特集
次世代コンピューティング概説

マイクロソフトが本気モードで進めるクラウド戦略

デジタルアドバンテージ 一色 政彦
2008/10/22
2008/11/08 更新
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マイクロソフトが進めるクラウド戦略とは?

マイクロソフトとクラウド・コンピューティングの関係

 マイクロソフトは、オンプレミス・ソフトウェアで世界のトップに登りつめた企業である。Windows OS、Office(Excel/Word)、SQL Serverといったオンプレミス・ソフトウェアは、いまもってマイクロソフトの大きな収益源だ。現時点で、マイクロソフトとオンプレミス・ソフトウェアは、切っても切り離せない関係だといえるだろう。

 しかし、インターネットの時代が到来してすでに10年以上が経過し、SaaSのようなインターネットを徹底的に活用した新形態のアプリケーションが登場してきており、そのSaaSにより大幅な開発期間の短縮と開発/運用コストの削減が見込めることが、ユーザー企業に理解され始めたことで、最近はクラウド・コンピューティングに大きな注目が集まっている。この時流に乗って、今年は各ソフトウェア・ベンダが次々とクラウド・コンピューティング対応を打ち出す中、当然マイクロソフトも「クラウドの可能性」について口にしてきた。

 そしていま、オンプレミス・ソフトウェアの巨人は、クラウド・コンピューティングという別世界に足を踏み入れようとしているようだ。だがもちろん、ただやみくもにまい進するわけではない。一般的な企業の情報システムをクラウド化する際には、クラウド・コンピューティング特有の問題が想定されるからだ。

企業の情報システムが抱える問題点

 第一に、いくら運用コストが低減できるからといって、稼働中のすべての情報システムを一気にSaaS化するのは開発コストを考えると現実的ではない。第二に、「顧客情報や従業員の給与情報といった個人データを外部に置いたときに、その情報が漏えいする可能性を完全に排除できるのか?」というプライバシーやセキュリティの問題への不安が頭をもたげる。そのほかにも、企業内に導入されているActive Directoryなどのディレクトリ・サービスと統合した場合の認証問題もある。

 SaaSは中小規模の企業の情報システムを中心に活用が始まったわけだが、特に大規模なエンタープライズ情報システムをクラウド・コンピューティングに対応させるにはまだまだ課題が山積しているわけである。

 このような状況の中でマイクロソフトは、発生し得る問題点をうまく回避しながら、クラウド・コンピューティングに適切に対応するための方向性を示そうとしている。これが現時点でのマイクロソフトの状況だと筆者は考えている。

マイクロソフト流の解「ソフトウェア+サービス」

 マイクロソフトは、これまでに培ってきた開発資産を上手に活用しながらクラウド・コンピューティングに対応するための、低リスクで効果の高い手法を模索している。それが「ソフトウェア+サービス」(Software plus Services。以降、S+S)だ。

 S+Sの手法とは、既存のオンプレミス・ソフトウェアに、クラウド・サービスを付け加えることである(以降、S+Sアプローチ)。例えば、次の図のようなイメージである。

S+Sアプローチによる情報システムの構成図
冒頭で示した図とほぼ同じだが、このように、これまで作ってきたシステムでもS+Sアプローチを採用していると考えられるものは多数ある。S+Sアプローチは、これまでになかったまったく新しいシステム・モデルというわけではない。

 このオンプレミス・ソフトウェアとクラウド・サービスのハイブリッド型による情報システムは、SaaSのようにアプリケーション全体を完全にクラウドに移す場合に比べ、先ほど示した問題をうまく回避したうえで(例えば個人情報はクラウドの中には置かずに)、クラウド・コンピューティングの優位性(例えばマルチ・デバイス対応など)を活用できるというメリットがある。また、S+Sアプローチであれば、オンプレミス・ソフトウェアの利点であるユーザー・エクスペリエンス(=エンド・ユーザーが感じる良い使い勝手)も最大限に活用できる。つまりS+Sは、「オンプレミス・ソフトウェアの長所を生かしながら、クラウド・サービスの良さも享受しよう」という「いいとこ取り」の手法である。

