AIが「太客」になる時代はブランドが崩壊? ビジネスはどう変わるのか:Gartner 新時代リーダーへの提言(1)
ある国内企業の経営幹部は「AIが顧客になる時代に向けて議論を始めた」と話しています。AIが顧客になると、売る側のビジネスはどう変わっていくのでしょうか。Gartnerアナリストとの対話を通じ、具体的な姿を探ります。
AIが起爆剤となり、ITとビジネスが一体化する新たな時代を迎えようとしています。本連載では、調査会社Gartnerの国内外のアナリストとの対話を通じ、企業とITリーダ−にとっての生き残りのヒントを探ります。
AI(人工知能)の進化により、コンピューターシステムやツールが人間に代わってモノやサービスを購入する世界が想像しやすくなってきました。損保ジャパンでデジタル戦略を率いる経営幹部は、「AIが顧客になる時代に向けて経営幹部で議論を始めた」と話しています。
購入プロセスの自動化は昔からあります。Amazonを例にとると、Dashボタン(現在は廃止)や定期購入は、ユーザーが買いたい商品や数量をあらかじめ設定しておき、自動あるいは手動でトリガーします。ちょっとした便利さはありますが、これはユーザーの単純な設定を実行しているに過ぎません。
また、ChatGPTにはショッピング機能があり、AIと相談しながら買い物ができます。2025年9月には決済機能も実装され、“チャッピー”のUI(ユーザーインタフェース)を離れることなく購買プロセスを完結できるようになりました。ただし、AIは自分で判断するわけではありません。ユーザーのアシスタントとしての存在に留まっています。
前出の損保ジャパン幹部が「AIが顧客になる」と言ったのは、こうしたものとは違います。自律的に製品を比較・選択し、交渉して注文する、「AIエージェント」的なシステムやツールの利用が広がってくるということです。
5年後には売り上げの2割がAI顧客に?
Gartnerはこうした動きに「マシンカスタマー」という名称を与え、企業のビジネスが本質的に変わると説明しています。
同社は、マシンカスタマーが直接関与、あるいは影響を及ぼす購入の総額は、2030年までに18兆ドルに達すると予測しています。また、同社の年次調査に、大企業のCEOは、「2030年までに売り上げの15〜20%をマシンカスタマーが占める」と答えたそうです。
Gartnerは、「2028年までにマシンカスタマーはグローバル企業の『Customer of the Year』を受賞する」という予測までしています。
こうなってくるとマシンカスタマー(あるいはAIエージェント)への対応が収益に直結するため、企業はサプライチェーンから営業、マーケティング、顧客サービス、デジタルコマースなどの仕組みを再構築せざるを得ないというのです。2026年までに大企業の30%が専任のビジネス部門や販売チャネルを設けるとしています。
2026年といえばあと1年、2028年はあと3年、2030年もあと5年しかありません。これほど短い期間でどんな変化が起こり、企業はどのように対応していくことになるのでしょうか。具体的なイメージが沸きにくいところがあります。
そこで、約10年前からマシンカスタマーの概念を提唱しているGartnerのディスティングイッシュトバイスプレジデント/アナリスト、ドン・シャイベンライフ(Don Scheibenreif)に素朴な疑問をぶつけました。
AI同士が交渉をする世界も
Gartnerによるマシンカスタマーの定義は「商品やサービスの購入と決済による経済活動を行う、人間以外のアクター」です。10年前はIoT(モノのインターネット)機器による購入を想定していたそうです。そういえば、ビルのトイレのハンドソープが少なくなったことをセンサーで検知し、自動的に注文する実験について聞いたことがあります。現在は主に、機械学習/AIエージェントが顧客になる動きを語るようになっています。
マシンカスタマーは段階的に進化し、人間の購買行動における「情報の取得」「商品の選択と購入(交渉含む)」「サービスリクエスト」「経験の共有」という5つの機能を果たせるようになっていくといいます。
そう言われてもピンと来ませんよね。具体的にはどんな仕組みが考えられるのでしょうか。シャイベンライフ氏は、小売企業のWalmartが導入しているAI調達システム「Pactum」の例を挙げます。
WalmartはPactumで備品調達を自動化しています。同システムでは、チャットbotが自律的に備品販売業者と交渉します。数量、納入期日を含めたさまざまな契約条件を勘案して、業者のオファーを評価・判断したり、自ら提案したりして合意につなげます。最終的には人間が承認するわけですが、それまでのプロセスは全てAIシステムが実行します。
WalmartがPactumを使う理由は、調達価格の低減だけではないようです。同社は約2000社のサプライヤーと取引がありますが、業者からの売り込みをチャットbotに誘導することで、対応のための人的労力を大幅に削減できたそうです。
シャイベンライフ氏も、買う側の企業における取り組みの大半は、現在のところWalmartのようなバックオフィス業務の効率化に集中していると話しています。また、こうしたプラットフォームがさらに進化して「マシンセラー」が登場し、bot同士が取り引きする世界になると付け加えています。サプライチェーンでの導入が進むというのは、確かに分かりやすくはあります。
感情を持たないAIエージェントにブランドは通用しない?
マシンカスタマーの影響は業種によって違うでしょうが、例えば売り上げの5割を占めるようになったら、その企業のビジネスはどう変化するのでしょうか。
シャイベンライフ氏は「AIに感情がないこと」が、変化をもたらす最大の要因になると指摘します。
「人間の世界ではブランド力が物を言います。同じような製品でも、ブランド力が高ければ高価格で売れたりします。しかし、そうした感情的なことをAIは考慮しません。同じ機能や品質であれば、安い方を選びます」
そうすると、企業がこれまでやってきたブランド構築の取り組みは意味を成さなくなるということなのでしょうか?
「そういうわけではありません。ブランドという考え方の核心が『約束』だということは、私もかつてコカ・コーラ社で働いていたので知っています。人間に対する約束と、マシンに対する約束は異なります。もし私がコカ・コーラなら、人間向けにアピールするブランドの他に、マシン向けにアピールする2つ目のブランドを持つかもしれません。マシンが求める約束は価格の妥当性、信頼性、納期、配送などに関するものです。人間にとっての約束とマシンにとっての約束は異なるため、1つの企業に2つのブランドが存在し得るのです」
マシンは定量的な評価しかしないというわけではなく、信頼感などの定性的な要素をスコアリングして取り込むことが考えられるといいます。
とはいえ、製品開発部門や販売部門はマシンカスタマーの顧客体験にフォーカスするようになり、営業担当者はデータアナリスト的な役割を帯びるようになると、シャイベンライフ氏は話しています。
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