基幹系もいよいよクラウドの時代へ――日本企業のIT環境としての最適解は、どのような形態か:基幹業務のSoRはどこまでクラウド化できるのか(1)(2/2 ページ)
「基幹業務をはじめとする既存アプリケーションを、どのような観点でクラウドプラットフォームへ移行すべきか」を探る連載。初回は、昨今のクラウドトレンドを踏まえた上で、基盤視点(非機能側面)を中心に「企業のIT環境における最適解は、どのような形態か」を考察する。
クラウド化の現状と課題
まず、クラウド化に向いている業務(システム)とはどのようなものでしょうか。主に非機能要件側面から以下のような観点が挙げられます。
- 可用性要件が厳しくない
- 性能要件が厳しくない
- 他システムとのデータ連携が少ない
- 業務負荷の変動が大きい
- 業務のセキュリティ制限やデータの利用制限が少ない
このようなシステムがあれば、すぐにでもクラウド化を検討した方がいいでしょう。
基幹業務のクラウド化の課題
では、一般的に基幹業務はどのような特徴を持っているでしょうか。上記に対比した形で列挙すると、下記のようになり、基幹業務はクラウド化には向いていないように思われます。
- 可用性要件が厳しい(通常24時間365日稼働、ダウンタイムはほとんど許容されない)
- 性能要件が厳しい(オンラインのレスポンスタイムは1〜2秒、バッチでは高スループットが求められる)
- 他システムとのデータ連携が比較的多い
- 業務負荷の変動は比較的少ない
- 業務のセキュリティ制限やデータの利用制限がある場合が多い
実際、このような特徴から「オンプレミスのまま運用した方がいい」と判断されるユーザーも少なくはないでしょう。これら非機能要件の厳しさが基幹業務のクラウド化における大きな課題の1つといえます。
ではなぜ、昨今基幹業務のクラウド化(検討も含む)が増加傾向にあるのでしょうか。
その大きな要因として、図4にあるようにIaaS提供方式のバリエーションの増加が考えられます。
マルチテナント方式の3つのリスク
当初、クラウドベンダーのサービス提供形態は、図4-【1】のマルチテナント方式のサービスしか選択肢がありませんでした。マルチテナント方式とは、1つのハードウェア筐体の中で、仮想化された区画を複数立ち上げ、ユーザーにその仮想区画を提供する形態です。この形態の利点は、規模の経済が働きやすく、ユーザーに安価でコンピュートリソースを提供できる点にあります。またストレージに関しても、同様に仮想化された領域がネットワークデバイスのイメージでユーザーに提供されます。
このようなマルチテナントの環境では、基幹業務での利用を前提に考えると、以下のようなリスクが考えられます。
- 【リスク1】クラウドベンダー都合でのメンテナンス停止が発生する(ユーザー側都合での調整はできない)
- 【リスク2】高可用性を担保するアーキテクチャ設計の難易度が上がる(トラディショナルな高可用性(HA)クラスタ構成は実装できない)
- 【リスク3】性能を完全に保証するには懸念がある(同一ハードウェア内で他のユーザーの区画も動作しており、他ユーザーが大量にコンピュートリソースを消費するようなことがあると影響を受ける懸念がある)
先に述べたクラウド化に向いているとして列挙した観点は、このマルチテナント方式での提供形態が前提として働いています。
ユーザー占有方式(シングルテナント)のIaaSサービスの登場
現在では、マルチテナント方式に加えて、ユーザー占有方式のIaaSサービスが登場しています。これらには、図4-【2】や【3】の方式があります。どちらもサーバ筐体単位でユーザー占有の環境を提供するサービスとなり、パフォーマンスを正確に予測できるメリットがあります。このことにより、前述した【リスク3】の性能面でのリスクはほぼ払拭されます。
残り2つの【リスク1】【リスク2】に関しては、どうでしょうか、図4-【2】の方式では、【リスク1】【リスク2】はほとんど変わりません。しかし、図4-【3】のベアメタル方式では、以下の観点から、【リスク1】【リスク2】が緩和・低減されることが見込めます。
- ハードウェアレベルでの提供のため、ベンダー都合によるメンテナンス停止の頻度は少なめ(ファームウェアの更新などが考えられる)であり、ベンダーによってはユーザー側からの要求で調整できる
- ハードウェア自体の可用性を向上させるオプション(電源の二重化など)を選択できる
- 性能に関して、ハイパーバイザーなしで直接OSを導入して利用できることから、他の方式に比べI/O性能を高くすることができる
- サーバやファイアウォールなどが独立したハードウェアであるため、セキュリティの観点から優位性がある
これらの観点から、近年、ユーザー占有方式のIaaSサービスを活用することにより基幹業務のクラウド化へのハードルが低くなっていると考えられます。
