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プロ野球ユニフォーム戦争の裏側 〜やはりユーザー体験が生命線〜久納と鉾木の「Think Big IT!」〜大きく考えよう〜(7)(2/3 ページ)

今回は、自社が持つコアコンピタンス(企画力やIT/ITサービスマネジメント)を結集させれば、思わぬ新規顧客開拓のポテンシャルがあるのではないか? という可能性を一緒に探ってみたい。

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ビジネスの明暗を分けるのは、やはりユーザー体験だ

 続いて、ここでもやはりユーザー体験がビジネスの明暗を分けるという話に進みたい。

 ここで興味深いデータを1つご紹介しよう。マジェスティック社の調査によると、ファン向けTシャツの種類数のチーム平均値を取ると、NPBセ・リーグが57、パ・リーグが171の合計228に対して、MLB(メジャーリーグ・ベースボール)は何と873となる。この差は一体何なのだろうか? MLBはルール上登録選手がパ・リーグの5倍いるのだろうか。

 そんなことはない。この数の多さの実態は、MLB球団の記念Tシャツの種類の豊富さなのだ。優勝チームの優勝記念Tシャツなんて当たり前で、実は選手個々にもっと焦点を当てているのだ。選手個人の通算1000試合出場、500安打、100盗塁、100勝などなど、一人一人のキャリアに着目した上で、さまざまな節目に記念Tシャツを企画・販売しているのである。

 ここでポイントとなるのが「ユーザー体験」だ。ファンは、お気に入りの選手が迎えたそんなキャリアの節目を目の当たりにして、この喜ばしい「イベント体験」を分かち合いたいのである。そして、このイベント体験がTシャツという形に具現化されると、これを喜んで買い、身にまとい、記憶に焼き付け、選手やチームへの愛着を一層高める。こういう体験共有型のグッズ販売が球団経営を支えると目されており、既にMLBでは実績を上げていることが上述のTシャツ数になって表れているのである。

 ただ、ここで忘れてはならないのは、「購入体験」におけるスピード、シンプルさ、完結性である。どんなに喜ばしい「イベント体験」であっても、時間が経ってしまってはその熱量は下がってしまう。よって、そんな記念日が発生したら、ただちにこのTシャツをWebまたは店頭で、極めてシンプルな手順で注文ができ、短納期で配送までが完了する必要がある。この一連の「購入体験」が、元の「イベント体験」とシームレスに一体となって初めて優れた「ユーザー体験」と呼べるのである。ファンのロイヤリティー(愛着)を高めるという観点からも、この高品質な総合的「ユーザー体験」は必須要件であり、ユーザー体験がファングッズビジネスで成功を収めるための生命線となるわけだ。

ITが果たすべき役割は大きい

 では、ここまで述べてきたこの新しいビジネスモデルを実現、さらに加速するために、ITが果たすべき役割は何か? について、現在のテクノロジーで実現可能なことを幾つか並べてみたい。もちろん目的は、この成功事例の構図が他の業種・業態にも生かせないかを考えることである。

 結論を先に言ってしまえば、SCM(サプライチェーンマネジメント)と、それに付随する業務プロセスを高度化させ、いかに俊敏性を高められるかに議論は行き着くように思う。

 まずは商材の企画・開発だ。Tシャツデザインの原案をステークホルダーである球団側とすり合わせるやりとりにおいて、毎回プリントアウトしたデザイン図を手持ちして会議をするというのは時代遅れだろう。全体図や細部、必要なら3Dモデルの電子データが共通インフラを介して共有され、遠隔会議やコメント機能などのコラボレーション支援システムによって、タイムリーに意思疎通が図れることが理想であろう。

 加えて全体の進捗(しんちょく)管理を行う統合プロセス管理、生産管理も必要であろう。多品種少量生産であるし、当日まで確定しない記録達成日を商品に刻印するなら、他製品の生産スケジュールとの調整もITを駆使して管理しなければならない。販売量を正確に予測することによって販売機会損失と不要在庫を限りなくゼロにしなければならないし、それに合わせて原材料の調達と配送の手配を効率的かつ迅速に実行しなければならない。このような予測に基づくプロセスには蓄積データを基に機械学習(AI)による計画性向上が要求されることになる。

 そして今では販売に当たってネット通販が主軸になるだろう。販売開始されたTシャツのサービスカタログへの素早い追加は当然のことながら、モバイル対応と可用性についても留意したい。スポーツである以上、球場をはじめ外出先で購買意欲が急速に高まることを想定すべきだ。In-the-moment-purchaseの時代だ。欲しくなったときに即座にモバイルから購買処理を完了できる仕組みを確立しておく必要がある。せっかくの商機にアクセスが殺到してシステムがパンクしたなんてことがないよう、キャパシティや可用性の管理も忘れてはならない。

 新たなTシャツを効率的に販売するためには、これを特定顧客(=ファン)に存分にPRする必要もある。マジェスティック社の米国における報告によると、過去に、1年間でのべ38億人に対して、個人のプロファイルに即した2万7000通りのPRメールを使い分けたところ、15〜20%のCTR(クリックスルー率)を実現したという。こうした個人に最適化したマーケティングもITに存分に力を発揮してもらいたい領域である。

 さて、ここまで見てきたことをいったん総括したい。

 こうして見てみると、まずはファンを魅了するTシャツやファングッズを開発・提案できるという企画力がそのコアサービスに含まれていることが、このビジネスモデル成功の大前提ではあるが、それと同時に、その魅力が顧客を通してファンにタイムリーに届くためには、内部関係者のコラボレーション機能、柔軟なサプライチェーンマネジメントや、デジタルマーケティング機能など、周辺的な実現サービスも有効に機能することが、いかに重要になるか併せて理解されたことと思う。

 なぜならこれら全てが、ビジネスを左右するファンのユーザー体験に直結するからだ。このサービスを現実的に機能させるためにはITは必須であり、やはりここでもビジネス=サービス=ITという構図が浮かび上がってくる。となるともちろん、エンドトゥーエンドでこれを有効・確実にするITサービスマネジメントは絶対要件なわけだ。コアコンピタンスは、企画力、IT、ITサービスマネジメントの結晶となってくる。

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顧客に届けるユーザー体験は、優れた企画力、内部関係者のコラボレーション、それを支えるITとITサービスマネジメント、全てによって成り立っている

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