右手に椎子、左手にリナ。僕、ほんとはしあわせなんじゃ……:激務な職場を辞めたいが、美女が邪魔して辞められない(6)
僕、梧籐 剛(ごとう ごう)。美人上司と可愛い過ぎる後輩と7次請けIT企業で働くITエンジニア。トラブルシューティングざんまいの日々に嫌気がさして転職したいのだけれど、なぜかずーーーーっと退職できないんだ。
ここはとある7次請けIT企業。27歳のエンジニア梧籐剛(ごとう ごう)は、忙し過ぎる業務に嫌気がさし、思い切って上司に辞意を伝えたが、あいかわらず山ほどの業務(アンドロイド開発、ただし人型の)を全力でこなしていた。転職どころか、今後のキャリア設計すらままならず、焦る毎日だったが……?
わたしの方がせんぱいのことをよく分かってます! これだけは譲れません!
ううん、梧籐くんのことはアタシが一番よく分かってるの。それは間違いない。しーちゃんもそれは分かって、お願い!
(がちゃっ)
(振り返って)あ、おはようございます。また電車で一緒だったんですか?
せんぱい! わたしとリナさん、どっちを選ぶんですか? (右腕をつかんでグイッ!)
梧籐くん! どっちか選んで! (左腕をつかんでグイッ!)
さあ、どっち?? (グイッ! グイッ!)
二人そろって出社して、いきなり返答に困る質問を投げないでください! あと、両側から腕を引っ張らないで! いたいいたい!
……というか。あの、意味が分かんないんですけど。何ですか、「どっちを選ぶ」って。
つまり、どっちのアドバイスを聞くかってことです。
つまり、梧籐くんはアタシのアドバイスを聞くべきってこと。
音声ガイダンスに従い、犬になってください。
音声ガイダンスに従い、猫になってください。
えっ!?
アンドロイドが……
二つに増えた!?
電池の交換が必要です。
電池の交換は不要です。
つまり、上流が二つに分かれました。
せんぱい、そういうヤバい状況を無表情に話すのは危険な兆候です! もっと感情を表に出して! 怒りマークをおでこに10個くらい表示して激怒しなきゃ!
いや、あれは出そうと思って出せるもんじゃないから!……正直、もう多少のことではショックを受けないようになっちゃったなー……(遠い目)。
あ、分かった! 3次請けのポジションにいるあの会社でしょ? とうとう内紛が始まったってことね。いやー、こうなる予感はあったんだよねえ(にこにこ)。
いや、そこ喜ぶところじゃないですから……。でも、そうなんです。あの会社の中で意見が対立して、開発チームが二つに分かれちゃったんですよ。だから、アンドロイドの実装モデルも二種類用意して性能を競わせることになっちゃって……。
でも、ぱっと見、ぜんっぜん違いが分からないですね。
実際、ほとんど違いはないんだよ。ABテストみたいなことをやるのが重要なのは分かるけど、わざわざハードウエアを二つ用意する必要はないよね……。
捕まえるのも二倍難しくなるね!(ワクワク)
そうですね(無表情に)。しかも対立してる二つのチームが、どちらも「自分のチームの指示にだけ従え」としつこく要求するんですよ。
ガイダンスに従い、データを破壊してください。
データに従い、ガイダンスを破壊してください。
しないよ!!
せんぱい、そういう理不尽な要求を突っぱねるのがすごく苦手ですよね。よく分かります。
ううん、苦手なんじゃなくて、ムチャぶりに応える懐の深さとスキルがあるってことよね!
う、うーん、そうですかね……?
でも、まあ、くよくよしててもしょうがないですね!(はればれとした笑顔)
おっ、いいねえ、前向きで!
うーん……おかしい。シチュエーションに対して、表情が明る過ぎる……。せんぱい、なにか隠してるでしょ。白状してください!
いけっ、アンドロイド!
白状してください(梧籐をくすぐる)
白状しないでください(梧籐をくすぐる)
ちょ、何でこういうときだけアンドロイドをコントロールできるの!? ひゃはははは、い、言います言います……!
あのですね(真顔)。
はい(真顔)。
今、転職先を探し始めてるんです。
! ! !
僕、ようやく進むべき方向がつかめてきました。何でも屋じゃなくて、特定の分野でエキスパートにならないと生き残っていけないって、分かったんです。
今の案件ではC++の独自拡張版を主に開発に使ってますけど、これは他の分野にも活用が広がっていて面白そうなんです。だから、しばらくこれをメインにやっていきたいんです。
そう考えがきまったら、動き始めてもいいと思えるようになりました。すでに何社かアタリを付けてます。
すごい、せんぱいがついに具体的なキャリア展望を!
