AIを活用したレベル4以上の自律ネットワークは5Gの性能・運用効率・収益性をどう高めるのか:NTTドコモも活用するオープンなインタフェース
5Gネットワークの普及が進む中、通信事業者には一貫したパフォーマンス・ユーザー体験の提供、ネットワーク規格・技術の複雑化による管理コストの増加、新たな収益源の確保といった課題が突き付けられている。通信インフラベンダーのノキアが通信事業者を支援すべく取り組んでいる「AIによるRAN環境の強化」とは何か。2025年10月開催の技術セミナー「Nokia Amplify Japan 2025」の講演から、AIを活用した自律ネットワークを中心にNTTドコモとの協業も交えて解説する。
一貫したパフォーマンスがユーザーにとって最も重要
「ピーク性能ではなく、一貫したパフォーマンスの確保がユーザーにとって最も重要だ」と語るのは、ノキアのブライアン・チョー(Brian Cho)氏だ。
2025年9月に開催された「Nokia Radio World 2025」で実施された調査によれば、「半年ごとに1つのKPIを50%改善できるとしたら、どの指標を選ぶか」という通信事業者への設問に対し、平均ダウンリンクスループット(22%)、平均アップリンクスループット(18%)、最低ユーザースループット(18%)という回答が上位を占め、ピークユーザースループットは8%にとどまったという。
「この結果は、OpenSignalやOoklaといったベンチマーク企業の評価基準とも一致する」とチョー氏は補足する。OpenSignalはシンガポールのデータを用いて、5Gスタンドアロン(SA)方式がノンスタンドアロン(NSA)方式よりも一貫したユーザー体験を提供することを示した。Ooklaも速度だけでなく、モバイルゲーム体験やビデオ体験といったアプリケーションレベルの評価を重視している。
一貫したパフォーマンスやユーザー体験を提供するには可用性も重要だ。そこでノキアは、最新のPonente/ASIM制御カードに高可用性モードを導入した。プライマリーとセカンダリーの両方がネットワーク管理システムに接続され、片方が利用できなくなってももう片方が運用を引き継ぐ。これにより、ユーザーが認識する障害時間を70%削減できるという。
加えてノキアは、RAN(無線アクセスネットワーク)環境のインフラをAIで強化している。最新の「ReefShark」チップにはAIハードウェアアクセラレーションが組み込まれ、ベースバンドユニットだけでなくラジオユニットにもAIアクセラレーターが搭載されている。
「動的に変化するRAN環境に適応し、一貫したユーザー体験を提供するために、AIベースのアルゴリズムを展開している」(チョー氏)
複雑なネットワーク管理に欠かせないAI
通信事業者にとって、ネットワーク規格や技術の複雑化は避けられない課題の一つだ。4G、5G NSA、5G SA、5G Advanced、6Gと世代が併存し、ネットワークスライシングなどの新機能も加わっていく。「AIを使わずにこの複雑さを管理しようとすると、コストは増大する一方だ」と、チョー氏は警告する。
ネットワークの自律レベルは、自動車の自動運転と同様にレベル0からレベル5まで定義されている。ノキアソリューションズ&ネットワークスのカルロス・マンサナレス(Carlos Manzanares)氏によると、レベル3と4の間に大きな隔たりがあるという。
「レベル0〜3は従来ある自動化の延長線上にあるが、レベル3の後半からレベル4、5は“真の自律”の領域。両者を分ける最大の違いは、意思決定にある。自動化では全ての意思決定が人間に依存するが、自律化では意思決定の一部がシステム自体に移行する」(マンサナレス氏)
レベル4への移行におけるもう一つの重要な要素が、インテントベース管理だ。従来はオペレーターがシステムへ詳細指示を与える必要があったが、インテントベース管理では達成したい目標を示すだけで、システムが最適な方法を自律的に決定する。
自律化の中核となるノキア製品が「MantaRay SMO」だ。SMO(Service Management and Orchestration)はネットワーク管理、クラウド管理、RAN Intelligent Controller(RIC)という3つのコンポーネントで構成される。特に非リアルタイムRICは、複数のRICアプリケーション(rApps)をインテリジェントに調整し、ネットワーク全体を最適化する。
MantaRay SMOは、「MantaRay NM」(Network Management:ネットワーク管理)、「MantaRay SON」(Self Organizing Networks)、「MantaRay AutoPilot」(以下、AutoPilot)という3層で構成される製品だ。AIと機械学習(ML)の活用を段階的に進化させてきた。従来型のSONアルゴリズムでレベル3に達成し、機械学習ベースのエネルギー削減でレベル3+に到達した。AutoPilotでは、レベル4の自律性の実現が期待されている。
MantaRay SMOの特徴はもう一つある。多様なタイプのネットワークをサポートすることだ。「O-RAN(Open Radio Access Network)の概念から生まれ、あらゆるタイプのネットワークを管理する。MantaRay SMOはクラシカルなRAN、クラウドRAN、O-RANベースのネットワーク、サードパーティーのネットワークまで統合管理できる」(マンサナレス氏)
NTTドコモとノキアによる自律ネットワークの実現
NTTドコモはOpen RANサービスブランド「OREX SMO」を2023年に発表し、通信格差のない世界の実現に向けて世界各国でのOpen RAN構築を支援している。NTTドコモの森岡康史氏は「NTTドコモが開発したSMOは、オープンインタフェース(O1/R1)を通じてAI/ML rAppsを統合できる設計になっている。オープンで共通のインタフェースを使いながら、自律的・自動的なネットワークを作り上げたい」と話す。
