クラウドをめぐる10の誤解:Gartner Insights Pickup(165)
クラウドコンピューティングをめぐる混乱やハイプ(誇大宣伝)が続いている。CIOは、今も根強く流布しているクラウドに関する主な俗説に注意する必要がある。本記事ではクラウドに関する最新の10の誤解をお届けする。
ガートナーの米国本社発のオフィシャルサイト「Smarter with Gartner」と、ガートナー アナリストらのブログサイト「Gartner Blog Network」から、@IT編集部が独自の視点で“読むべき記事”をピックアップして翻訳。グローバルのITトレンドを先取りし「今、何が起きているのか、起きようとしているのか」を展望する。
クラウドコンピューティングには誤解がつきまとっている。それらがもたらす恐れが企業の足を引っ張ったり、イノベーションを妨げたり、不安をかき立てたりする場合がある。この5年間、クラウドコンピューティングはより一般的に普及したが、当初に出回った誤解の一部がいまだに流布している。新しい誤解も現れている。
「クラウドコンピューティングの核心は機能がサービスとして提供されることにあり、サービスプロバイダーと利用者には明確な境界がある」と、Gartnerのディスティングイッシュト バイスプレジデント・アナリストでフェロー エメリタスのデイヴィッド・スミス(David Smith)氏は指摘する。
「そのために、クラウドはほとんどの人にとって、魔法が使われる場所のように思えてしまう。そうした環境をめぐる混乱や誤解がはびこっているのは、驚きではないだろう」(スミス氏)
スミス氏は、CIO(最高情報責任者)が認識すべき、最も危険で混乱を招く、クラウドコンピューティングの10の誤解を次のように解説している。
誤解1.クラウドは常にコストに関係する
広く出回っているクラウドの誤解として、「クラウドは常にコスト削減を実現する」というものがある。クラウドがコスト削減を実現する場合があるのは確かだが、クラウドに移行する理由は他にもたくさんあり、その中で最も一般的なのはアジリティ(機動性、俊敏性)だ。
クラウドに関することを含め、ビジネスの意思決定は全て、最終的にはお金に関わっている。アジリティが最終目標でも、依然としてコストの問題はある。状況の誠実な分析を徹底することなく、費用の削減を見込んではならない。
ケースバイケースで、TCO(総所有コスト)や他のモデルを適用するとよい。その際には、ユースケースごとにクラウドを分類するのが効果的だ。ただし、コスト以外の問題にも目を向ける必要がある。自社に非現実的なコスト削減を期待させないようにすることが重要だ。
誤解2.クラウドを導入しないと優れたものにならない
皆さんは“クラウドウォッシング”に陥っていないだろうか。クラウドウォッシングとは、クラウドでないものをクラウドと呼ぶ傾向を指す。たまたまそう混同することが度重なったということかもしれない。だが、IT部門やベンダーは資金を確保したり、販売したり、明確に定義されていないクラウドの要望や戦略に対応したりする一環として、多くのものをクラウドと呼ぶ。そこから「良いIT製品やサービスの条件はクラウドであることだ」という誤解が広がる。
クラウドウォッシングに頼るのではなく、物事をありのまま説明すべきだ。自動化や仮想化など、他の多くの機能も、それ自体が十分強力だ。
誤解3.あらゆるものにクラウドを利用すべきである
クラウドは非常に変動しやすい、あるいは、とても予測しにくいワークロードのような一部のユースケースやセルフサービス形式のプロビジョニングが重要な場合に、非常に適している。だが、全てのアプリケーションやワークロードでクラウドを有効利用できるわけではない。例えば、明確なコスト削減を実現できない場合は、レガシーアプリケーションのクラウドへの移行は一般的に、適切なユースケースではない。
クラウドは、全てのワークロードに等しく恩恵をもたらすとは限らない。適切な場合は、ちゅうちょせずにクラウド以外のソリューションを提案するとよい。
誤解4.「CEO(最高経営責任者)がそう言った」から導入を推進する必要がある
この誤解は、CEOがCIOや取締役会、他の役職などに変わる場合もある。多くの企業は、まだクラウド戦略を持っていない。クラウド戦略は、確固たるビジネス目標と現実的な期待に基づいていなければならない。
クラウド戦略は、やるべきことを提示するだけでなく、ビジネス目標を特定し、それらに対してクラウドのメリットを達成につなげるように導く必要がある。クラウドは、目的を達成するための手段と考えなければならない。最初に、目標を明確にすべきだ。
誤解5.クラウド戦略やベンダーは「1つ」に絞る必要がある
今日では、マルチクラウドへの関心も高まっているが、多くの企業はまだシンプルさを求めている。だが、クラウドコンピューティングは単一のソリューションではないという実態を踏まえる必要があり、クラウド戦略はこの現実に基づいていることが重要である。クラウドサービスは広範にわたり、さまざまなレベルやモデル、範囲、アプリケーションをカバーしている。
ますます多くのクラウドサービスが利用されるようになり、クラウド戦略はこの状況に対応できなければならない。企業は、1つのソリューションや戦略で標準化しようとすることは、まず不可能であることを理解する必要がある。クラウドを一本化する戦略が有効なのは、使用する意思決定フレームワークが複数の答えを出すことができ、それを期待するものである場合に限られる。
