クラウドファースト戦略を2018年度から推進しているオリックス銀行。同社は2023年12月、日立製作所によるクラウド運用改善の伴走支援サービス「Hitachi Application Reliability Centers(HARC)」を採用した。同社がHARCを選んだ理由は何だったのか。約半年が経過した今、クラウド運用改善の手応えを聞いた。
インターネットによるeダイレクト預金、投資用不動産ローンなど、店舗やATMを持たない独自のビジネスモデルを展開しているオリックス銀行。2018年度からはさらなる事業スピードと付加価値の向上を狙いクラウドファースト戦略を推進。2023年度末にはクラウド化率86%を達成し、2025年度末までに95%まで向上させる計画だ。
この背景には中期的な経営戦略における「IT・デジタル戦略」がある。ビジネスモデル変革と新たな価値提供につながる「CX(顧客体験)とEX(従業員体験)の向上」を目標に掲げ、社内システムのクラウド化、内製開発の推進、IT・デジタル人材の育成などに注力。これにより、経営戦略の変更、新規事業の立ち上げ、業務フローの改善などをスピーディーにシステムに落とし込む体制を強化している格好だ。
ただ、運用管理はオンプレミスを前提とした従来手法から脱却できていないなど課題があったという。そこで信頼性、安全性といった「ITサービスの提供品質」を高度化するために、運用管理手法を「SRE(Site Reliability Engineering)」に進化させることを決断。日立製作所(以下、日立)が提供するクラウド運用改善の伴走支援サービス「Hitachi Application Reliability Centers(HARC)」を採用し、2023年12月から変革に乗り出している。
それから約半年、オリックス銀行にはどのような変化があったのか。オリックス銀行の清水直彦氏(システム第二部 部長)と高橋裕樹氏※(システム第二部 CX基盤開発チーム長)に「HARCによる伴走支援の実像」を聞いた。
※「高」は正しくは“はしごだか”。以下同。
――まずはクラウド化推進に伴い、浮上してきた課題感から教えていただけますか。
清水氏 当社では2018年度からクラウドファースト戦略を推進し、システム更改のタイミングに合わせて、社内業務システムを中心にリスクの低いものからクラウド化を進めてきました。ただ、IaaS(Infrastructure as a Service)へのリフトが中心であり、オンプレミス環境を前提とした従来の運用スタイルと基本的には変わらないままだったのです。
しかし、それでは運用管理面においては時間もコストも従来通りかかってしまう。また、ユーザーにとって重要なのは「メモリーやCPUの使用量」などではなく、「システムは安定的に使えているか、ビジネスへの影響はどうか」といったことです。顧客目線、従業員目線でCX、EX向上に取り組んでいるのに、運用管理だけシステム目線ということになってしまう。そこで利用者目線の運用へと変えていかなければいけないと考えました。
――「システム運用者」から「サービス提供者」に変わるということですね。
高橋氏 そこが大切な部分だと思っています。私は以前、システムインテグレーター(SIer)で基盤構築、運用に携わっていました。職務として見ると、SIerにはいかに知見や技術力を駆使してリクエストに応えるかといったSIerならではの魅力があります。一方、事業会社の場合、全て“自分たち発”で取り組みを進めるという特性と魅力があります。しかしCX、EXの高度化に向けてクラウド化を推進しながら、運用管理においては利用者目線という、サービス提供者たる“自分たち発”の観点が持てずにいた。そのような課題意識からSRE導入を考えるようになったのです。
――SREの導入はいつ頃から考えたのですか。
清水氏 必要性を感じるようになったのは2022年ごろです。従来型運用の課題について高橋と意見を交わす中でおのずとSREがキーワードになっていました。
高橋氏 そんな中、2023年7月に別件で日立の中央研究所を訪問する機会があり、そこで初めてHARCの存在を知りました。「クラウド運用改善の伴走支援としてSREのノウハウが獲得できる、まさに求めていたサービスだ」と清水と相談して採用を決めました。
――「伴走支援」という言葉はよく聞かれますが、従来の受託サービスと変わらないものもあるようです。
清水氏 われわれの場合、従来の受託サービスと変わらないなら意味がありませんでした。自分たちだけではSREという山の頂にどう登ればいいか分からない。そこで一緒に登りながら、ベストプラクティスを示してくれる役割が必要だと考えていたのです。
高橋氏 開発内製化も目標の一つですし、運用だけ内製しないという話にはなりません。ただ、全て自分たちでイチから取り組むのは難しい。そこで運用の「外注先」ではなく「取り組みを支えてくれる」サービスを求めていました。丸ごと任せるようなサービスなら採用しなかったと思います。
清水氏 システムを取り巻く環境は日々変化しています。そんな中、現時点を改善していくだけではなく5年後、10年後にどう在りたいかを自分たちで考え続ける必要があり、運用改善も「やって終わり」ではなく継続が求められます。つまり主体はわれわれである以上、「伴走」であることは必須の要件だったのです。
――具体的にはどんなサービスを受けているのですか。