でも……でも……!……リナさん、今からでも遅くないです。せんぱいをトラブルシューティング系の業務から外してください! 引き留めには業務環境の改善が一番なんです!
で、でも……それはダメよ! トラブルシューティングこそ梧籐くんの幸せなんだから。
いや、あの、それは違います……。
分かりました。じゃあ、アンドロイドで決めましょう。
え?
アンドロイドで梧籐君を引っ張り合って、ゲットできた方が梧籐くんの進路を決められるってことね。オーケー。じゃあ、アタシはこっちのアンドロイド!
えっ、ちょ、ちょっと待って! 人の心を持たないアンドロイドで「大岡裁き」をやられたら、まったく手加減なしじゃないですか!
もちろん、手加減なしのパワーゲームに決まってるでしょ!
真剣勝負なんだから、せんぱいも情に訴えちゃダメです。痛くても我慢して!
まったく意味がわかんないよ!
新しいデバイスを認識しました(梧籐の右腕を引っ張る)
デバイスは安全に取り外すことができます(梧籐の左腕を引っ張る)
あだだだだだ!!
(プルルルーッ! プルルルーッ!)
あっ……ちょっと待ってストップストップ! 社長から内線が入った!
デバイスを停止できません(引っ張り続ける)
デバイスを停止できかねます(引っ張り続ける)
う、うわー!!(ふりほどく)
(がちゃっ)はいっ、梧籐です!
梧籐くん。
は、はい。社長。
事情は、アンドロイドに付けた隠しマイクを通して全て聞かせてもらった。
えっ、盗聴ですか?
(無視して)退職したいという気持ちはよく分かった。そこまで決意が固いなら、辞めてくれてかまわんよ。
……ほ、本当ですか!?
ちょ、社長っ!!
せんぱいを引き留めてくださーい!!
ただし、条件がある。
えっ。
今、君がプロジェクトを放り出して辞めてしまうと、とても大きな迷惑が会社に掛かることになる。社会人として、このことをどう思うかね?
うっ……。
「立つ鳥跡を濁さず」が、ビジネスにおける基本中の基本だよ。
つまり、君は関わっている業務の引き継ぎをきちんと済ませなければいけない。君が退職しても進行中のプロジェクトが滞りなく進められるように、代わりの人材を手配して、君がしている仕事をその人物がまったく同じように進められるよう、きちんとお膳立てしてからでなければ、辞めるわけにいかないんじゃないかね? どうかね?
……!!
ぼくが後任を探すんですか……でも、どうやって……?
(無視して)後任を見つけられないのなら、君が会社に残り、責任を持って業務を完了させなければいけない。
そんなあ……。
社長、ちょっと待ってください!
ああ、言いたくない……言いたくないですけど……。せんぱい、そんな理屈に丸め込まれちゃ、絶対にダメです。
ひとーつ! 後任の調達は退職者の仕事にあらず!
引き継ぎをしっかりやることはとても大事です。せんぱいに代わって業務を受け持つ人が困らないように、分かりやすく詳細な資料を作ったり、口頭で説明したり、上司にも引き継ぎ内容をチェックしてもらう。そういうことは、まさに「立つ鳥跡を濁さず」、最後の仕事としてきちんとするべきことです。
でも、後任を探すのは辞める人の義務でも何でもありません! 当たり前ですけど、社員の採用は会社の仕事です。
だから、退職を諦めさせようとしたり、いやがらせしたりするために、後任の調達を会社から交換条件として持ち出されても、そんなもの突っぱねていいんです!
こんな助け舟を出しちゃうと、せんぱいの退職の手助けをすることになるのは分かっているけれど……でも!
社長、そういうことですから、そんな条件は持ち出されない方がいいかと思います。
そうだったのか……。
あ、社長もご存じではなかったんですか。
ふう……(ため息)。
はい、それじゃ昔話をしますよー。皆さんいいですかー? ちょっとお時間もらえますか?
は、はい。
わたしも、以前勤めていた会社で、同じような目にあったんですよ。
今まで話した通り本当にひどい会社で、仕事のキツさに耐えられなくなって、とうとう退職を願い出たんです。でも「代わりの人材を連れてくるまで辞めさせない」って言われたんです。
わたしは、それが義務じゃないってことを知らなかったから、業務時間外にいっしょうけんめい探しました。SNSで「会社やめたい」とか「いますぐ転職したい」なんてつぶやいてる人を見付けて、片っ端から連絡を取りました。もう必死です。
ところが、そこからが変なんです。
会社に興味を持って面接に来てくれた人もいたんですけど、会社の近くまで来ると、みんな急に用事を思いだして帰っちゃうんです。一人残らずですよ! どれだけ探しても、面接まで持ち込めなかったんです。もうほんとに絶望しました!