誤解6.クラウドはオンプレミス機能よりセキュリティが低い
クラウドコンピューティングはかつて、オンプレミス環境を利用する場合よりも安全性が低いと思われていた。だが、パブリッククラウドではセキュリティインシデントはほとんど発生しておらず、ほとんどのインシデントは、依然としてオンプレミスのデータセンター環境に関連している。現在、クラウドプロバイダーの大部分はセキュリティに多額の投資をしており、そうしないと、ビジネスが危険にさらされることを理解している。
だからといって、クラウドでセキュリティが保証されているわけではない。クラウドのセキュリティは、プロバイダーと利用者が責任を共有している。CIOは「クラウドプロバイダーは安全ではない」と思い込んではならないが、「クラウドプロバイダーは安全である」と思い込むのも禁物だ。クラウドプロバイダーのセキュリティレベルはまちまちであり、自社の実際のセキュリティ能力とプロバイダー候補のセキュリティ能力を取り上げて、合理的な基準に従って評価するとよい。
誤解7.マルチクラウドがベンダーロックインを防ぐ
通常、ほとんどの企業は、最初は1社のクラウドプロバイダーを利用する。だが、やがて1社への過度の依存を心配するようになり、別のベンダーの利用を検討し始める。複数のクラウドを使うことは「マルチクラウド」と呼ばれている。機能ベースのアプローチで、マルチクラウドが採用されることもある。例えば、ある企業がAmazon Web Services(AWS)をメインのクラウドインフラプロバイダーとして利用していて、分析とビッグデータのためにGoogleのクラウドも利用しようと決める場合がある。
ITリーダーは、「クラウド戦略の一環としてマルチクラウドを利用することで、ロックインに関わる全ての問題に対処できる」と考えてはならない。ロックインが発生する恐れがあることが分かったら、有効なソリューションに重点的に取り組むとよい。
誤解8.クラウドに移行すれば、自動的にクラウドのメリットを全て入手できる
クラウドへの移行の道筋は、一般的にIaaS(Infrastructure as a Service)を使用するシンプルな「リホスティング」(リフト&シフト)から、SaaS(Software as a Service)プロバイダーによって実装されるアプリケーションへの完全な転換まで、たくさんある。クラウドは技術であると同様に、オペレーションモデルでもある。クラウドによって成功を収める企業は、クラウドの原理をフルに活用できるようにオペレーティングプロセスに変更を加える。
クラウドの機能を利用するには、クラウドのモデルを理解し、現実的な期待を持つことが不可欠だ。クラウドに移行するだけでは、成功を期待することはできない。
ワークロードを移行したら、それはさまざまな点で仕事の始まりにすぎない。
クラウドを活用するには、さらにコードのリファクタリングや書き換えが必要になる。コストやパフォーマンスを継続的に管理することも成功の鍵を握る。移行後の行動も、クラウド実装計画に必ず盛り込むようにする。
誤解9.企業はパブリッククラウドからオンプレミスに回帰している
主に、「ワークロードがクラウドからオンプレミスに戻っている」という見解は、この誤解が事実だった場合に恩恵を受けるレガシーベンダーの願望的思考の産物だ。現実には、ほとんどの企業はクラウドワークロードを戻していない。ワークロードを戻している企業の大半は、クラウドIaaSからではなく、SaaS、コロケーション、アウトソーサーから戻している。
ただし、企業のクラウドへの移行が全て成功しているということではない。それでも、企業は問題が起こってもクラウド戦略を捨ててアプリケーションを元の場所に戻すのではなく、クラウドに留めたまま、問題に対処する可能性が高い。
誤解10.われわれはクラウド実装/導入/移行戦略を持っている
戦略には3つのレベルがある。最上位レベルに当たるのが、長期的なビジネス戦略だ。これはCEOや取締役会が掲げるものであり、全ての従業員が自社のミッションを理解することを意図している。
次のレベルが戦略計画だ。これは中期的な計画であり、数多く展開されることもある。クラウド戦略はこれに当てはまり、3つ目のレベルが実行計画だ。クラウド分野では、これはクラウドの導入計画や実装計画、移行計画に該当する。これらの計画は、誤ってクラウド戦略と呼ばれる場合が多い。
クラウド戦略に基づいて、クラウド実装計画を策定、実行しなければならない。「全力を挙げて取り組んでいく」ことは戦略ではない。同様に、データセンターを閉鎖する計画も、クラウド戦略ではない。クラウド戦略は包括的であること、明確に言語化されていること、実装計画とは別に策定されていることが必要だ。
CIOや他のITリーダーは、クラウドコンピューティングについて、何が誤解で何が事実かをしっかり理解しておけば、クラウドの利用計画を策定する際に、クラウドコンピューティングに対する現実的な期待を設定するのに役立つ。こうした誤解に注意することは、企業がクラウドの多くのメリットを活用する上で極めて重要だ。
出典:The Top 10 Cloud Myths(Smarter with Gartner)
筆者 Meghan Rimol
Senior Public Relations Specialist
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