人に寄り添うコミュニケーションのためのサービスデザイン:クラウド時代のサービス開発――「個人と対話する機械」を作るヒント(2)(2/3 ページ)
前回は個人と対話するボットキャラクター「パン田一郎」がバックエンドで採用した技術と、リリースまでの流れを紹介した。後編では、人間とのコミュニケーションを成功させるための施策を掘り下げて見ていこう。
ここまでの「人力辞書」の整備方法については、読者の皆さんもおおよそ想像が付く部分も多かったのではないだろうか。これなら「投げ掛けられそうな言葉に対しての応答を複数リストアップしていけば作れる」と。
しかし、企業として多くの個人に対峙するときに考えるべきことは「それだけでは不十分」だと板澤氏は述べる。ここからは、個人との対話の現実と、それでも個人に寄り添うためのルールを聞いていこう。
人力辞書の要はNGワードのコントロール
「パン田一郎」の反応は多岐にわたるが、ベータリリースから一貫したルールがある。
それは「返してはいけない言葉」「かわすべき言葉」の適切な整備だ。「パン田一郎」を利用してみた読者の方ならば試していると思うが、個人的なチャットのプラットフォームなだけに、誌面に掲載しかねるような公序良俗に反する「不適切なワード」も、会話として投げ掛けることができる。ユーザー側からすると「パン田一郎」アカウント以外からは見えない形で「何でもできる」状況にあるため、露骨な表現も少なくないという。個人対ボットに閉じた環境という安心感があるのかもしれない。
コンシューマーの「個人」を対象にしたボットは、こうした「試す行為」に対しても、心をつかむ応答を用意しなければならない。
取材時には実際の例として、ある期間にユーザーから送られてきたキーワードの一部を見せてもらった(データは非公開)。そこには、流行語などに混じって「ああああ」のように無意味な言葉や公序良俗に反するような単語も見られた。
また、私的なコミュニケーションの延長であるから、投げ掛けられる言葉の中には、ごく個人的な感情の吐露も見受けられた。公式で運営するボットは、そうした個人の感情に対しても、ネガティブな方向に誘導することがあってはならないのはもちろん、企業が運営するアカウントが、企業として不適切な対応を行うことは許されない。
「人力辞書の中でもNGワードに対するチューニングには、かなりの時間をかけている」(板澤氏)
辞書整備では、人間の感情に入り込む存在であることを前提に、どのような言葉が投げ掛けられても、応答メッセージでは相手が後ろ向きにならないような応答文を外部のコピーライターを交えて検討しているという。
相手は個人でありながら、不特定多数の多様な感情を持っていることに、細心の注意を払っているそうだ。
コンプライアンスへの配慮
この他にも注意すべき点はある。例えば、応答内容の中で他人の権利を侵害しないことだ。
個人対ボットであっても、コンプライアンス上問題ある応答が一つでも含まれていればソーシャル拡散、炎上といったリスクが大いに予想される。
「"パン田一郎"自体が嫌われ、私たちの会社も嫌われる。そのため、NGワードに関する文言は、利用者が投稿したとしても絶対にそのまま返さない」(板澤氏)
例えば、現実社会の友人ですら知らないかもしれないマイナーな固有名詞を投げ掛けたときに、それに合った反応が返ってくれば受け手側は相手に非常に親近感を覚える。こうしたケースを想定して応答できる辞書を持つことは「ユーザー個人に寄り添い親しんでもらうこと」を目的とした場合、非常に効果的だという。
しかし、固有名詞を使った応答文言は、場合によっては「他人が持つ権利」を侵害してしまう可能性がある。例えば固有のキャラクター名称を使った場合の権利侵害や、特定の人物名とひも付けた文言が人格を損なってしまう場合が考えられる。そのため、反応はしつつも権利侵害を回避する表現を徹底しているという。もちろん、卑猥なワードも一切出さない。
「こうした問題は、サービス企画当初から意識していたこと。法務なども交えてコンプライアンスの観点で50項目近いルールを作り、商標侵害などが起きないようにしている。ルールはメンバー全員が目を通し、共通理解となっている」(板澤氏)
このように、「自社サービス検索機能」以上の存在を目指した「パン田一郎」アカウントでは、自社グループインフラや外部サービスAPI、クラウドサービスを組み合わせたスモールスタートを指向しながらも、サービスの核となる辞書にはコストを掛け、システム以外の部分でノウハウを蓄積しようとしていることが分かる。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.