな社員を救う目的で誕生したのが「案内人制度」です。気軽に何でも聞けるコンシェルジュネットワークにより、それらの課題を解決し、業務効率化に貢献しています。
興味関心からのチャレンジが「イノベーションの確率を高める」という効果もあると思いますが、興味関心というポジティブな感情を持って活動することによるメリットは学術的にも認められているのでしょうか。
伊達氏 NTTテクノクロスさんには知的好奇心が高い方が多いようですね。単に仕事をするだけでなく、なぜその仕事をしているのか、どのように成長できるのかにも興味を持っている人々は「学習目標志向性」を持ち、自己成長に意欲的です。
実践コミュニティーは、共通の関心や目的を持つ人々が集まり、お互いに学び合う場ということは先ほど述べました。中でも、ゲームやゴルフなどの特定の関心を持った人々が集まり、共通の関心を共有することに重点を置いたコミュニティーを「関心コミュニティー」と呼びます。同じ関心を共有することで、異なる組織や年齢、性別に関係なく、多様な人々が集まるのです。
実践コミュニティーでは、共通の価値観や目標を持つ人々が集まりますが、関心コミュニティーでは、さらに多様性を持つ人が集まります。これは、異なるバックグラウンドや意見を持つ人々が集まるため、新たな視点やアイデアが生まれやすくなるということです。
関心コミュニティーには多様性がある一方で、“コミュニケーションの難しさ”も存在します。異なる言葉遣いや価値観、パワーバランスなどが関わることで、意見の対立や誤解が生じる可能性も高くなります。しかし、多様性が高い集団では、前提を揺さぶるような発見やイノベーションが起きやすくもなります。異なる視点や意見が交わされることで、新たなアイデアや解決策が生まれ、変革が促進される可能性が高まるのです。
また、関心コミュニティーでは、ポジティブな雰囲気が重要になります。ポジティブな感情は、人々の思考や行動のレパートリーを広げる効果があるからです。ポジティブな感情になることで、発想や行動の幅が広がり、個人の資源形成につながります。ポジティブな雰囲気があることで、人々はお互いを支援し、協力しやすくなります。
関心コミュニティーの存在は、多様性とポジティブな雰囲気の両方のメリットをもたらします。多様な人々が集まることで、異なる視点やアイデアが生まれ、イノベーションが促進されるだけでなく、ポジティブな雰囲気があることで、人々の思考や行動が活性化し、個人の成長や資源形成に寄与します。
森本 コミュニティー活動を長く続けていると“はやり廃り”が見えてきます。発足当初は社内のさまざまな組織との連携が主だったのですが、徐々に地域や他社との連携が盛り上がり、今はまた社内のさまざまな組織との連携が多くなってきました。いずれにしてもコミュニティー活動によって通常の業務では得ることのできない体験をしていると思います。
弊社は社内でも組織によって文化がかなり異なりますし、社外に出ればやはり文化は異なります。他の文化を知ることの学術的な意義、例えば「越境学習」なども含めてどのような知見があるのでしょうか?
伊達氏 実践コミュニティーにおいては“ホームとアウェイの行き来”が重要であり、その行き来によって学びが深まっていると考えられます。ここでの「ホームとアウェイ」は、越境学習の文脈で使われる概念です。ホームは、自分が普段働いている環境を指し、慣れ親しんだ場所です。一方、アウェイは、自分のホームとは異なる環境を指します。
社外や異なる組織では異なる文化や考え方が存在し、違和感を抱くことがあります。しかし、その違和感を通じて学びが生まれ、異なる文化に対する理解や協力が得られることもあります。
アウェイでの学びは、自分のホームとの比較や異なるルールや進め方に直面することで生じます。最初はうまくいかないことも多いのですが、努力や行動を通じて“気付き”や“修正”を行い、“学びを得る”ことができます。また、ホームに戻ってきた後も、違和感を抱きながらも自分たちの当たり前を見直し、改善を図ることができます。
このようなホームとアウェイの行き来を通じて、さまざまな学びが生まれます。アウェイでは異なる文化に触れ、自分たちの当たり前に疑問を持つことがあります。ホームに戻ってきた後は、違和感を抱きながら改善を試みることや、会社のルールに基づいて進める方法を学ぶことができます。
アウェイでの学びや違和感は、文化の違いが大きいほど強くなります。違和感が大きいほど、より深い学びにつながる可能性があります。社内の連携が始まり、社外のコミュニティーと関わり始めることで、アウェイ度合いが高まり、より深い学びが可能になると考えられます。
森本 先ほども少し触れましたが、今は社内のさまざまな組織から声が掛かり、社内での連携が多くなりました。組織風土を変えていく上では良い流れと考えています。組織風土を変える上で重要なことはどのようなことなのでしょうか?