でも、かなり後になって、理由が分かったような気がしました。
あの会社、炎上案件でほんとにビルが半焼したときの黒い焦げ跡が残ったままだったし、ノルマを達成できなかった営業部のスタッフが、お仕置きとしてときどき窓から逆さ吊りにされてたりもしたんです。わたしはすっかり慣れちゃって気にならなかったけど、よく考えてみれば無理もないかなって思います。
………………………。
この話をすると、みんな何となく血の気が引いた顔になるんです。今のせんぱいみたいに。
…………で、えーと、何の話でしたっけ……。
ううむ……。
……では、こうしよう。梧籐くん。今、君はトラブルシューティング的な業務を一手に引き受けているね。君が辞めた後は、その役目を小布施くんに引き継いでもらうことにする。
……! わたしですか!?
えーっ……。でも、小布施さんにはまだそこまでのスキルが……。
しょうがないだろう、他に人がいないんだから。そもそも君が辞めると言いださなければ問題はなかったんだよ。
責任を持って面倒を見ていたはずの後輩を見捨てて出ていくのは君の勝手だが、君の良心がそれを許せるのかな?
……。
……そんなふうに後輩を人質にとられてしまうと、困ります……。小布施さんに、こんなキツい仕事をさせられるわけないじゃないですか。そもそも、必要な知識も経験もまだ全然足りないんですから……。
せんぱい。わたし、やってみれば結構こなせると思いますよ。それなりに苦労はするでしょうけど。
いや、それは……!
正直にいうと、わたし、人質に取られたいです。それ以外にせんぱいを引き留める手段がないんだとしたら。
せんぱい
わ た し の こ と 、 ど の く ら い 心 配 で す か ?
えっ……。
今までせんぱいにあれこれ転職のためのアドバイスをしてきたのは、ほっとけないという気持ちもあるけれど、何だかんだ言っても最後には、後輩を見捨てられないと諦めてくれるだろうって、無意識に期待してたんです。
でも、考えが甘かったかなって思ってます。せんぱいは今、迷ってますよね? 転職とわたし、どちらを取るかとなったら、転職をとるのかも。
せんぱいが、そこまでわたしのことを心配してないなら……わたし、諦めます。
それは……そんな……。
ちょーっと待ったぁ!!
この処理には3分ほどかかります(梧籐の腕をつかんで持ち上げる)
この処理には3年ほどかかることがあります(梧籐の脚をつかんで持ち上げる)
うわーーーーー!??
しーちゃん、人質だとか、自分と転職とどっちが大切だとか、そんなネガティブな発想にとらわれちゃダメ! そういうやりかたで引き留めに成功したって、誰も幸せにならないんだから。
梧籐くん、大丈夫よ。きみが辞めようと辞めまいと、しーちゃんをスキル不足なままトラブルシューティングに投入するなんて、アタシが絶対に許さないからね!
リナさん……!
社長、しーちゃんはアタシの大切な部下です! 引き留めの道具には使わせません!
お、おう……。
でも、ご安心ください。梧籐くんの退職は、アタシたちが責任を持って阻止しますから。しーちゃん、二人で力を合わせて引き留めようね!
(顔がぱっと輝いて)はい、リナさん!
えっ?
アタシにだって、どうしても梧籐くんが必要なんだから(ウインク)。
……あの、これから何が起こるんですか?
せんぱい、リラックスして! その方が痛みを感じないですよ。さあ、アンドロイド! 奥の部屋へせんぱいをお連れして!
パスワードの変更を検討してください(すたたたたた)
た、た、た〜す〜け〜て〜〜〜 (フェイドアウト)
(というわけで、社長室では……)
取りあえず、あの二人に任せてみるか。
……あれ? もしや、引き留めが終わるまで業務は止まってるということなのだろうか? ……納期……?