清水氏 まず「HARCマチュリティアセスメント」で、自分たちの現状、実力を徹底的に可視化し、めざすSRE像とのギャップを明確にしました。日々の打ち合わせで狙いや考えを聞いてもらい、システムの状態も忖度(そんたく)なしで評価いただき、ロードマップを策定しました。その後、HARCサービスの5つの軸――「インシデント管理」「リリース管理」「オブザーバビリティ(可観測性)」「スケーラビリティ(拡張性)」「レジリエンス(継続性/回復性)」のうち、ITサービスの品質向上にとって優先度の高い「インシデント管理」からスタートすることにしました。また、プロジェクトの成果を最大化させるため運用チームと開発チーム間の連携を円滑にする「運用受け入れ基準」も進めています。
――それぞれどういった内容なのですか。
清水氏 「インシデント管理」は、電話やメールでアラートが上がってくると、監視ログを調査して原因を追求し、サービスとビジネスへの影響範囲を調査、対策するというのがオーソドックスな流れです。この各作業を速くするだけではなく、「アラートから対策までの一連の流れ」を速くするプロセス、仕組みが必要です。また、対応の優先順位と目標設定も重要です。最優先すべきは「どんなユーザーにどんな影響が出るか」を把握すること。目標もSREのベストプラクティスに沿って、SLO(Service Level Objective)、SLI(Service Level Indicator)を定め、定量的に監視していく必要があります。これらについて、ITサービスのビジネス目標を基に最適な値をHARCチームと共に検討、定義し実践に移していきたいと考えています。
「運用受け入れ基準」は開発と運用を一体的に行う仕組みを作る取り組みです。個別に活動し、共に運用設計などを吟味できていないと、やはりサービスの提供品質、運用コストなどに悪影響が出ます。「受け入れ」と言うと開発と運用がバラバラという印象を受けるので、今後は言葉自体も変え、マインドも含めて「ユーザー目線での連携」を強化する計画です。
――一般的に、運用は「何事もなければ」といった減点法で評価されがちなものです。しかし貴社にとってはシステム運用だけにとどまらず、サービスの提供価値を高めていこう、という印象ですね。
清水氏 実は従来の運用も周囲から問題視されていたわけではありません。しかし、そのままでいいとも言われていない。もちろん、勘定系システムのように従来型運用が必須な領域はありますし今後も残るでしょう。ただ、オリックス銀行として従来の在り方を守ればよいかというとそうではない。守るべきものは守りつつ、新しいことに取り組み、継続的に価値を高めていく。自分たちで在るべき姿を見つけ、改善し続ける必要があるのです。
高橋氏 実際、サービス価値向上のためには、まだまだ改善すべきこと、学ぶべきスキルがたくさんあります。当社は中途入社の社員も多く、多様な経験、スキルを持つ人材がいますが「現状に満足しない」という考え方はみんな同じです。そうしたメンバーが集まり、みんなで困難を楽しみながら変革に取り組んでいます。
――HARCと出会うべくして出会った印象ですね。伴走支援のチームはいかがですか。
清水氏 チームメンバーは日立さんが4人、当社が5人。私と高橋はサポートに回り、メンバー主体のアジャイル形式で週次のスプリントを回しています。最初に在るべき姿を定め、個々のプロセスや仕組みを議論する形です。HARCから来たメンバーは最初こそカタさを感じることもありましたが(笑)、今はなじんで非常に頼もしいワンチームになっています。
高橋氏 アセスメントから入ったこともあり、当社の運用課題についても理解いただいています。ただ、それより期待しているのはグローバルスタンダードの目線です。「オリックス銀行ではそうかもしれないが、世の中はこうですよ」とより良いやり方を遠慮なく言ってほしい。最初からそれを求めてきましたし、現在は“がっぷり四つ”で意見を言い合うようになってきました。良い関係を築けていると思います。
――周囲の反応はどうですか。
清水氏 他社からも反響は大きかったですね。SREに向けた取り組みをどう進めていくのか注目されています。チームメンバーは自律性が高まりました。以前なら私の指摘を持ち帰って改めて相談に来ることが多かったのですが、自分たちで率先して課題を発見して協議、判断するシーンが増えました。これはとてもいいことです。
高橋氏 HARCが入ったチームに刺激を受けて、別のチームが同じような取り組みを自発的に進めるようになったのも大きいですね。自分たちで新しいツールを導入して、新しい案件をこなすといった動きが少しずつ広がるなど、組織全体のマインドが変わってきていると感じます。こうした波及効果は今後も期待したいですね。
――半年とはいえ成果は大きいですね。今後の展望をお聞かせください。
高橋氏 一般的な受託サービスだと「その案件に役立つこと」が前提になるため提案内容はおのずと絞られます。しかし「ワンチームでより良い価値を作る」となれば案件の壁もありません。知らなかった概念をどんどん提示してほしいです。それによってお客さまや従業員に喜んでいただきたい。運用から着実に改善、変革していきたいと思います。
清水氏 引き続き“ワンチーム”でより良い価値を作っていきたいですね。SREのプラクティスを示してもらい、道に迷うことを防いでもらいつつ、共に運用を高度化していく。グローバルスタンダードを取り入れ、変化を受け入れ、より良い価値提供につなげていく。これは「成果が出せるチームを共に作っていく」ということに他ならないと思います。
より良い価値を届ける上で一番大事なのは「顧客や従業員に喜んでもらうために、“自分たちが”ITサービスを作り、提供していくんだ」という思いです。そんなマインドを、HARCと共に強化しながら運用変革に取り組んでいきたいと思います。
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