森岡氏によれば、現在、NTTドコモは自社開発を進めているが、将来的にはサードパーティーのAI製品を組み合わせることが、タイム・トゥ・マーケットの観点でも競争力の観点でも、優れた選択肢になると考えている。そこで、ノキアとのコラボレーションを推進しながら、AutoPilotのようなAI技術を採り入れられないか検討しているという。
自律ネットワークのレベルを3から4に引き上げる上で、AutoPilotが果たす役割は大きいと考えられる。マンサナレス氏が説明する自動化と自律化の違いは次の通りだ。
従来のアプローチでは、最適化エンジニアが達成したい目標を決定し、ネットワークのコンテキストを検証し、実行すべきアルゴリズムを選択して各アルゴリズムを設定する必要があった。これら全ての決定を下した後、ようやく自動化されたクローズドループが開始される。「この方法でもレベル3の自律性は達成できるが、最適化のサイクル全体に最大8日間かかることもある」とマンサナレス氏は指摘する。
AutoPilotでは、状況が一変する。最適化エンジニアは達成したい目標を提示するだけでよい。後はAutoPilotがネットワークのコンテキスト検証、適切なアプリケーションの選択、スコープの設定、設定の作成、アプリケーションの実行、検証まで自律的に行う。「レベル4を達成するだけでなく、最適化サイクルを数分で完了でき、品質も向上する」(マンサナレス氏)
AutoPilotは現在、米国、欧州、豪州、アジアなどで実証が進められている。
なお、NTTドコモとノキアの協業は段階的に強化されていく計画だ。レベル3ではドコモが開発したコンポーネントとRAN装置を制御するEMS(Element Management System)を統合し、レベル3+でAI/ML rAppsを追加することを目指す。レベル4では、AutoPilotによるインテリジェントなrApps調整機能を導入し、rAppsとEMSといったサードパーティー製品も統合して自律ネットワークを実装する構想だ。
「ノキア製品は、AI機能を備える上にオープンなインタフェースでつなぐことができる。NTTドコモにとっても魅力的な製品の一つだ」と森岡氏は高く評価する。
収益改善のための新たなネットワークサービスとAIの重要性
自律化と並行して通信事業者にとって重要なのが、5Gネットワークの収益化だ。Nokia Radio World 2025の調査では、今後24カ月で期待される収益源として、バンドルコンテンツ(26%)、プレミアム接続サービス(20%)が上位を占めた。
「プレミアム接続サービスの結果は非常に心強い。既にT-Mobile、フランス、日本でも展開が始まっている。ただし、プレミアム接続を提供するには、ネットワークスライシングや複数のQoS(Quality of Service)差別化機能といった特別な要素が必要になる」(チョー氏)
チョー氏は、さらに重要な要素として容量の確保を挙げ、「プレミアムサービスを一部のユーザーに提供する際に他のユーザーの体験を損なってはならず、既存のパフォーマンスの上に追加されるべきだ」と強調した。
さらにチョー氏は、市場で成功するためのキーワードとして「差別化」「セグメンテーション」「トランスフォーメーション」の3つを挙げる。
例えば航空業界では、同じ企業がメインの航空会社と格安航空会社の両方を運営し、さらにファーストクラス、ビジネスクラス、エコノミークラスという明確な差別化を行っている。通信業界でも、例えば、4Gを格安サービス、5Gをメインサービスと位置付け、複数の階層を設けることができるという。
ただし、差別化されたサービスを提供するだけでは不十分だ。飛行機では、ファーストクラスがビジネスクラスより優れていることが明白だが、通信ではエンドユーザーがその違いを理解しにくく、可観測性の提供が鍵となる。可観測性の確保に生きるのが管理性を高めるAIの存在だ。
セグメンテーションでは、家庭向けのFWA(固定無線アクセス)が既に日本でも成功している。日本ではIoTやAIアプリケーションを活用するスマートファクトリーのような高度な工業化が進んでいることもあり、優先アクセスやセキュリティを備えた5Gネットワークを産業界に提供することは収益改善の大きな機会になり得る。
トランスフォーメーションでは、5Gネットワークによって提供が可能になるロボットやAIドロ−ンなど新しいサービスの創出が期待される。
このように、一貫したパフォーマンス・ユーザー体験の提供、ネットワーク規格・技術の複雑化による管理コスト増、新たな収益源の確保といった通信事業者の課題解決にAIが大きく関わっている。チョー氏の言う「AI for RAN」はAIを使ってパフォーマンスと自動化を向上させ、「AI on RAN」はAIアプリケーション/サービスと5Gを組み合わせて収益化を推進する。
「AIがなければ、ネットワークの複雑化に伴う管理コストは増加の一途をたどる。だがAIを活用すれば、コストを削減しながら一貫したユーザー体験の提供と新たな収益源の確保を同時に実現できる」(チョー氏)
特にNTTドコモとの協業は、オープンインタフェースとサードパーティー製品の統合という、柔軟で拡張性のあるアプローチを示している。今後の5G Advancedから6Gへと続く進化において、重要なモデルケースになるのではないだろうか。
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提供:ノキアソリューションズ&ネットワークス合同会社
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2025年12月31日






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