ここを外しちゃオサラバよ――思い出のにっがい黒ビール:転職バーのハルカさん(14)
アナタ、何を怖がってるの?――憧れのアイドル「ファンシーメタル」が自宅まで来てくれたのに、扉の外に出られないカナタ。深く傷ついてしまった彼の心を、シュウヘイたちは解きほぐせるのか?
登場人物
前回までのあらすじ
「転職バー ハルカ」のバーテンダー「ハルカさん」の弟「カナタ君」は、自宅警備員兼プロネット動画配信P(プロデューサー)だ。
新卒入社した「クロクロサービス」のスパルタ教育に耐えかねて家から1歩も出なくなった彼を救いだそうと、エンジニアの「シュウヘイ」はクロクロに体験入社したり、彼の自宅を訪問したりするが、うまくいかない。
そんなある日、転職バーに懐かしの3人娘が……。
お久しぶり。今、ファンシーメタルのうわさをしてたのよ。日本に帰ってきたのね。
来月デビューアルバムの日本版を発売するから、そのプロモーションにね。
……でまあ、「スゴイ」とか「よく頑張った」とか「シュウヘイは相変わらずヘナチョコだ」とか、そんな話で盛り上がり……。
私たちにカナタ君を説得してほしいってこと?
うん。彼、ファンメタをかなり気に入ってるから、本物が現れて話してくれたら、きっと……。
そんなうまくいくかいな。いくらキュートでラブリーなアタシらが説得したって、簡単にはいかんやろ。
ちょっと外に出るだけでいいのよ。動画配信で生計を立てているのは立派だけれど、外に出るのを怖がっているのが心配で。カナタが「もう一度、外の世界に出よう」って思ってくれれば、それだけでいいの。
シュウヘイみたいなヘナチョコでも生きていけるから大丈夫ってね。
失礼な!
そんなこんなで次の日。シュウヘイはファンシーメタルと一緒に、再びカナタの部屋へ行った。
(コンコン)カナタくん、こんにちは。
何だよ、ヘナチョコ。もう用事はな……(ガチャリ)……?
……! ……!……!
あ、あわわわわ……ふぁ……ふぁんしいめたる……ほ、本物!
……、さ、さ、さ、触ってもいーい?
きゃっ!
だ、ダメだよ! アイドルにそんなことしちゃ。
いいよ。
えっ?
アンタが外の世界に出てくるってんなら、握手くらいしてやるよ。
外の世界?
その扉の外だよ。今日はいい天気だし、一緒に散歩しようよ。
……なんだ。またその話か。
やだよ! 僕は今のままで十分だ。こんなブラックな社会、人と人とが苦しめあって、傷つけあうような世界なんて……冗談じゃない!
怖いんですの?
何だと!
アナタは世間が怖くて、それで逃げ隠れしてるだけじゃないんですの?
違う! 僕が悪いんじゃない! 世間が! みんなが!
“みんな”って誰だよ。クロクロって会社でうまくいかなかった、それだけだろ? そんなんで世界の何が分かるんだよ!
イヤだよ。どんなに挑発されたって、あんな思いをするのは、もう勘弁だ!
大好きなファンメタと握手できるチャンスなのに諦めちゃうほど外が怖いなんて、なかなか根深いね。
……あれ? シュウヘイが真剣な顔をしている。何を考えてるのかな?
……分かるよ。カナタ君は正常だ。
あん? 何言ってんだ、ヘナチョコ。
ぼ、僕だって、みんなから、使えないだの、いらないだの、ヘナチョコだの言われ続けて傷ついた。そんなの誰だってイヤになる。
そうだろ? 分かってんなら、余計なことをしないでくれ。
でも、僕は逃げないし、引きこもらない。世の中にはいろいろな場所があって、自分が幸せになれるところはあるって、人生にはこれからもっと楽しいことが起こるって思ってるから。
違うね。僕は世の中に絶望した。とにかく、何もかも嫌だ! 全部全部ダメだ! 世の中は、おかしい! 全部全部僕の敵なんだ!