また、基幹業務に関しては、非機能側面でのクラウド化のハードルとは別の視点として、レガシーシステムという側面もあり、以下のような課題を抱えていることも多く見受けられます(図5)。
- 利用技術の老朽化
- 古い技術に対応できる技術者の確保が困難
- ハードウェアが故障すると代替がきかない場合がある
- システムの肥大化、複雑化
- 機能の追加、変更が困難であり、現行業務の遂行や改善に支障を来す場合がある
- システム変更が難しいため、外部に補完機能が増えたり、人手で運用をカバーしなくてはならかったりする場合がある
- ブラックボックス化
- ドキュメントなどが整備されておらず、属人的な運用・保守状態にあり、障害が発生しても原因がすぐに分からない場合がある
- 再構築のために現行システムの仕様再現が困難
これらの課題は一朝一夕で解決できるものではないですが、基幹業務のクラウド化を検討する場合は、これらの課題も同時に考えていく必要があります。これらレガシーシステムの課題への対応に関しては、連載第4回で取り上げます。
避けては通れない運用をどうするか
前述したクラウド化後に問題が生じるリスクの1つに運用管理が挙げられます。これは、特にSaaSやPaaSを利用する場合に観点として見落とされがちな項目であり、クラウド化の課題の1つと考えられます。
基幹業務では特に重要となりますが、安定稼働を実現するためには、運用関連の機能(監視、問題管理、障害対応、バックアップ、リリース管理など)を確実に機能させる必要があります。
また、既存の運用機能との一体化を図るのか、オンプレミス環境とクラウド環境で別管理とするのか。ユーザーとしては選択が必要になります。一体化する場合は、既存の運用機能に統合するために追加でツールの導入や開発が必要になります。別管理にした場合も、ユーザーは、クラウド側の運用に関するスキルを習得することが必要となり、運用コストは上昇する傾向にあります。
これらのコスト上昇を低減するソリューションとして近年、クラウドベンダーやSI業者が「マネージドサービス」と呼ばれる管理サービスを提供しています。これらマネージドサービスの話題に関しては、連載第3回で詳しく取り上げます。
IT環境の最適解
全てをクラウド化できるのか
では、全ての業務をクラウド化することは可能でしょうか。実際に実現されている企業や、取り組まれている企業の事例がありますので、不可能ではありません。
しかし、銀行や社会インフラを支えている企業の基幹業務などは、求める非機能要件のレベルは最高と考えられます。また、セキュリティの観点でも秘匿すべき情報(企業・個人)も最高レベルのものと考えられます。これらに加えて、ビジネス戦略上自社内で運用すべきと考える業務も存在するでしょう。
可用性や耐障害性、セキュリティ対策など、クラウド上でもアーキテクチャを工夫することにより、レベルを高めていくことは可能ですが、上記のような、企業内での規定や、戦略的、心理的な要因から企業内で運用すべき業務は残ると考える方が現実的と考えます。
最適解は「ハイブリッドIT」
ここまでの考察から、企業のIT環境の現実解は、どのような形態が最適と考えられるでしょうか。
プライベートクラウド、パブリッククラウド、これらを組み合わせたハイブリッドクラウドとありますが、クラウド化されない業務も現実解としては残ると考えられます。このような環境を「ハイブリッドIT」と呼びます。ガートナーが下記のように定義しました(出典:ガートナー、2014年10月「ハイブリッド・クラウドとハイブリッドIT:次なる未開拓領域」)。
クラウド・コンピューティングと従来型のコンピューティングの両方のスタイルを使って、全てのITサービス(IT部門と社外プロバイダーが提供するサービスを含む)を提供する、信頼の置けるブローカー/プロバイダー
ガートナーの定義では、最後にブローカー、プロバイダーという言葉が付いていますが、IT環境の形態の定義として解釈し、この「ハイブリッドIT」環境が、現在の企業におけるIT環境の最適解であると考えます。
次回は、クラウドマイグレーション&モダナイゼーション
今回は基盤視点を中心に考察してきましたが、クラウド化を検討する場合、基盤視点に加えアプリーション視点での分析も同時に行い、戦略的にクラウド化を計画・実施することが重要となります。
次回の連載では、「クラウドマイグレーション&モダナイゼーション」をテーマに、アプリケーション視点の分析も加味したクラウド化検討の手法や、重要となる観点、それらを実現する「ハイブッドIT」アーキテクチャについて考えていきます。
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