「パブリッククラウドは安いか」ではない、企業文化を変えるために使う:AWS Summit Tokyo 2016
2016年6月1日、AWS Summit Tokyo 2016のパネルディスカッションで、NTTドコモの栄藤稔氏、三菱東京UFJ銀行の村林聡氏、日本経済新聞社の渡辺洋之氏が、それぞれの危機感と、日本企業がバブリッククラウドを活用していかざるを得ない理由について語った。
「『パブリッククラウドで安くなるのか』『パブリッククラウドは使えるのか』という質問はもうやめにしてほしい。どうやって企業文化や組織、開発スタイルを変えていくかを考える時期に来ている」(NTTドコモ 執行役員 イノベーション統括部長、栄藤稔氏)
2016年6月1日、AWS Summit Tokyo 2016のパネルディスカッション「エンタープライズ IT を改革するデジタルトランスフォーメーションとクラウドコンピューティング」では、栄藤氏に加え、三菱東京UFJ銀行(MUFJ)専務取締役の村林聡氏、日本経済新聞社 執行役員デジタル事業担当補佐兼電子版統括の渡辺洋之氏が、それぞれの危機感と、バブリッククラウドを活用していかざるを得ない理由について語った。
中小企業でも、大企業のベストプラクティスを共有できる
NTTドコモの栄藤氏は、Amazon Web Services(AWS)上で、仮想マシンを2000台規模で動かし、音声アシスタントサービス「しゃべってコンシェル」を運用する取り組みを指揮した人物。AWSの採用以降、同社の開発スタイルが変わってきたことの価値を、繰り返し強調した。
「『パブリッククラウドを使うと安くなりますか』という質問は、もうやめませんかと言いたい。(パブリッククラウド利用をきっかけとし、)どうやって企業文化や開発スタイルを変えていくかを考えていかないと、デジタルトランスフォーメーションができない。とにかく使ってみることが大事で、(NTTドコモでも)『パブリッククラウドは意味がない、セキュリティはどうする』と言っていた人が、少しずつ黙るようになっていった」
NTTドコモでは、AWSの本格利用をしゃべってコンシェルで開始したが、その後AWSの機能が進化したこともあり、2014年第3四半期からは業務系システムにおける大規模利用が始まったという。また、ノウハウが蓄積され、現在ではベストプラクティスを形式知化できるようになったという。
しゃべってコンシェルにおけるAWS利用では、約280の社内セキュリティチェック項目を丁寧にクリアしたことも話題になった。NTTドコモはこれを生かし、AWS利用でのセキュリティに関するアドバイスを提供している。
「大IT企業でしか持ち得なかったセキュリティやデータマイニングのシステムを、瞬時に非IT分野の企業が展開できる」と栄藤氏は説明した。ベストプラクティスをコピーすることで、小規模な非IT企業が感じる、リソースやノウハウの壁を越えやすくなる。
栄藤氏は、デジタル化の時代には、大企業とスタートアップの連携が重要になるといい、パブリッククラウドによってこうした提携が容易になると話した。
金融では不確実なチャレンジを続けていかなければならない時代に
金融業界では、FinTechが大きな話題となっている。三菱東京UFJ銀行の村林氏は、「アイデアのある人がサービスを作れるようになってきた」と表現、オープンイノベーションのアプローチが重要だと話した。
つまり、FinTechの一つの側面は、金融機関がAPIなどを通じてスタートアップ企業などと連携し、ユーザーにとっての価値を高めることにより金融サービスを活性化させるチャンスが大きく広がることにある。一方、金融機関同士が新たな土俵で競合を繰り広げ、さらには非金融機関がこの分野に参入し、付加価値を奪い合う側面も、一般的には指摘できる。
村林氏は、「(FinTechでは)これからプラットフォーマ―(注:グーグル、フェイスブック、アマゾンなどのプラットフォーム的事業を展開するIT企業)が参入してくる。これは脅威でもある」というコメントもしている。
村林氏は、社内の取り組みとして、「デジタルイノベーション推進部」という組織を設置し、活動を強化していると説明した。同組織はIT事業部を改称したもので、業務部門に属するものではなく、システム部と並ぶコーポレートサービスとして位置付けられているという。「新しいITに特化した技術開発部」といった印象を受ける。
MUFJでは、米国西海岸にイノベーションセンターを開設、米国東海岸やシンガポールにも活動範囲を広げている。アジアではFinTechネットワークの構築を進めているという。
―方で、金融関連スタートアップ企業や開発者コミュニティとの接点強化のため、スタートアップ企業によるFinTechの事業化を支援する「MUFG Fintechアクセラレータ」プログラム、FinTechのアイデアコンテスト「FINTECH Challenge」などを推進していることを説明した。
こうした活動を進めるMUFJにとって、パブリッククラウドとは「既存システムの載せ替えの場ではなく、イノベーションプラットフォーム」だという。
今後は、多様で不確実性の高い技術に、継続的にチャレンジしていくことが常態化する。「不確実性が高い」というのは、個々のプロジェクトへの投資が、高い確率で「成功」するとは言い切れないことにある。一時は「成功」しても、短期間で人気を失う可能性もある。また、今後は多数の、多彩な金融サービスを、パートナーも活用して生み出していかなければならない。しかも、事業展開スピードは、ますます速まっていかざるを得ない。
