ついに来た? 「真のIPv4アドレス在庫枯渇」:移転・売買・返却〜枯渇問題の現状(2/2 ページ)
IANAが管理していたIPv4アドレスの中央在庫、そしてAPNIC/JPNICが管理するIPv4アドレス在庫が枯渇してから1年が経過しました。いま、静かに水面下で進行しつつある枯渇にともなう問題と、IPv4アドレスをめぐる現状を紹介します。
IPv4アドレス売買と税務処理
APNICにおける制度整備を踏まえ、2011年からは、JPNICにおいてもIPv4アドレス移転が可能となり、その制度を利用する組織が増えつつあります。JPNICではIPv4アドレス移転の履歴も公開しており、どのような組織が移転を行ったのかが分かります。
JPNICで公開されている情報だけでは、金銭的な対価が発生した上での移転であるかどうかは分かりません。
ただ、もし移転にお金が関わっているのであれば、何らかの税務処理が必要です。どういった税務処理が必要なのかという話は、以前から話題になってました。
以前は「IPv4アドレスに価値が出たら、固定資産として扱われるのではないか?」という話題もありました。現時点で私が聞いたことがあるのは、「購入した」移転先での税務処理だけですが、2012年時点では、日本では棚卸資産として扱われているようです。
一例としてさくらインターネットでは、IPv4アドレス売買によって取得したIPv4アドレスは棚卸資産として扱っているそうです。メモリやHDDと同じように、購入時点ですぐに経費にできるわけではなく、実際に使ってからはじめて経費になります。
2012年現在、IPv4アドレスの「相場感」というのはあまり明確ではなさそうなので、ここの例で示す金額は仮のものですが、例えば、1000万円で2万個のIPv4アドレスを購入した場合には、IPv4アドレス1個当たり500円となります。ハウジングサービスで16個のIPv4アドレスをユーザーに割り当てたときに、500円×16=8000円分を経費として計上するという処理が行われます。
IPv4アドレスの「素性」は大丈夫?
もう1つ、IPv4アドレス移転で非常に重要な要素となるのが、「IPv4アドレスの素性」です。
もしも、移転の対象となるIPv4アドレスが迷惑メール配信などで利用されていた場合、ブラックリスト化されたり、いわゆるIPレピュテーションサービスによって、世界中のサーバでフィルタリングされている可能性があります。問題となるのは迷惑メール送信だけではありません。コンピュータウイルスやワームなどの送信を行っていたり、DDoS攻撃の発信元となっている場合なども考えられます。
また、ポルノなどの情報を積極的に発信していたIPv4アドレスであれば、そういったコンテンツが違法となる国々から通信が遮断されている可能性もあります。
このような問題があるため、移転が行われるIPv4アドレスブロックが、どのような組織によってどのように運営されてきたのかは、非常に大きな意味を持ちます。
枯渇で変わるIPv4アドレス返却の意味
IPv4アドレス返却もIPv4アドレス在庫枯渇問題において非常に大きな要素です。IPv4アドレス在庫が枯渇するまでは、IPv4アドレスの返却にはIPv4アドレス在庫枯渇を遅らせる効果がありました。しかしIPv4アドレス在庫枯渇の発生とともに、IPv4アドレス返却の意味は、「IPv4アドレス死蔵」に近いものへと変わってしまいました。
このように変わってしまった在庫枯渇後のIPv4アドレス返却の意味を理解するには、まず、APNIC/JPNICにおけるIPv4アドレス在庫枯渇の意味を知る必要があります。
APNIC/JPNICのIPv4アドレス在庫は2011年4月に枯渇しましたが、APNIC/JPNICが管理しているIPv4アドレス在庫がまったくの「ゼロ」になったわけではありません。APNIC/JPNICでは、「枯渇」のことを「IPv4アドレス在庫の最後の『/8ブロック』が1個分になること」と定義しています。つまり、2011年4月に起こったのは、APNIC/JPNICのIPv4アドレス在庫が「/8ブロック」1つ分になったということです。
なぜ「ゼロ」ではなく「/8ブロックが1個分」で「枯渇」としているかの理由ですが、まったくのゼロになってしまう状態ではじめて「枯渇」と定義してしまうと、本当にどうしようもなくなってしまうからではないでしょうか。
APNIC/JPNICでは、「枯渇」の状態になると「最後の/8ポリシー」を適用することになっていました。「最後の/8ポリシー」では、それまでとはIPv4アドレスの割り振り方法が変わります。各事業者は、/22サイズまでのアドレス割り振りを受けたら最後、それ以上の割り振りは受けられなくなるのです。
これまで、特に成長企業では、新規IPv4アドレスを申請し、それでもサービス拡張に追い付かなくなれば再度、新規IPv4アドレス申請を行う……ということを繰り返し行ってきました。それを許容するだけの在庫もありました。
しかしIPv4アドレス枯渇後は、1つの組織ごとに/22までしか新規IPv4アドレスの割り振りを受けられなくなってしまいます。最大割り振りサイズも、割り振り回数も制限されてしまうので、現時点の方式では、JPNICに返却されたIPv4アドレスが再度割り振りに利用されるようになるまでに、相当の時間がかかります。
短期的視点ではIPv6は解決策にならない
さて、この記事を読まれた方々の多くは「IPv6を導入すれば問題は解決するのでは?」と思われることでしょう。確かに、IPv4アドレス在庫枯渇問題が深刻化するにつれ、IPv6の話題も増えそうです。
しかし、IPv6はIPv4アドレス在庫枯渇問題に対する長期的対策であるという点に注意が必要です。短期的視点で見た場合、IPv6はIPv4アドレス在庫枯渇問題を直接的に解決するものでも、緩和するものではありません。これは、IPv4とIPv6の間に直接的な互換性がないためです。
現時点では、世界の99%以上の人々が利用しているのはIPv4です。IPv4アドレス在庫が枯渇した代替としてIPv6を利用できないので、IPv4アドレスが足りなくて困ったからといってIPv6を導入しても、基本的に意味を持ちません。そのため、IPv4アドレス在庫枯渇問題とIPv6はある程度切り離して考察すべきです。
このような考え方のもと、本記事ではあえてIPv4アドレス在庫枯渇問題にフォーカスを絞って説明しました。ご了承ください。
真のIPv4アドレス在庫枯渇問題はこれから
IPv4アドレス在庫枯渇問題は、まだ始まったばかりです。日本が所属しているアジア太平洋地域のIPv4アドレス在庫は枯渇しましたが、残り4つのRIRでも、順次IPv4アドレス在庫枯渇状態に陥ります。
直近では、ヨーロッパ地域のRIPE-NCCの在庫枯渇は2012年中ごろになる予定です。IPv4アドレス在庫枯渇が最後に発生するRIRは、アフリカ地域のAfriNICだと予想されていますが、いまのペースで行けば、恐らく2014年頃には枯渇しそうです。
世界で最も早くIPv4アドレス在庫枯渇が到来したアジア太平洋地域に属する日本では、IPv4アドレス移転や返却に関する話題が、他国よりも先に身近なものになりました。ある意味、最先端を走っている状況です。今後これらの要素が、インターネットに対してどのような影響を与えていくのか、まだ誰も知りません。
今後もこのあたりの状況を見守りたいと思う今日この頃です。
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