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旭化成の事例から学ぶ「クラウドネイティブ」の実践法 「アジャイル内製チーム」がカギとなる理由技術選定の判断軸を持つために重要な視点

旭化成の西野大介氏は、@ITが開催した「Cloud Native Week 2023秋」で、同社での取り組みや事例を通じて「クラウドネイティブ」の理解をどう促進し、実践しているのか解説した。

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 「クラウドネイティブに取り組んでいく上では、クラウドを本質的に理解し、歴史的文脈の把握とクラウドの特性、成功、失敗例との関連性を見いだし、組織に適した実践方法を探求することが不可欠です」

 こう話すのは、旭化成 デジタル共創本部 DX経営推進センター 共創戦略推進部 エキスパート、西野大介氏だ。2023年9月に@ITが開催した「Cloud Native Week 2023秋」の基調講演で西野氏は「基礎から“本当に”理解する、クラウドネイティブの本質とその実践方法 ―旭化成におけるデジタル戦略―」と題して、クラウドネイティブに取り組んでいく上でのポイントや実践方法を解説した。

クラウドネイティブに取り組む上での問題は、適切な技術を選定すること

旭化成 デジタル共創本部 DX経営推進センター 共創戦略推進部 エキスパート 西野大介氏
旭化成 デジタル共創本部 DX経営推進センター 共創戦略推進部 エキスパート 西野大介氏

 旭化成は、マテリアル、住宅、ヘルスケアの3つを主要事業とし、デジタルトランスフォーメーション(DX)でさらに強化している。近年では3年連続でDX銘柄に認定されている。デジタル変革ロードマップに基づき、社員4万人のデジタル人材化にも取り組んでいる。2024年度には、デジタルプロフェッショナル人材を2500人へ増員し、デジタルデータ活用量を10倍に引き上げ、100億円の増益を目指す。全社員対象のオンライン講座「DX Open Badge」や、グループ全体のデータ資産をグループの誰もが容易に探索、連携、活用することを目指したデータマネジメント基盤「DEEP」も積極的に推進している。

 西野氏は、クラウドネイティブ推進における最も大きな課題として「技術の選択」を挙げた。クラウドネイティブを推進する団体、Cloud Native Computing Foundation(CNCF)では、カテゴリーごとに多くの団体とコントリビューターがおり、プロジェクトやソフトウェアも多岐にわたる。

 クラウドネイティブ技術を選定するのが難しい理由として、西野氏は大きく分けて「技術そのものの複雑さ」と「多様なステークホルダーからの情報選別」という2つの側面があるとする。こうした中で、技術を選定し、実践していく上では第1のステップとして「基礎となる判断軸を持つ」こと、第2のステップとして「実践力を積み上げる」ことが要点になるとした。

テクノロジーの選択における難しさは2種類ある(西野氏の講演資料より、以下同)
テクノロジーの選択における難しさは2種類ある(西野氏の講演資料より、以下同)

情報通信の歴史を学ぶことで、技術選定の判断軸を得られる

 第1のステップ「基礎となる判断軸を持つ」について西野氏は、ゼロトラストセキュリティを例に説明した。

 強固な壁を作りネットワーク内部を守る境界型セキュリティというアプローチに対して、ゼロトラストセキュリティは全てのリソースへのアクセスに認証、認可を要し、全てのアクセスを安全でないとする基本姿勢を持つ。西野氏は「それぞれのシステムにおいてゼロトラストは本当に最良な選択肢かどうかを判断できますか?」と問題提起した上で、「判断軸を持つための手法として『歴史を知る』ことが重要です」と述べた。

 クラウドネイティブの歴史を振り返ると、2015年にCNCF(クラウドネイティブコンピューティング財団)が設立された。クラウドの概念は2006年のGoogle CEO、エリック・シュミット氏が初めて言及している。西野氏はさらにさかのぼって1794年の腕木通信に対するハッキングを例に挙げた。

 腕木通信は、通信基地の屋上に支柱を立て、その先に調節器と呼ばれる数本の腕木を取り付け その角度で情報を伝える仕組みだ。拠点間に基地が置かれ、5000キロもの距離間で情報をわずか8分間で伝えることができた。手紙や電気も使わずに情報を伝達する仕組みだが、「インサイダー取引」の犯罪に使われた。基地で腕木を操作する人が買収されたのだ。

 では、腕木通信を悪用した犯罪を食い止めるには、どうすればよかったのか。基地を壁で覆い、基地での活動を逐次チェックするか、基地に入る際の認証、認可の強化や不審な動きを監視する方法もあるだろう。つまり、言い換えてみれば境界型セキュリティとゼロトラストの2つのアプローチだ。

 「近年注目されていたゼロトラストも腕木通信のような歴史を振り返ると、本質的には新しいコトではない、というのが理解できます。『ITの歴史』を学ぶことで、関連性が強く、抽象化しやすいアイデアを得ることができ、短い期間で多くの知見を得ることができます。判断軸を持つためには『IT全史』などの書籍も参考にしながら、情報通信の歴史を学ぶのが大切です」

判断軸を持つことで、技術の本質を解釈できるようになる
判断軸を持つことで、技術の本質を解釈できるようになる

専門知識がなくてもアジャイルな内製チームを作るべき理由

 第2のステップは「実践力を積み上げる」だ。西野氏はクラウドネイティブの目的やその実践に対するアプローチとして、CNCFによる定義を紹介した。その中でも「特にITエンジニアが、インパクトのある変更を最小限の労力で、頻繁かつ予測可能に実施すること」に主眼が置かれている点を強調した。