【コラム】「マルチ・デバイス対応」を提供するクラウド・サービス

 話は脱線するが、クラウド・コンピューティングによるマルチ・デバイス対応について少し説明しておきたい。ファイルやデータを複数のデバイス(PC、Mac、携帯電話、iPodなど)で自動的に同期させるためのクラウド・サービスは、すでにいくつか提供されている。これを実際に活用すると、既存のデバイスにクラウド・サービス(同期サービス)を付け加えることになり、「ソフトウェア+サービス」ならぬ「デバイス+サービス」といえる状況になる(「デバイス+サービス」というのは筆者の勝手な表現で、マイクロソフトはこのようにはいっていない)。

 このデバイス+サービスを、前掲の「粒度ごとに分類したクラウド・サービス」の表に当てはめて考えると、「利用者は一般のエンド・ユーザーとなるが、クラウドだけで完結するものではない」ので、「部品サービス」の1種に分類できるだろう。

 デバイス+サービスの代表例は、マイクロソフトが提供する、

である。そのほかには以下のようなものがある。

 Apple MobileMeはデバイスだけでなく、Windows XP/VistaのOutlook、Outlook Express、Windowsアドレス帳といったオンプレミス・ソフトウェアとも連携できるようになっている。

 Live Meshの特徴は、同期サービスに加えて、ブラウザで利用できる仮想デスクトップ環境が2種類用意されていることだ。1つはクラウド上にあるストレージ・データを取り扱うための「Live Desktop」、もう1つは、ほかのコンピュータにリモート・デスクトップ接続するための「Live Remote Desktop」である。これらの仮想デスクトップは、Windows OSのデスクトップ画面と同じようにフォルダやファイルを操作できるというメリットがある。このほか、Live Meshの機能をAPIサービス(の基盤サービス)として提供する予定もあるようで、S+Sの中でも重要なクラウド・サービスの1つとなるだろう。

「ソフトウェア+サービス」におけるクラウド・サービスの粒度

 「S+Sアプローチにおけるクラウド・サービスとは何か?」について理解するには、前述のサービス・レベルの表が再び役立つ。先ほどの表をマイクロソフト流の用語に置き換えてみた。

粒度
API
部品
ソフトウェア
プラットフォーム
分類
ビルディング・ブロック・サービス
付加価値サービス
完成サービス(SaaS)
クラウドOS(PaaS)
利用者 開発者 エンド・ユーザー
システム管理者
エンド・ユーザー
システム管理者
開発者
システム管理者
代表例 ・Amazon Associates Web Service
・Microsoft SQL Data Services
・Microsoft .NET Services
・Live Services
・iTunes Music Store
・Office Live Workspace
・Exchange Hosted Services
・Live Mesh
・Salesforce.com
・Microsoft Dynamics CRM Online
・Windows Live
・Google App Engine
・Windows Azure
・Amazon EC2
・Force.com
・Aptana Cloud
S+Sアプローチにおけるクラウド・サービスの粒度

 上の表の「ビルディング・ブロック・サービス(Building Block Service)」「付加価値サービス(Attached Service)」が、S+Sアプローチにおけるクラウド・サービスに該当する(つまりS+Sでは、クラウド・サービスとして上の表のAPIサービスと部品サービスを利用する)。

SaaSやPaaSに対するマイクロソフトの戦略について

 以上のS+Sアプローチを、現在、マイクロソフトは強く推進している。では、SaaSやPaaSについてはまったく何も進めていないのだろうか?

 SaaSに関しては前記の表にあったように、マイクロソフトはWindows LiveやDynamic CRM Onlineなどをすでに提供しているので、これを利用すればよい。開発者がSaaSを作りたい場合は、ASP.NETにより対処できるだろう。

 一方のPaaSについては、PDC 2008において“Windows Azure”(コード名は“Red Dog”で、“Windows Cloud”や“Windows Strata”という仮の名前でも呼ばれていた)が発表された。Windows Azureについては、別の記事であらためて紹介したい。

 そのほか、マイクロソフト独自のPaaSではないが、Windows Server 2003およびASP.NET、SQL Serverをサポートする「Amazon EC2 with Microsoft Windows Server(ベータ版)」をアマゾンが提供開始している。これを利用すれば、読者諸氏が開発している情報システムでも、アマゾンのクラウド・パワー(=高いスケーラビリティとパフォーマンス)が活用できるということだ。またAmazon EC2は、Oracle Database 11g/Oracle Fusion Middleware/Oracle Enterprise ManagerというOracle製品に対応することも表明しており、「これだけそろえば、企業の情報システムをクラウド上に構築して運用することは夢物語ではない」という雰囲気になってきている。

