受験勉強に学ぶ、デジタル時代のSLAのあるべき姿〜「とにかくシステムを止めるな!」にうまく対抗する方法〜:久納と鉾木の「Think Big IT!」〜大きく考えよう〜(6)(2/3 ページ)
今回は、IT部門が同じ企業内のビジネス部門と、SLA(サービスレベルアグリーメント)を通じてより良い関係を築くにはどうしたら良いか? 特に上級マネジャーにどう対峙したら良いか? を一緒に考えてみたい。
可用性を100%担保するより、大切なことがある
さて、なぜ筆者はこうまでして、「特定ITシステム/サービスの可用性100%保証に執着し過ぎるな!」と主張するのか? その理由を述べていきたいと思う。
まず皆さんに伺いたい。
100%保証に固執する硬直化した環境下で、ディスラプターと呼ばれるような新興企業が突如として皆さんの目の前に出現したらどうなる? それでも、彼らとの競争に勝ち抜けると自信を持って言えるだろうか? こういった厳しい状況を想定している、想定し得るからこそ、柔軟に考えることを提言させてもらっている。
どういうことか?
ビジネスは既に変化した。モノ(物販)からコト(サービス)へとユーザーの価値基準は移っている。いつもの牛乳や洗剤が注文した当日に自宅に届き、昔観たお気に入りの映画も思い立ったら即座にスマホで視聴することができ、近くにいるタクシーの空車をGPSで見つけ呼び寄せる時代だ。売買されている商材(モノ)は不変でも、それを売買するために必要な手順(コト)は急速に便利になっている。いや便利にさせないと企業は生き残れない。「コト」に便利さの4要素「スピード」「シンプル」「完結性」「透明性」がユーザー体験として組み込まれているかがデジタル時代にユーザーから選んでもらえるかの分かれ目になるのだ(連載第1回目の『あらためて「デジタルトランスフォーメーション」って何?』も参照されたい)。
このようなデジタル時代のサービスモデルを実現し、これを人海戦術に頼らずスケールさせようとしたら、そのサービスはITで実装するのが当然の帰結だ。IoT、AI、ドローンの本格的な実用化を待たずとも、ビジネス=サービス=ITなのだ。つまり、ビジネスとITは直接的に融合されて然りなのだ。なので、IT部門とビジネス部門とが対話するプロトコルの1つであるSLAというものが、キーとなってくるのがご理解いただけると思う。
さらに、市場は常時、かつ急速に変化している。これに対応するためには、タイムリーに新たなITサービスをリリースしたり、これに変更を加えたりしなければならない。となると、ITサービスは妥当な可用性を妥当なコストで実現する必要が出てくる。特定のITサービスの100%稼働に固執していては、ビジネスの俊敏性を実現するための余力がなくなってしまう。受験科目に新たな科目が次々追加されたり、出題範囲が頻繁に変更されたりするのに、元からある特定の科目の100点満点に固執していてよいのだろうか。再定義されていく受験科目全体を見渡して、どの科目にどの程度の勉強時間を割くべきかを仕分け、可能な限り新たな科目に取り組む弾力性を残しておくという発想がどうしても必要になってくる。
このような合理的で俯瞰的なアプローチが、デジタル時代のSLAには求められる。これを共同策定できる関係性を、ビジネス部門とIT部門の「より良い関係」と筆者は呼んでいるのだ。ビジネスイノベーションの第一歩は優れたSLAにあり。
SLAとは、どちらか一方が全ての責任を負わされるものではない
話を本連載の主役である「あなた」に移そう。
ここまで述べた世の中の移り変わりを正しくおさらいしておくこと、デジタル時代のSLAの在り方を再認識し実際に策定できること、そしてこれらをベースにビジネス側の上級マネジャーと対等に渡り合えること、こうしたセンスとスキルは「あなた」の評価を確実に高めると思う。これからのキャリアパスに必ず役に立つと考えている。
では、そもそもSLAとは何か。ここもおさらいしておこう。
SLAとはもちろんService Level Agreement(サービスレベル合意書)のことだが、提供されるITサービスの内容に関して、そのITサービスを実際に使いビジネスの結果に責任を持つ人・組織と、ITサービスを提供する人・組織との「合意書」のことである。
ビジネスに責任と権限を持つビジネス側マネジャー(換言すると、ビジネスで得た収益から実質的にITサービスの費用を負担する人)と、ITサービスに責任を持つITサービスレベルマネージャとの間で策定される。すなわち基本的には同一会社内のビジネス側責任者とITサービス提供責任者との間で合意するものということだ。
例えば、製造業の生産管理システム/サービスを採り上げてみよう。一般的にはビジネス側の工場長または製造部長と、IT側の生産管理システム/サービスの全てに責任を持つマネジャーとの間で策定されるのが、生産管理システム/サービスのSLAということになる。
ビジネス側のマネジャーとの間で内容を検討し合意されるものであるから、当然IT用語の羅列、専門技術や計測値の羅列はNGということになる。だからビジネス用語で語り合い検討し合うのだ。不思議なもので、このように相手のプロトコル、相手の土俵で議論と検討を重ねていくとお互いの理解が深まっていく。もちろん最初は時間がかかるのだが、「なぜ可用性は100%ではないのか」も感情論なしで理解してもらえるようになっていく。
SLAには双方の責任を明記する。ITサービス提供側の責任としては、サービス提供の時間帯、サービスデスク/オペレーション体系、変更やリリースプロセス、インシデントが発生した場合の対応などの責任について明記する。一方ビジネス側の責任として、ITサービス利用者(要員)の教育、原材料マスターデータの管理、変更依頼、リリース時のユーザー側受け入れ体制などについて明記するわけだ。
同一社内だ、ビジネスに責任を持つマネジャー同士(IT部門のマネジャーも管理職であるからにはビジネスに一定の責任がある)が、より俯瞰的に双方の責任について理解し合うことで、ITサービスの最も効率的な提供・利用・運用について検討できるはずだ。
ポイントは、SLAとは、どちらか一方が全ての責任を負わされるわけではない、もちろん個別最適を目指すものでもない、協力してビジネス的にもコスト的にも最も効率的なオペレーションを志向すべきものだという点だ。どちらか一方が他方に対して何かを供与するための決め事ではないのだ。
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