第206回 ImaginationはAppleに捨てられ会社を売る?:頭脳放談
Appleが、Imagination TechnologiesのPowerVRをやめて、独自GPUを開発するという。この方針転換は、Imaginationのビジネスを直撃した。なぜImaginationはこのような事態に陥ってしまったのか、そして会社はどうなるのだろうか。
ARMあるところにImaginationがあった
いつもの通り勝手な意見だが、その会社の初期の印象は、「ARMの弟分」というものだった。「ショーケンの後にくっついている水谷豊な感じ」といっても、もはや今どきの若者には分からないか……。「Imagination Technologies(イマジネーション・テクノロジーズ:その昔はVideoLogicという社名だった)」のことである。
当時、ARMは携帯電話で「世界制覇」を果たしつつあった。若者の中にはARM以外のCPUで携帯電話(スマホはまだない)が作られていた時代があったことすら知らないかもしれないが……。そして、世界中のARMの立ち周り先には、必ずImagination Technologiesも現れたのだ。
ARMのライセンスを買った人々に、「ARMのライセンスを買ったのなら、そのお供にうちのGPUのライセンスも買った方がよいですよ」と触れ回っていたのである。そのころのARMが、本心ではImagination Technologiesのことをどう思っていたのかは知る由もない。だが、はた目からはARMとImagination Technologiesの関係は非常に良好に見えた。
モバイル分野でImaginationのGPUが抜きん出ていたワケ
同じ英国を拠点とするIP(Intellectual Property:設計情報などを販売する会社)会社であり、米国企業に牛耳られていたプロセッサ業界に協力して切り込んでいるようにも見えた。ARMの手の回り切らないところをImagination Technologiesが補完するというような関係であったからだ。当時のARMは、CPU製品ラインの拡充に忙しそうで、周辺まではまだあまり手が回っていなかった。
ところが、携帯デバイスでもきれいで高速なグラフィックスが求められつつあった(多くはゲームのためだったが)。そこでARMコアの携帯デバイスをやろうとしていたメーカーにImagination Technologiesがモバイル向けの軽くて消費電力の少ないGPUを売る、という構図が出来上がっていたのではないかと思う。IntelのCPUにNVIDIAのGeForceを組み合わせるのがゲーマーの定番であるがごとく、モバイルデバイスでは、ARMのCPUにImagination TechnologiesのPowerVRというのが定番化していった。
もちろん、GPUを設計していたメーカーが他になかったわけではない。しかし当時は、PC向けの「本格」GPUベンダーは「(電気をたくさん消費してもよい)PCの世界」での競争に忙しくて、今ほどモバイル系(電気を消費してはいけない)の用途に目が向いていなかった。そのため、モバイル向けは閉じた世界の中で、その他大勢の小さなGPUベンダーが競争し合うような構図にあったように記憶している。
その中、ARMとの「太いパイプ」(今となっては何が太かったのだかサッパリだが)が大きな要因となって、Imagination TechnologiesのGPUがモバイル世界でその他大勢の中から頭1つ抜け出して定番化できたのではないかと思う。IPは、勝馬に乗りたい人が多いので、ひとたび良い方向に回ると、製品の性能、機能以上に商売には差がつくものなのだ。
衰退の始まりはARMの自社GPU開発?
しかし、諸行無常、そんな定番もいつかは崩れる。その第一歩はARMが自社GPUを開発し、販売を始めたことだったと思う。ARM自らがGPUを売るのであれば、それほど半導体設計のリソースを持っていないメーカーには都合が良いに決まっている。CPUとGPUを別々なIPベンダーから買えば、その間をつないで、ちゃんと動かす、性能を出す、というところはかなりの部分を自社でやらないとならないが、CPU+GPU丸抱えならば、その辺からARMに頼れるからだ。まぁ、コスト面の話も当然あったであろう。
勢いImagination Technologies側としては、性能や機能などでより上位へ向かうか、価格を下げるか、といった圧力がかかったであろう。
CPUベンダーとGPUベンダーとの関係では、GPUベンダーであるATI TechnologiesがCPUベンダーであるAMDに買収されたような事例もある。また、GPUベンダーから出発し、その枠の外側に踏み出しつつあるNVIDIAのような行き方もある。
多分、当時のImagination Technologiesは、あくまで独立した方向性で行きたかったのではないかと想像する。そこで彼らが打った手の1つがMIPS Technologiesの買収であった。
CPU分野で反転攻勢に出るものの!?