このように、ビジネス自体が従来と比べて大きく変質し、ビジネスとITの関係も従来とは全く違うものになろうとしている状況では、クラウドの活用は必然だと村林氏は話している。
「新聞は生き残りを考えてこざるを得なかった」
日経電子版の事業責任者である日経の渡辺氏は、危機感について率直に語った。「インターネットが登場したころから、従来メディアは『やられっぱなし』だった。今さらディスラプト(破壊)もないくらい」と表現する。ヤフーの後にはグーグルが登場、その後はスマートフォンの普及で、多数のキュレーションメディアが登場した。最近では、アップルやフェイスブックなどのプラットフォーマ―が、軒並みニュース関連サービスに力を入れるようになってきた。
「しかも、敵がどんどん大きくなってくる。どう生き残るか、立ち位置を見つけるかが、会社として重要な問題になってきている」。日経電子版を始めてからも、スマートフォン、AI、クラウドなど、環境変化が起こるたびにチャレンジを受け、変わらざるを得なかったとする。
日経電子版が誕生して間もなく、iPhoneが登場し、スマートフォンの時代がやってきた。これにより、日経電子版は職場に到着した後に、紙の補助として読まれるものではなく、通勤時間帯をはじめ、朝から夜までニュースを消費するための存在になったという。ソーシャルネットワーキングとの相乗効果で、突発的アクセス増(スパイク)が増えた。その後、速報を流すことで、自らスパイクを狙うような取り組みも行うようになった。こうして日経電子版の利用パターンが、大きく変化したという。
日経電子版のシステムは、当初オンプレミス環境で構築・運用された。だが、上記のようなスパイクへの対応、そしてプラットフォーマ―に対抗する手段を考えたとき、クラウドに移行するしか選択肢はなかったという。
プラットフォーマ―との戦いについて、渡辺氏は次のように話した。
「18億人が使っているフェイスブックと、50万人の日経電子版では全く(規模が)異なる。戦うためには他社と組まなければならない」。そこで、Evernoteに出資するなど、新しいことをやっているという。「新聞を『読むもの』でなく、『使うもの』に変え、プラットフォーマ―に対抗するには、クラウドを前提とし、他サービスとAPIでつながっていかなければならない」。
日経電子版では、2015年8月にAWSへの本格移行を決定。記事データベースはオンプレミスに残しているものの、Webサービス部分はAWS上で稼働しているという。また、Webサービスアプリケーションはほぼ完全にマイクロサービス化を終えたと渡辺氏は話した。AWSについては、サーバレスコンピューティングサービスの「AWS Lambda」も活用。日経電子版の「紙面ビュー」制作では、紙面を作成してアップロードすると、自動でデータを変換するようになっていると話した。
先鋭化する企業と、システムインテグレータとの関係
日本の企業がデジタルトランスフォーメーションを進めていく中で、システムインテグレータやITベンダーとの関係はどう変わるべきか。日本のIT業界に必要な変化とは何か。
日本経済新聞社の渡辺氏は、次のように話した。
「(成功するためには)先鋭化するしかないと思い、電子版を立ち上げるときに、インターネットが分かっているエンジニアをIT部門から引き抜いた。これで、事業部側でやるしかなくなった。AWSについても、(利用を検討し始めた2011年には)相談するシステムインテグレータがいなかった。そこで、AWSについては今でも内製でやっている。アプリについても内製化している。そうでないとPDCAを高速に回していけないからだ」
こうしてメンバーが先鋭化すると、「ITベンダーは何のために存在するのか」と考えるようになってきたという。
一方、MUFJの村林氏は、全ユーザー企業がIT産業化をしなければならないと話す。
「(以前は)ITベンダーからITの提供を受けるのが前提だった。クラウドサービスがない時代は、いい製品を代理店が教えてくれた。だが、クラウドサービスの世界では、(ユーザー側が)いいと思えばネットで調べて、自分で使ってみるようになっている。それをやらない限り、いいものは取り込めない。つまり、企業サイドの人間がサービスを常にウォッチして、変わっていかなければならない」
村林氏は、ITベンダーとのコラボレーションも必要で、ITベンダーには「顧客と共に新しいサービスを作っていく」努力が求められると話している。
「このままでは世界から取り残される」
栄藤氏は、日本の非IT企業の多くが、世界から取り残されていくのではないかと警鐘を鳴らす。
欧米ではGEのような伝統的企業ですら、自社の今後の競争力はデジタル化と密接に結び付くと認識し、社内ソフトウェア開発体制の根本的な変革を進めている。しかし、多くの日本企業にはそうした自覚がなく、オープンソースソフトウェアの利用や、DevOpsなど社内の組織改革を伴う取り組みに考えが及ばない。
IoT、人工知能、機械学習、ビッグデータといったトピックについても、狭義で位置付けることしかできていない。実はこれらは氷山の一角で、その下にあるシステムエンジニアリング的思考、人材育成、組織改革、企業文化といったテーマこそが重要であることに気付かない。
栄藤氏は、継続的デリバリやマイクロサービス化を基本に据えた、アジャイル、リーンな開発指向、開発体制への移行が必要であり、それには企業文化を変え、組織を改革していかざるを得ないと主張する。パブリッククラウドは、社内改革の起爆剤として使っていかなければならないと話した。
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