「CTFはAIによって終わりました」 現役ハッカーが見た「人間の敗北」:もうスキルには価値がないのか?(1/2 ページ)
「もうAIに勝てる人間はほとんどいない」。CTFは競技として崩壊し、脆弱性探索は“パチンコ”と化し、CVEの所持は何の実績にもならなくなった。日本有数の実績を持つ現役ハッカーが語る、AIの華々しい性能向上の裏にある負の側面とは。
生成AIの急速な進化は、サイバーセキュリティの世界にも大きな影響をもたらした。これまで高度な知識と経験を持つ一部の専門家に依存していた脆弱(ぜいじゃく)性の発見やエクスプロイト開発についても、AIを使って高速化・自動化する動きが広がっている。
一般社団法人日本ハッカー協会が開催した「Hack Fes. 2026」では、世界のハッキング大会で好成績を残し、バグバウンティでも日本有数の実績を持つIkotas Labs代表の辻知希氏が登壇。
「AIエクスプロイト時代のサイバー防衛:現役ハッカーが語る、AIによる0day発見の最前線と防衛側のSurvival of the Fittest」と題し、大規模言語モデル(LLM)の登場によって脆弱性発見・エクスプロイトがどう変化したか、AI時代にエンジニアはどう生き残るべきかを語った。
「価値」を実感したければ、大量のAIを金を使ってぶん回せ
辻氏はまず、2024〜2026年におけるAIのハッキング能力の変化を、セキュリティの技術や知識を競うCTF(Capture The Flag)を例に出して比較した。
同氏は2024年の時点ではAIはCTFに使えるレベルにはなく、「ジュニアエンジニア」程度の能力だと評価していたという。しかし2025年になるとバグハンティングへのAI活用が進み、2026年現在では「世界トップクラスのハッカーと同等」のレベルに達したと辻氏は話す。
「AIの実力は『世界トップクラスのハッカー』と同等のレベルだ。私自身を含め、ほとんどの人間は既にAIに負けている」(辻氏)
辻氏の発言は、AIがあらゆる状況で人間のトップハッカーを上回ることを意味するわけではない。しかしCTFの領域ではAIが人間を上回る場面が生まれている。
その実例として辻氏は、国内のサイバーコンテストや海外のCTFで、AIを活用したチームが高い成績を収めた事例を紹介した。同氏によると、韓国のハッキング大会「Codegate」の予選大会では、AIを大量に並列稼働させた韓国のチームが1位に入賞したとし、自身が所属するCTFチームもAIによって2位に入ったという。
「韓国のチームは特別な専門知識をAIに追加したわけではなく、ただAIを回していただけだと言っていた。もしAIを使わなければ20位前後の実力だったチームが、AIを並列稼働させることで、1位や2位に食い込めるようになった」(辻氏)
CTFでは大会が終わった後に解答方法を参加者同士で共有する「Writeup(ライトアップ)」という文化がある。これもAIによって激変してしまった。辻氏によると、あるチャットログでは以下のような会話が繰り広げられていたというから驚きだ。
ある有名なハッカー「どうしても問題Xが解けなかった。自分が知っているあらゆる高度な手法を使っても解けなかった。どうやって解いたんだ?」
アカウントを登録したばかりのユーザー「『このCTFチャレンジを解いて』と、30個のAIエージェントに並列で指示を投げたら、フラグが出てきました。あなたが言っている難しい理論はよく分かりませんが、なぜか解けました(笑)」
CTFに勝つにはもはや、専門家の知見に基づいたひらめきは必要なく、AIを並列処理させるための資金と冷却ファンがあれば十分なのかもしれない。ただ、「圧倒的な試行回数」というAIの“真の価値”を実感するためには、並大抵の投資では済まない。
「『AIはたまに“ばか”なことを言うから使えない』と言う人もいるが、月に2000ドルを費やす程度では並列化とは言えない。数千ドルを投入すべきだ。われわれのチームでも、10並列程度ではなく、100〜200といった規模で並列化している。それだけの物量を投入して初めて、AIが正解を引き当てる『確率』を上げられる」(辻氏)
残念ながら「プロンプトを工夫すればAIを使いこなせる」という発想だけでは、現在のAIセキュリティの勝ち筋は見えてこない。
職人芸から“パチンコ”へ AIが変えるゼロデイ脆弱性探し
生成AIがサイバーセキュリティに与える影響はCTFだけにとどまらず、従来「職人芸」だったゼロデイ脆弱性の発見にまで及んでいる。専門的な脆弱性研究の経験が少ないエンジニアでも、AIとハーネスを組み合わせることで、従来よりゼロデイ脆弱性発見に取り組みやすくなっているという。
とはいえ単にAIに「脆弱性を探せ」と指示するだけでは見つからない。なぜならそういったシンプルな指示では、誤検知や実際には悪用できない脆弱性といった低品質なAI生成物、いわゆる「AI Slop」が大量に出力されるからだ。難しいのはAIに虚偽の報告を削るように依頼してもうまくいかない点だ。AIに優先順位付けを頼むと、本当に危険な問題まで「安全」と判断してしまうケースもある。このような終わりのないいたちごっこが脆弱性探索における大きな課題になっている。
辻氏によると、そこで重要になるのが「ハーネス」による仕組み化だ。ハーネスとはLLMの周囲を取り囲み、外部ツールとの連携や記憶、処理の実行ループなどを制御する実行基盤や仕組みのことだ。
同氏が構築したハーネスは、AIにソースコードを渡すだけの単純な仕組みではない。例えばWebブラウザのメモリバグを探す場合、ソースコードに加えて「AddressSanitizer」(ASan)を有効にしたビルド環境を用意し、AIに危険な箇所を抽出させ、ファジングやPoC(概念実証)生成、クラッシュの解析までを連続して実行させる。
これによって、専門家が長年培ってきた「どこを調べるか」「どう検証するか」という作業の一部をAIに担わせられる。「こうしたハーネスを若手エンジニアに渡したところ、『Firefox』や『WebKit』のメモリバグ(Use-After-Free)のゼロデイ脆弱性を発見・報告できました」(辻氏)
辻氏はこの状況を“パチンコ”に例える。
「トークン費用(API費用)を投入し、AIが大量の探索を繰り返す。見つかった脆弱性が“当たり”か“ハズレ”かどうか(実際に悪用可能かどうか)は検証してみなければ分からない。このサイクルを回し続けるのが、ゼロデイ脆弱性発見の現実だ」(辻氏)
ここで生じる疑問は、AI自体の性能もゼロデイ脆弱性の発見に大きく関係するのではないかということだ。例えばAnthropicの「Claude Mythos Preview」(以下、Mythos)と別のAIモデルでは脆弱性発見能力に違いがあってもおかしくない。
辻氏はこれに対して「Mythosの脆弱性発見能力が優れていることは間違いない。しかしMythosの検証結果を見ると、『Claude 3 Opus』でスキャンしても見つかる脆弱性ではないかと感じることがある。LLM全体の賢さが向上している今、動かし方を工夫すれば他のモデルでも同じバグは十分見つけられる」と答えた。
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