本当は、カナタ君だって、全てが敵だなんて思ってないよね。クロクロサービスだけが社会じゃないって、それくらい分かってるもんね。でも、怖くて外に出られない。
それほどあの会社が君を深く傷つけた……っていうか傷つけられ続けているのに、君は途中で逃げずに、こんなになるまで頑張った。エライことでもあるし大変なことでもあった。
途中で踏ん切り付けて逃げりゃよかったってか? でも、どこで区切りを付ければよかったんだよ。本当は僕だって、外に出たいんだ。でも、どこからが黒なのか分からないから出られないんだ。
多分、世の中いろーんなものが灰色ちゃうのん? だから、黒か白かを判断する「自分なりの基準」みたいなもんがいるのかもしれへん。
他の人には大丈夫かもしれへんけど、自分には絶対無理……みたいな。そういう譲れないポイントってみんな持ってると思う。それが分かっていれば、必要な我慢もできるし、余計な我慢しなくて済むやん。
ちょっと、これ見てくださる? インターネットにアップされていたものですけど、半年前の私たちですの。
ロンドンの遊園地かな? マイがスマホで見せてくれた動画には歌い踊るファンメタが映っている。広場の一角で一生懸命歌っているけれど、誰も見向きもしない。横を歩いている猫までアクビをしているよ。
フリフリのドレスにアイドルっぽい振り付け。彼女たち、こういうの一番嫌いなんじゃなかったっけ?
このころは、プロモーターに言われるままに、朝から晩まで働いていたんだ。
朝から晩まで?
昼は公園でストリートライブ、夜はパブでお酒の売り子。にっがいにっがい黒ビールを、毎日何杯も運んでな。そんで朝になったら清掃のバイト。朝起きるのが3時で、夜寝るのも3時だ。
な、何だそれ? 超ブラック。
それでも私たちは我慢できましたわ。そんなのは「どうしても我慢できない基準」ではなかったの。
お金も眠るヒマもなかったけれど、だから辞めようとは思わなかった。
でも私たちは、自分たちのオリジナル曲を歌えないのだけは耐えられなかったの。
アタシは、アイドルファッションが無理やった。
売れるためにはしょうがないんじゃないの?
そうはいかない。そこはアタシたちのプライドだから。既成の衣装を着て既成の曲を歌う、そんなのファンシーメタルじゃない。だからプロモーターに、「ロックファッションでオリジナルの曲を歌わせてほしい、それがダメなら辞める」って交渉したわけ。
ファッションと楽曲、それが君たちにとってのこだわり――ブラックの基準だったのか。
「他は我慢できるけど、これだけは譲れない」っていう基準が誰にでもあるんじゃないかな。それがないと、「この状況は自分にとってブラックだ」って気付かずに、どんどん傷を深くしちゃう。そしてある段階で爆発して、今度は世の中が全部ダメだって方向にフリ切っちゃう。
アンタがそうやろ? カナタ。
……。
自分の心に聞いてみれば、誰にでも我慢できないことやこだわりたいことはあるんじゃないかな。世の中はみんな灰色なんだもん、白か黒かは自分の基準やこだわりで判断すればいいんじゃないかな。
自分の基準……。
同じ日の夜の転職バー。シュウヘイが黒ハルに事のいきさつを説明しているよ。
ハルカさんは……外で誰かと電話しているみたいだ。
(かくかくしかじか)……というわけなんだ。カナタ君、分かってくれたかなあ。
さあね。「わっかりましたー、外に出まーす」ってほど、簡単な話じゃないだろう。
ハルカさんが店に戻ってきた。おや、……泣いてる?
(!)……ハルカさん、どうしたんですか?
シュウヘイ君、ありがとう。本当に。
カナタが、ファンシーメタルの日本プロモーションの手伝いをするって。ほんの短い期間のアルバイトだけれど、でも外に出てみようと思うって……。
ほ、本当ですか!!!
やったな。シュウヘイ。
あ、ありがとう……シュウヘイ君……。
ああああああ! 何と、ハルカさんがシュウヘイの肩にすがって泣いてるウ!!!
!!!△※〜?○?×※$%※□◇!!!!!
今日は良い夢見られるね。シュウヘイ。
次回に続く
ハルカのワンポイントレッスン
職場がブラックかホワイトかを決めるのは、あなた自身。どうしても譲れないこと、我慢できないことをしっかり考えてみると、判断基準になるかもしれないわ。
テキスト:細川義洋
イラスト:鳴海マイカ/ad-manga.com
転職バーのハルカさん シリーズ
第1回 コアントローの香り……あなた、良からぬことを考えているわね
そこそこのITベンダーで働くそこそこのシステムエンジニア「シュウヘイ」がふらりと入った「転職バー」。美人バーテンダー「ハルカさん」に首筋の匂いをかがれて……シュウヘイ昇天!