(続く)
イラスト:鳴海マイカ/ad-manga.com
激務な職場を辞めたいが、美女が邪魔して辞められない バックナンバー
IT企業で働く平凡なエンジニア梧籐 剛、27歳。美人上司と可愛い過ぎる後輩に挟まれて日々開発にいそしむ彼には、誰にも言えない悩みがあった……。
第2回 壁ドンされたって、ドキドキなんかしない……んだから……ね……
ここは都内のとあるIT企業。退職を希望する27歳のエンジニア梧籐 剛は、上司に辞意を伝えたのだが、なぜか今日も山ほどの業務(アンドロイド開発、ただし人型の)を全力でこなしていた……。
第3回 せんぱいにだけ伝えちゃう! わたしの素直な気・持・ち
27歳のエンジニア梧籐 剛は、忙し過ぎる業務に嫌気がさし、思い切って上司に辞意を伝えたが、あいかわらず山ほどの業務(アンドロイド開発、ただし人型の)を全力でこなしていた。早く辞めたいと焦りはつのるが、本人の心にも一抹の迷いが……?
第4回 ハートに火を付けて! 燃えさかる案件の中心で辞意を叫ぶ
思い切って上司に辞意を伝えた27歳のエンジニア梧籐 剛。しかし状況は変わらず、今日も山ほどの業務(アンドロイド開発、ただし人型の)を全力でこなしていた。早く会社を辞めたいと焦りはつのるが、後輩の椎子に「まずはキャリア設計が必要だ」と言われ……。
第5回 「false」を返すと「null」で上書きする、そんな上司と働いています
一日も早く辞めたい27歳のエンジニア梧籐 剛。「ぼくのやりたいことはこれだったんだ!」と気付いたものの、後輩の椎子に、まだまだキャリア設計が甘いと指摘され……。
第6回 右手に椎子、左手にリナ。僕、ほんとはしあわせなんじゃ……
ついに転職先を探し始めた27歳のエンジニア梧籐 剛。「僕、ようやく進むべき方向がつかめてきました」ところが社長にバレて……?
相変わらず辞められずに激務をこなす27歳のエンジニア梧籐 剛だったが、今日のアンドロイドのバグは……草?不可避wwwww?
可愛過ぎる後輩 椎子のサポートで、27歳のエンジニア梧籐 剛の転職に関する知識はだいぶ増えたのだが、肝心の転職活動がなかなか進まず、焦りはつのるばかり……。
業務(アンドロイド開発、ただし人型の)が小康状態に入り穏やかな日々を送っていた梧籐たちに社長から告げられたのは、まだ仕様があやふやなところが山ほどあるアンドロイドの緊急リリース命令だった。
第10回 アンドロイド(人型の)開発から、アンドロイド(人型の)による開発へ!
梧籐はあいかわらず山ほどの業務(アンドロイド開発、ただし人型の)を全力でこなしていた。しかし、ここへきて案件に異変が……?
山ほどの業務に追われ続ける梧籐。しかし、新しく部下(ただし人型アンドロイド)ができて順風満帆!?
ドS美人面接官 VS モテたいエンジニア 転職十番勝負! シリーズ
野望を胸に秘めて転職を志す、とあるエンジニア(28歳)がいる。今日は一番の本命企業、X社の面接だ。準備万端、張り切って面接会場に向かうが……。
本命のX社の面接に落ちた彼が今回向かったのは、第2志望のY社。今度こそ、面接を突破することができるのか……。
2回連続で面接に落ちた彼だが、わずかな望みを失わず、今日も雨の中を面接会場に向かう。しかしそんな彼を、またしても試練が待ち受けていた……。
季節は夏へと移り変わるも、彼の転職活動はまだまだ続く。たとえ最高気温が35度を超えても、スーツで面接会場へと向かうのだ。そんな彼を今回襲うのは、果たしてどのような試練なのか……。
転職活動を始めて10カ月。遅々として進まぬ状況にちょっとセンチメンタルになりながら、枯れ葉舞い散る街中を面接会場に向かう彼であった。
果敢なトライにもかかわらず面接に落ち続け、気が付けばもう12月。クリスマスを前ににぎわう街を横目に見つつ、今日も会場へやってきたが……。
面接に落ち続けたまま新しい年を迎え、焦りも募るばかり。そんな折、友人に誘われた婚活パーティにふと参加してみたのだが……。
世間はすっかりお花見のシーズン。いまだに転職先が決まらず、焦る気持ちを抱える一方、うららかな陽気につい心が緩んでしまうことも抑えられないのだった。この日も、青空の下で舞い散る花びらに見とれつつ、面接会場に向かったのだが……。
必死の転職活動にもかかわらず、いまだに採用通知を手にできない彼は、今日も梅雨空の下、どんよりと湿りがちな心を奮い立たせて面接会場へと足を運ぶのだった……。
何度も挑戦しては敗退し、面接もついに10回目。今回こそは! と意気込みつつ、気になるのはやっぱりあの人のこと……?
特別企画 きのこる先生×ドS美人面接官 2015年は“モテ”エンジニアに絶対なる!
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