政府におけるAIイノベーションの加速:Gartner Insights Pickup(413)
豪州商業協議会は、国家AI戦略を欠けばオーストラリアが国際競争で後れを取ると警告した。政府に迅速な行動を求める一方、省庁には独自のAI戦略策定と責任ある導入を通じて、市民サービスの向上や生産性向上を実現することが課題となっている。
豪州商業協議会(Business Council of Australia:BCA)は2025年6月に発表した報告書で、「政府主導の明確な国家AI戦略がなければ、オーストラリアはAIイノベーションで他国に後れを取る恐れがある」と警告した。オーストラリアが2028年までにAI分野で世界をリードする国の一つとなることを目指し、スキル開発、インフラ整備、イノベーションの加速に向けて、早急に行動を起こすことを政府に求めている。
この報告書を受け、政府幹部の動きが注目されている。以前から、政府幹部は厳しい予算の中で、AI構想の迅速な推進を迫られている。多くの国の政府はその地ならしとして、AIの初期ポリシー整備や初期導入計画を進めている。だが、省庁や政府機関のレベルで包括的な戦略を正式に策定した例はほとんどない。
導入を阻む要因
Gartnerが政府機関のCIO(最高情報責任者)と技術担当幹部499人を対象に実施した調査によると、AIを大規模に導入する上での主な障壁には、AIの倫理、公平性、バイアス(偏り)に関する根強い懸念に加え、AIモデルへの信頼を構築することや、AIがもたらす価値、恩恵を見積もって評価することの難しさが挙げられる。
そのため、進捗(しんちょく)が遅くなっており、パイロット段階を超えた取り組みは多くの場合、十分に体系化されていない。しかし、AIの導入が、ガバナンスに基づいて秩序立って行われなければならないことは明らかだ。
AIエージェントがもたらす複雑さ
政府機関の課題は、変化のペースについていくことだ。AIエージェントの登場は、新たな能力が定着する時代を約束している。だが、自律的な意思決定や計画立案、実行が可能なAIエージェントシステムは、公共セクターに新たな複雑さをもたらす。
オーストラリアでは、2010年代に運用されていた「Robodebt」(※1)のさまざまな問題が、王立委員会(Royal Commission)(※2)の調査で浮き彫りになったことを受けて、自動化に対する懸念が依然として高い。そのために、真の変革をもたらす技術の導入が停滞する可能性がある。
※2.オーストラリアの国家的重要事項に関する独立調査機関
政府省庁が策定すべきAI戦略
オーストラリアの全ての政府省庁は、独自のAI戦略を策定しなければならない。それに基づく導入方針や計画は、省庁によって異なっても構わない。保守的な省庁は、まだ準備不足と感じるかもしれない。
だが、適切なAI戦略を立てれば、幹部に対して現実的な期待を設定できる他、限られたリソースを最も価値の高い機会に集中させる明確なロードマップの策定も可能になる。
省庁のAI戦略は、オーストラリア政府全体の優先事項と合致し、省庁横断的な協力を促進し、AI投資を任務、効率、効果に関する政府幹部の優先事項の実現につなげなければならない。また、測定可能なビジネス価値を実現する必要もある。
AI戦略を成功させるための要点
AIビジョンを定義する
明確なAI戦略のためには「省庁や政府機関が各組織全体の戦略に沿って、AIで何を達成したいのか」というビジョンと目標を設定する必要がある。AIビジョンは、省庁レベルでの価値を定義し、優先事項の達成を支援しなければならない。これには、市民体験の改善、職員の生産性向上、リスク管理などが含まれる。
AI導入におけるガバナンスの確立
明確なAIビジョンを持つことで、省庁や政府機関はより計画的かつ戦略的に、技術投資の判断ができる。
だが、AI投資の成功は、AIをどのように導入、利用するかに対する市民の信頼や受容に直接左右される。安全で透明な、責任あるAIがより求められるようになっている。Gartnerの最近の調査によると、政府機関のCIOとITリーダーの89%が、責任あるAIを最優先事項の一つとして挙げている。