MIPS Technologiesといえば、RISCマシンの源流に位置するCPUベンダーである。Imagination Technologiesが「新興」のIPベンダーとしたら、MIPS Technologiesは「老舗」のIPベンダーであった。しかし、モバイルの流れに乗り切れなかったMIPS Technologiesの衰退は著しく、モバイル分野で金を稼ぎだしていた新興のImagination Technologiesに買収された、と見えなくもない。
買収したImagination Technologies側にしても単なるラインアップ拡大のための買収ではなかった。かつての兄貴分であったはずのARMが自分らの得意分野に攻め入ってきていた。何らかの手を打っておかねばいずれはジリ貧となりかねない。MIPS Technologiesを買収することで自らもCPU分野に反転攻勢に出た、というように見えた。
別にMIPS TechnologiesのCPUが悪いという気はないが、ARMの勢いに対抗するのに、年老いたMIPSでは難しかったのではないか。結局、IPの顧客は、売れているものを欲する傾向にあるのだ。
「ImaginationのGPUを切る」と言い出したApple
Imagination Technologiesにしたら、自分らの得意分野であるモバイル向けのGPUで金を稼ぐ構図は変わらなかったようだ。そこに到来したのは、しかし最悪のニュースだ。Imagination TechnologiesのGPUの最大手ユーザーであるAppleが、「PowerVR(Imagination TechnologiesのGPU)を切る」と言い出したのであった。自分で設計する、という方針に転換したわけだ。
Imagination Technologiesに払うお金がもったいないと思ったということも背景にはあるのかもしれない。一方で、自社で設計して他社との差別化を図りたいというのはいつものAppleの志向と言えなくもない。当然、それに対して相手の期待以上の設計を売ってきたからここまでもったのであろうが、ここに来て、自分で設計した方がいい、と見切られてしまったようだ。
ビジネス的な検討は当然あるが、技術的にも引き際とAppleの誰かが考えたに違いない。このようなAppleの動きに対して、2017年4月にImagination Technologiesが出したニュースリリースがある(Imagination Technologiesのニュースリリース「Discussions with Apple regarding license agreement」)。「AppleはImagination TechnologiesのGPUを切るというが、Imagination Technologiesが持つ各種の知的所有権に抵触せずにApple独自のものは作れない」という内容だ。この時点ではAppleによる独自開発をけん制し、まだ生き残り策を考えている感じに見受けられる。
結局身売りを選んだImagination
そこから当事者間でどんな話が出たのはうかがい知れない。ただ、泥沼の訴訟合戦になったという形跡もなく、2017年6月になって、「Imagination Technologiesの会社全体を売りに出します」というアナウンスが出た(Imagination Technologiesのニュースリリース「Commencement of formal sale process for whole Group」)。3カ月にも満たない間の素早い決断だ。
アナウンスを読めば、Imagination Technologiesの一部門になっていたMIPSなどは一歩先に売りに出されている。その後の部門売却ではなく全部売るというアナウンスである。売りを仕切るための会社が入り、手続きを公開した極めて実務的なものである。ぐちゅぐちゅと話が進まないどこかの国の会社売却話など読んでいると、この決断の速さは女王陛下を頂く英国企業のしたたかさかもしれない。
なぜならば、早ければ早いほど買い手はつくに決まっているからだ。IPというのは一度売ってから回収するまでが長い。IPを搭載しているどこかの会社の製品が売れている限り、ロイヤルティーのお金は入ってくるのである。引き金を引いた形のAppleにせよ、Imagination TechnologiesのGPU搭載製品が終息するまで1年半くらいかかるらしい。
IPベンダーは工場を持っているわけではないから、費用のかなりの部分が人件費のはずである。新規の開発を続けるとなるとその費用は必要だ。しかし、ひどい話だが、従業員全員のクビを切ってしまえば、出る金はキュッと絞れ、それでも確実に計算できるキャッシュフローだけが残る。少なくともその金額以下なら売れるに決まっているのである。
後は、会社を完全にバラバラに切り売りするのであれば、特許などの知的所有権をどの程度の金額で、どのように始末するのか、それとも設計チームを生かして今後も開発を継続するのであれば、そのリソースをどう生かすのか。買収に手を上げる相手のもくろみ次第である。
誰がどのような金額で手を挙げているのかは分からない。Imagination Technologies自体のビジネスモデルは、GPUビジネスの一本足打法からはあまり脱却できなかったようだが、結構、それ以外でも有効な設計資産を持っている会社だと認識している。買収先のビジネス展開によっては、生かせる部分もあるのではないか。この進行を見ていると、また数カ月もすればどうなるのかアナウンスされるに違いない。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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