ますます社会インフラ化するWi-Fi、そして新発想スモールセル「OpenG」とは:米ラッカスCEO、Selina Lo氏に聞く
米ラッカスワイヤレスCEOのSelina Lo氏に、Wi-Fi製品の新たな展開、同社がインテルやグーグルなどと共に推進する携帯電話のための新発想スモールセル「OpenG」、ブロケードによる買収について聞いた。
米ラッカスワイヤレスは、「エンタープライズWi-Fiベンダー」に分類されているが、そのWi-Fiアクセスポイントは企業にとどまらず、ホテルやスタジアム、空港などの公共施設や、携帯電話事業者の運営するホットスポットなどに使われている。同社の強みは、少数のアクセスポイントで、広範なエリア、多数のユーザーをカバーできる点にある。新規格の802.11ac Wave 2対応アクセスポイントを、他社に先駆けて提供開始したベンダーでもある。
ラッカスのCEOであるSelina Lo(セリーナ・ロウ)氏に、Wi-Fiの新たな可能性、同社が米グーグルなどと進める「新世代スモールセル」とも呼べる「OpenG」、そしてブロケードによる同社の買収について聞いた。
Wi-Fiの普及を加速する新たな要因
無線LAN(Wi-Fi)は、今や当たり前に使われるようになっており、未開拓の分野はあまり残されていないのではないか。Lo氏はこれを否定する。この1年あまりで、従来は考えにくかった市場が大きく広がってきているという。
第1に教育現場におけるWi-Fi導入の進展だ。
米国は初等教育を中心とした教育現場にインターネット接続を提供するための補助金プログラム「E-Rate」で、2015年以降Wi-Fiに注力している。ただし、現在のところ、当初期待されたほどの爆発的なインパクトにはなっていないと、Lo氏は話す。「補助金を受ける側も、投資の一部を負担しなければならない。このため申請が遅れるなどが発生している。また、学校では設置作業を実施できる時期が限定されてしまう。こうしたことから、導入は段階的に進んでいくと考えられる」
一方、その他の国々、特にアジアの教育現場におけるWi-Fi導入が本格化しつつあるという。今回のインタビュー(5月12日)の数日前には 総務省がデジタル教科書の推進に伴い、2020年までに全国の全小・中・高校にWi-Fiを導入する方針を固めたと報道された。「日本だけではない。教育熱心で知られるアジアだが、今全域で関心が高まっている」。
次に、「Wi-Fiはもうインターネットアクセス提供手段というだけではなくなっている」。つまり、少し前まで、公共施設でのWi-Fi提供は、純粋に利用者の利便性を高めるためのサービスと考えられていた。だが、この1、2年は、Wi-Fiを通じて利用者の動線を把握したり、利用者の正確な位置に基づいてターゲットプロモーションをしたりするなど、販売促進活動やマーケティングのツールとして使えるという認識が広がってきたという。このため、ショッピングモールや駅、空港などにおけるWi-Fi導入意欲が、以前とは全く違っているとLo氏は話す。
ここでも、アジアが先駆的な役割を果たしているという。位置情報を活用したサービスを実現できるラッカスのソリューションを世界で初めて導入したのはアジアで、日本で公衆無線LANサービスを提供し、これをマーケティングツールとして企業に販売しているワイヤ・アンド・ワイヤレスも、同社の製品を採用しているという。
ラッカスがグーグル、インテルなどと進める「OpenG」とは
ラッカスは2016年2月、Mobile World Congressを機に、グーグル、インテル、ノキア、クアルコム、Federated Wirelessと共に「OpenG」を推進すると発表した。6社は、3.5GHz帯を用いる屋内向け小型携帯電話基地局を開発し、その普及を推進するという。
Lo氏は、「携帯電話サービスの電波は屋内に届きにくく、企業や施設にとって大きな課題になっている。スモールセルのような解決策はあるが、それぞれの携帯電話会社にひも付いている。OpenGでは企業や施設が、安価な構内小型基地局を自律的に導入できるようになる」と説明する。
米連邦通信委員会(FCC)は2015年4月、3.5GHz帯を「Citizens Broadband Radio Service(CBRS)」とし、新たな周波数割り当てメカニズムを導入すると発表した。これによると、3.5GHz帯には3種類の優先度が設けられる。最優先は、既存ユーザーである米国海軍のレーダーなどによる利用。第2優先度は、入札によって割り当てを受けたPAL(Priority Access Licenses)ユーザーに与えられる。OpenGが関係するのは第3優先度のGAA (General Authorized Access)だ。基地局をFCCに登録しさえすれば、他の優先ユーザーに干渉しない限り、誰でもライセンスなしに利用できる。干渉を防ぐために、FCCはこれら全ての利用者にわたり、リアルタイムに近い形でアクティブな調停を行う。
OpenGではこのGAAを活用し、3.5GHz帯を用いる屋内向け小型携帯電話基地局を開発する。結果として、企業や施設が、Wi-Fiアクセスポイントと同じような感覚で、屋内向け携帯電話基地局を調達し、導入できるようになるという。
「現在のスモールセルなどでは、携帯電話サービスごとに別の機器を設置しなければならない。OpenGでは複数の携帯電話サービスを、同一の基地局でまかなえる。しかも企業が自らの判断で導入できるようになる。ここに最大の違いがある。
携帯電話事業者にとっては、基地局設置にコストをかけずに、実質的なカバレッジを広げ、ユーザーの利便性を向上できるメリットが得られる。
OpenGの実現には、3.5GHz帯対応の携帯電話端末が普及しなければならない。だが、例えば日本で3.5GHz帯が携帯電話3社に割り当てられているなど、この周波数帯を使った携帯電話サービスが広がりつつある。このため、対応端末の普及が期待できるという。
ラッカスはブロケードに買収されることになっているが、ブロケードはLTE/5G関連の事業に関連して、仮想モバイルパケットコアのConnectemを買収している。Connectemの共同創立者であるHeeseon Lim(ヒーソン・リム)氏は、@ITのインタビューで、企業における私設モバイルパケットコアの普及に言及している。これとの関連で新たな展開が期待できるのではないかと聞くと、Lo氏は「そうだ」と答えた。
ブロケードによる買収を受け入れた理由
ブロケードによる買収を受け入れた理由について、Lo氏は「Wi-Fiが高速化するのに伴って、有線ネットワークの重要性も高まっている。無線と有線を包括したソリューションを求める顧客が増えている。このため、ブロケードからの買収の申し出を真剣に検討した」と話す。
ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE)によるAruba Networks買収が、今回の判断に影響を与えたかと聞くと、「影響がないわけではない。今や、エンタープライズWi-Fiで競合する2社(シスコシステムズとHPE)が、無線と有線をカバーする存在になっている」と答えた。
ラッカスとブロケードは、製品分野、顧客層、販売チャネルなど、あらゆる意味で相互補完的であり、クロスセルを進めることで、ネットワーク製品事業を拡大できると、Lo氏は話している。
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