AI戦略は、信頼の構築、リスクの管理、長期的な成功の確保に向けたガバナンスフレームワークの概要を示す。第1世代のフレームワークは、オーストラリアの連邦および州レベルで公表されている。だが、それらを全ての省庁や政府機関の業務のやり方に組み込む必要がある。
いかに保守的な省庁や政府機関でも、既存および新規のベンダーやパートナーが、自らのAIビジョンと責任あるAIガイドラインに沿って行動することを保証する、フレームワークが必要だ。
AI導入方針を組織の優先事項と整合させる
省庁や政府機関は、AI導入方針を明確に定義しなければならない。これにより、AI導入をどれだけ迅速に、どこまで進めるかというペースと方向が定まる。これは技術的な課題ではない。AI導入方針を明示するには、上級幹部との密接な連携により、AIの取り組みを組織の広範な優先事項と整合させる必要がある。
現在、多くの省庁や政府機関が生産性向上の観点から、AI導入方針を組み立てている。だが、初期の活動の多くは、市民に直接的な便益を提供するのではなく、バックオフィス業務の改善など、内向きの取り組みに集中している。
特に、生成AIが一般的な出発点となっている。オーストラリアとニュージーランドの政府CIOの56%が、勤務先の省庁や機関が2025年に生成AIを導入した、または導入していると報告している。
AIの優先事項を組織目標に即して定める
次のステップは、省庁や政府機関の任務や目標に即してAIの優先事項を決定することだ。このアプローチは、省庁や政府機関がAIユースケースの合理的なポートフォリオを構築するのに役立つ。AIの優先事項をビジネスの優先事項や期待される価値と照らし合わせることで、政府CIOは、AIがどこで最大のインパクトを与えられるかをよりよく評価し、それに応じてリソースを配分できる。
例えば、優れた市民体験の提供と行政サービスへの信頼の向上に重点を置く場合、AIへの取り組みでは、市民による情報へのアクセスと、対話的な操作を改善することを優先すべきだ。これには、市民の正確な情報へのアクセスを容易にする対話型エージェントの導入や、よりパーソナライズされたサポートを提供するための要約機能の活用などが含まれるかもしれない。
AIに関する進捗を主要なステークホルダーに周知する
AIの導入と利用について積極的に周知することは、主要なステークホルダーとの信頼を築く上で不可欠だ。
AIに関する保証のフレームワークやガバナンス体制の実装を強調することが重要だ。特に、これらの中でも、市民データやプライバシーなど、機密情報を保護するためのものについてはそうだ。責任あるAI利用へのコミットメントを示すことは、組織内外からの信頼を築くのに役立つ。
省庁や政府機関は、実現されている便益について明確な最新情報を提供するとともに、AIが確立されたガイドラインから外れていないことを保証するために実施しているテストとモニタリングの方策についても、概説しなければならない。
同様に重要なのが、職員の啓発と教育への投資だ。AI戦略では、行政業務へのAIの組み込みが進む中で、省庁や政府機関が進む道のりを提示する必要がある。省庁や政府機関は、AI投資が組織全体の標準的な業務プロセスの変革として実を結ぶように、職員がAIを理解し、順次展開される新技術の導入に備える文化を醸成しなければならない。
日本にとっての示唆
オーストラリアと同様に、日本の政府や地方自治体にとっても、意欲や導入計画にかかわらず、独自のAI戦略を策定することは、今まさに取り組むべき重要かつ喫緊の課題だ。
AIの導入には倫理的な懸念や価値の算定の難しさといった障壁は存在するが、それらを乗り越え、「市民サービスの向上、職員の生産性向上、リスク管理」といった恩恵を享受するためには、各組織の使命や目標に沿ったAI戦略が不可欠だ。まずは生成AIのような身近な分野を手始めに、ガバナンスを効かせた実践を積み重ねていくことが、将来の大きな変革に向けた着実な一歩となる。
出典:Accelerate AI innovation in government(Gartner)
※この記事は、2025年6月に執筆されたものです。
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