伊達氏 組織はそれぞれ異なる価値観や進め方を持っているので、連携することは良いことです。なぜなら、同じやり方をしていたら組織は停滞し、危機的な状況に陥る可能性があるからです。異質な考え方や意見を受け入れ、それを意思決定に反映させる風土が醸成されることが重要です。
組織の風土を変える際には、幾つかポイントがあります。まず、「変えたい目標を設定すること」です。ただし、絶対的な正解は存在せず、目標は組織ごとに異なるものです。そのため、具体的な目標を設定し、それに向けて進んでいくことが必要です。
また、「現状と目標のギャップを把握すること」も重要です。現状が目標に近い部分もあれば、遠い部分もあるでしょう。例えば、品質よりもスピードを重視したい場合、現状が品質重視ならば、スピードを向上させるためのギャップが存在することになります。目標と現状のギャップを明確にし、改善の方向性を把握することが重要になります。
組織の風土を変える際には、「全体を一度に変えるのではなく、焦点を絞って変える」と効果的です。例えば、スピードを重視する部分に限定して変化を試みる、というアプローチがあります。こうした部分的な変化によって、反発や批判を最小限に抑えながら、変化を進めることができます。
さらに、「過去を否定せず、現状から変えていくこと」も重要になります。過去の取り組みや成果を認め、その有用性を分析することです。意識を変化させる際には、行動変容から始めることが効果的です。行動の変化を通じてマインドが変わり、新しいマインドが習慣化されることで、組織の風土が変わっていきます。
組織の風土改革は大規模な取り組みとなりがちですが、目標設定やギャップの把握、焦点の絞り込み、過去の肯定、行動の変化といったアプローチを通じて、効果的に変化を進めることができます。
福島 7年間でFirst Penguin Labは多くの取り組みを行い、会社の組織風土の変革に貢献してきました。このような取り組みがもっと世の中に広まっていくとよいなと考えています。
福島 最後に、企業内コミュニティーが今後どのような意味を持ってくるのか、First Penguin Lab含め、世の中の企業内コミュニティーで活動されている方々にエールをお願いします。
伊達氏 企業内コミュニティーの良さは、改善や学習の機会があるだけでなく、“楽しむことができる点”にあります。私には「企業内コミュニティーの活動自体を楽しんでほしい」という思いがあります。合理的な目的や目標にとらわれ過ぎず、活動そのものを楽しむことが重要です。内発的なモチベーションを持って参加することが大切であり、それによって難しい問題に挑戦したり、継続して取り組んだりすることが可能になります。企業内コミュニティーを運営する際には、“楽しむこと”を忘れないでほしいですね。今後、First Penguin Lab含め、企業内の実践コミュニティーがどういう広がりを見せるのか、期待しています。
福島 伊達さま、本日はどうもありがとうございました。
First Penguin Labの活動は他社でも可能な取り組みと思います。First Penguin Labについてご興味ある方は弊社までお問い合わせください。
【※】First Penguin LabはNTTテクノクロスの登録商標です。
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提供:NTTテクノクロス株式会社
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2024年4月28日