第2回 取りあえずビール? それともビール“を”飲みたいの?
転職活動中のエンジニア「シュウヘイ」がやっと獲得した内定に難色を示す美人バーテンダーの「ハルカさん」。「仕事をゆずれ」とすごむ「シタロー」さん――「転職バー」は、今日も波乱のヨ・カ・ン。
第3回 ブランデーがお好きでしょ?――あなたに夢を見せてあげる
転職活動中のエンジニア「シュウヘイ」は、スキルや経験をアピールしてもなかなか内定が取れない。彼に欠けている“あるもの”に気付かせるために「転職バー」のバーテンダー「ハルカさん」が招集したのは、ちょっと(いや、とても)乱暴な彼女、「サディスティック・ミミ」だ!
第4回 コーヒーのカクテルをいかが?――違いの分かる男は、違いを活用できる男よ
そこそこのシステムエンジニア「シュウヘイ」の転職活動は絶賛難航中。面接でヒドいことを言われ、ハルカさんになぐさめてもらおうと「転職バー」に立ち寄った彼の前に現れた、超絶かわいい3人娘「ファンシーメタル」。ガッツリさわるとモエちゃうぞ!
第5回 悩んでたって始まらない――ジャンプするのよ、「グラスホッパー」のように
「シュウヘイ」は煮え切らない男。転職活動で内定をもらっても、グズグズ迷ってチャンスを逃してしまう。そんなシュウヘイを見かねた「転職バー」のバーテンダー「ハルカさん」は、彼に巣鴨限定アイドル「ファンシーメタル」のプロデュースを持ち掛ける。夢に向かってチャレンジする彼女たちを見て、シュウヘイ発奮!……できるかな?
そこそこのエンジニア「シュウヘイ」が「転職バー」で「ブラッディ・シーザー」を飲んでいると、男物のスーツを着た美女が現れた。「自分はスパイだ」と名乗る彼女、何やら大変な秘密があるようで……。
第7回 そこはアラスカのように熱く冷たい――ようこそ、シンギュラリティ“後”の世界へ
そこそこのエンジニア「シュウヘイ」は、メイド型ロボット「AKI」に起こされて目が覚めた。会社に行けば行ったで、シュウヘイの仕事は全部AIやロボットに取って代わられている。もしやシンギュラリティ!?
第8回 銀の弾丸はどこにある?――ワクワクにワクワクしちゃダメよ
そこそこのエンジニア「シュウヘイ」が「転職バー」のハルカさん(白)に会いに行くと、そこにいたのはハルカさん(黒)だった。彼女は「明日、素晴らしい会社がシュウヘイをスカウトする」と予言するが……。
そこそこのエンジニア「シュウヘイ」が足しげく通う「転職バー」には、いつも変わった人がいる。地域限定アイドル、スパイを名乗る3人組、顔色の悪い男……。さあ、今日は野球界のレジェンド(?)がお待ちかねだ。
第10回 別れる前に思い出して、カンパリオレンジのあの日々を
転職活動中の「シュウヘイ」は、現職の人事部長に特殊任務を命じられた。存在感の薄さを生かして彼が近づいた男の横には、アノ女が――!
ハルカさんの弟の過去を知ってしまった「シュウヘイ」(転職活動中)は、彼女の幼なじみの「サディスティック・ミミ」に提案されて、彼が働いていた会社の人に会いに行く――あの、御社ってブラック企業なんですか?
第12回 感化しちゃうぞ☆――ブラックもホワイトもあっという間に慣れるもの
「ブラックだ」とウワサの「クロクロソフトサービス」にお試し就業した「シュウヘイ」。毎日竹刀で脅かされて、営業ノルマを課せられて――「エンジニアの転職」がテーマの連載なのに、妙な方向に爆走中!!!
第13回 遥か彼方に想いを寄せて――オンリーユーじゃダメなとき
僕はただの引きこもりじゃないぞ。ちゃんと働いているんだ!――新卒で入社した会社のスパルタ教育に耐えかねて家から1歩も出なくなったカナタ君の、超インドアな職業とは?