 柔軟性が求められるクラウドネイティブの推進と、ウオーターフォール型の開発手法や外部ベンダーに開発を発注する体制は相性が悪く、クラウドネイティブの真の価値は発揮されにくい。クラウドネイティブを実践して実績を積み上げていくためには、適切な体制構築が不可欠だ。

 そこで有効な手段が、アジャイル開発を実践する内製チームを作ることだと西野氏は指摘する。アジャイル開発を実践するチームを作る上で、技術力は必須でないとし、多くの事業会社でも十分に実現可能であり、その価値は開発力をはじめとする多くの面で組織全体を向上させる可能性を秘めているとする。

 「アジャイル開発を実践する内製チームがあると、開発力のみならず、システムの発注力や企画力も向上してきます。すると、組織全体が技術を理解し、技術を用いて問題解決を図る力が高まります」

 内製チームの取り組みは、組織内でのエンジニアのモチベーションにも寄与し、組織の枠を超えて業界全体を変える力にもつながり得るとする。これまで外部ベンダーに委託していた部分の開発を内製することで、外部に流出していた利益を内部にとどめながら、知識を蓄積できるようになるとした。

小さな成功を積み重ねながら、専門知識を持つ内製チームに育てていく

 西野氏は旭化成における3つの内製化実践事例を例に、アジャイル開発チームを構築する際の3つの段階を紹介した。

 1つは、社内向けWebコミュニティーサイト「CLIC」だ。X(旧Twitter)やブログのようなUIで情報発信が可能なWebサイトだ。大規模な会社であり多岐にわたる事業を展開している旭化成において、関連する人物を見つけ、自身の検討を加速させるコミュニケーション活性化のツールとして機能しているという。また最近話題の生成系AIにも対応(Powered by GPT-4)し、参加障壁を下げているという。

 「社内でアジャイル開発チームを形成して、事業部と組織の壁を超えてコミュニケーションを活性化させながら内製していく第1段階です。半年間でアクセスが4倍に増加するなど成果もありました。CLIC内でメンバー自らが提案して新たなチームを発足させるなど、自律的な活動につながっています。クラウドの開発経験が少なかった人も、現在はクラウドに精通した人材として活躍しています」

 2つ目の事例は、グループ事業会社である旭化成ファーマが展開する医療用医薬品の継続支援システムだ。多くの患者が途中で治療をやめてしまう現状課題に対し、高齢者が利用しやすい電話を活用した継続支援サービスを開発した。開発のプロセスとして、PoC(概念実証)を前段階に設け、実際にまずはプロダクトを作成し、ユーザーからフィードバックを得て検証していったという。

 「PoCにおいて生まれる資産には固執せず、必要であれば冷静に資産を捨てる判断もしました。PoCはゴールではなく、本来の価値を追求する方向に導くのが重要です。またサーバレスアーキテクチャやマネージドサービスなどを利用することで、インフラ管理に惑わされることなくアプリケーション開発とユーザー調査による価値創出に集中できるメリットもありました。内製チームにおける開発のケイパビリティを培う事例の一つです」

 3つ目の事例は、製造IoTプラットフォームの立ち上げだ。このプラットフォームは、製造現場の課題を素早く解決することを目的として、工場や工程ごとにシステムがサイロ化するデメリットを避け、全体最適となるよう標準化し構築された。2021年の時点で社員約200人が使用しており、その後も利用者は増加傾向にあるという。だが、このプロジェクトも、もともと複数回の構想と幾つかの挫折を経ている。挫折した理由の一つは初期段階から大規模なゴールを想定していたためだという。

 「MVP(Minimum Viable Product:必要最小限のプロダクト)によって、価値のあるものをチームで扱うことができる大きさの状態で実現するアプローチによって、軌道に乗ることができました」

 初期段階ではメンバーが複数の業務を兼務しながらプラットフォームを開発し、その後、チームとして体制を確立し、メンバーの能力とMVPのコンセプトを照らし合わせて開発を進めていったという。具体的には、仮想サーバ環境で実装し、チームの能力に合わせてサーバレスアーキテクチャを採用するなど、よりクラウドネイティブな形にステップアップしていった。

 「運営チームとしての体制を作ることで、未知の課題に対しても時間をかけて調査でき、得られた知見を蓄積できます。クラウドに慣れていない部分やセキュリティの確保といった側面での工数を減らすためにも、環境としてセキュアな社内クラウドが整備されていたのもポイントでした。まとめると、社内で内製化に取り組む際のポイントは、キーパーソンを発掘し、組織のゴールを設定して適切な体制をデザインすること。管理者は、チームの独自性を尊重し、内製化を進めていく際はチームによる意思決定に任せることです」

アジャイル開発チームを内製で持つべき理由
アジャイル開発チームを内製で持つべき理由

 西野氏は、自動車の大量生産体制を確立したヘンリー・フォード氏の言葉『共に歩むことから始まり、共に寄り添うことで進歩し、共に前進することが成功となる』を紹介し、「クラウドネイティブに限らず、本質を理解することが大切です。判断軸を鍛え、チームのケイパビリティを高め、成功に向かって道を歩み続けてください」と述べ、講演を締めくくった。

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