激務な職場を辞めたいが、美女が邪魔して辞められない バックナンバー
IT企業で働く平凡なエンジニア梧籐 剛、27歳。美人上司と可愛い過ぎる後輩に挟まれて日々開発にいそしむ彼には、誰にも言えない悩みがあった……。
第2回 壁ドンされたって、ドキドキなんかしない……んだから……ね……
ここは都内のとあるIT企業。退職を希望する27歳のエンジニア梧籐 剛は、上司に辞意を伝えたのだが、なぜか今日も山ほどの業務(アンドロイド開発、ただし人型の)を全力でこなしていた……。
第3回 せんぱいにだけ伝えちゃう! わたしの素直な気・持・ち
27歳のエンジニア梧籐 剛は、忙し過ぎる業務に嫌気がさし、思い切って上司に辞意を伝えたが、あいかわらず山ほどの業務(アンドロイド開発、ただし人型の)を全力でこなしていた。早く辞めたいと焦りはつのるが、本人の心にも一抹の迷いが……?
第4回 ハートに火を付けて! 燃えさかる案件の中心で辞意を叫ぶ
思い切って上司に辞意を伝えた27歳のエンジニア梧籐 剛。しかし状況は変わらず、今日も山ほどの業務(アンドロイド開発、ただし人型の)を全力でこなしていた。早く会社を辞めたいと焦りはつのるが、後輩の椎子に「まずはキャリア設計が必要だ」と言われ……。
第5回 「false」を返すと「null」で上書きする、そんな上司と働いています
一日も早く辞めたい27歳のエンジニア梧籐 剛。「ぼくのやりたいことはこれだったんだ!」と気付いたものの、後輩の椎子に、まだまだキャリア設計が甘いと指摘され……。
第6回 右手に椎子、左手にリナ。僕、ほんとはしあわせなんじゃ……
ついに転職先を探し始めた27歳のエンジニア梧籐 剛。「僕、ようやく進むべき方向がつかめてきました」ところが社長にバレて……?
相変わらず辞められずに激務をこなす27歳のエンジニア梧籐 剛だったが、今日のアンドロイドのバグは……草?不可避wwwww?
可愛過ぎる後輩 椎子のサポートで、27歳のエンジニア梧籐 剛の転職に関する知識はだいぶ増えたのだが、肝心の転職活動がなかなか進まず、焦りはつのるばかり……。
業務(アンドロイド開発、ただし人型の)が小康状態に入り穏やかな日々を送っていた梧籐たちに社長から告げられたのは、まだ仕様があやふやなところが山ほどあるアンドロイドの緊急リリース命令だった。
第10回 アンドロイド(人型の)開発から、アンドロイド(人型の)による開発へ!
梧籐はあいかわらず山ほどの業務(アンドロイド開発、ただし人型の)を全力でこなしていた。しかし、ここへきて案件に異変が……?
山ほどの業務に追われ続ける梧籐。しかし、新しく部下(ただし人型アンドロイド)ができて順風満帆!?
第12回 そのしぐさが心変わりのサインだなんて、ボク知らなかったよ……
アンドロイド駆動開発プロジェクトのマネジャーである梧藤、流行に乗り遅れまいと夏風邪をひいて会社を休んでいたら、何やら異変が……。
第13回 False! True!! ヨヨイのヨイ! 開発合宿でプレイ☆ボール
リナが投げて椎子が打つ!同業他社チームとの交流試合に、アンドロイド開発チーム(物理)のマネジャー梧籐 剛はどう仕掛けるか?!
第14回 「せんぱい! ヤメてください」――椎子の決意にボクのドキドキが止まらない!
アンドロイド(物理)3体と共に取り組んでいたIoT開発がいよいよテスト工程まで進んできた。このプロジェクトが終わったら、何をしようかな……そうだ、た・い・し・ょ・く???!
「退職したい」「退職したい」と言い続けて、早2年半。どうやら本当に退職する日が来たようです。でも、その前に、この暴走屋形船を何とかしなくちゃ!
ドS美人面接官 VS モテたいエンジニア 転職十番勝負! シリーズ
野望を胸に秘めて転職を志す、とあるエンジニア(28歳)がいる。今日は一番の本命企業、X社の面接だ。準備万端、張り切って面接会場に向かうが……。
本命のX社の面接に落ちた彼が今回向かったのは、第2志望のY社。今度こそ、面接を突破することができるのか……。
2回連続で面接に落ちた彼だが、わずかな望みを失わず、今日も雨の中を面接会場に向かう。しかしそんな彼を、またしても試練が待ち受けていた……。
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