【コラム】クラウド戦略のシンボルとしての「S+S」

 ここまでの説明のとおり、「S+S」といえば「オンプレミス・ソフトウェアにビルディング・ブロック・サービスもしくは付加価値サービスを組み合わせること」を意味する。このS+Sは、マイクロソフトが目指すクラウド戦略の要となる最重要コンセプトである。そのためか、S+Sという表現はもっと広い意味で、つまりマイクロソフトのクラウド戦略そのものを示す代名詞として用いられることも少なくない。例えば「Windows Live」のようなSaaSもS+Sの一環として説明されることはよくある。ビルディング・ブロック・サービスもしくは付加価値サービスという本来の意味と、クラウド戦略全体を表す広義の意味の、どちらの意味でS+Sという言葉が使われているのかは、文脈から判断する必要がありそうだ。

 クラウド・コンピューティングといえば、グーグルに対する注目度が特に高いと筆者は感じている。そこで最後に、マイクロソフトとグーグルのクラウド戦略の違いについて簡単に述べておこう。

グーグルによるクラウド戦略との違い

 マイクロソフトとグーグルのクラウド戦略の違いは、「Microsoft Office」と「Googleドキュメント」を比較すると分かりやすい。

 Microsoft Officeはオンプレミス・ソフトウェアである。しかし、最近のクラウド戦略によって「Office Live Workspace」という付加価値サービス(クラウド・サービス)も併せて提供するようになっている。Office Live Workspaceはクラウド上にWord/ExcelなどのOfficeドキュメントを保存するためのサービスで、これにより、どんな場所からでもOfficeドキュメントにアクセスできる。これは典型的なS+Sの事例である。

 片やGoogleドキュメントはSaaS(クラウド・サービス)である。しかし最近では、Webアプリケーションをデスクトップ・アプリケーションとして動作させるためのWebブラウザ・プラグインの「Gears」が提供され、これによってオンプレミス・ソフトウェアとしても利用できるようになっている。いうなれば、「サービス+ソフトウェア」である(「ソフトウェア+サービス」とは語順が逆になっていることに注意)。

 つまり、マイクロソフトはオンプレミス側からクラウド側に機能を拡張しようとしている一方で、グーグルはクラウド側からオンプレミス側に機能を拡張しようとしている。要はどちらも、オンプレミス・ソフトウェアとクラウド・サービスの「いいとこ取り」をしようとしているわけである。ただ、マイクロソフトはオンプレミス・ソフトウェアを重視しているのに対し、グーグルはクラウド・サービスに比重を置いているという点は、重要で決定的な違いであると筆者は考えている。

 以上、クラウド・コンピューティング、そしてマイクロソフトのクラウド戦略について説明した。だがクラウド・コンピューティングに対して、「やっぱり現実にそうなるイメージがわかない」「恐らくそうはならない」「いっときのはやり言葉なのでは」という不信感や疑いがいまひとつ解消していないという読者も多いかもしれない。クラウド・コンピューティングが本当に普及するのかどうかは、いまのところ筆者には明言できないが、少し視点を変えて、とある1つの歴史について語ることで筆者の考えを示唆し、本稿を締めくくりたい(なお、以下に示す歴史の内容は、ニコラス・カー氏の『クラウド化する世界』を参考にしている)。

およそ120年前、米国で中央発電所が登場したとき、自社運用型発電機を個別の企業に売ることで莫大な利益を上げていた会社は(自分のビジネスへの影響を恐れ)、その中央発電所の安全性などを理由に積極的な対応をとらなかった。しかし結局、中央発電所は普及した。中央発電所が推し進めた「規模の経済」(=規模が大きくなればなるほど、コストが低下し、価格を安くできること)が勝利したのだ。そして、自社運用型発電機の販売をビジネスとしていた主要企業は、最終的にビジネス・モデルを中央発電所のユーティリティ・モデル(=使用量に応じた課金を行う方法。ここでは、電気の使用量に応じた電気代を顧客に課金すること)に切り替え、さらに電化製品を売り始めることになった。

 ここで、上のパラグラフの「中央発電所」を「クラウド・コンピューティング」に、また「自社運用型発電機」を「オンプレミス・ソフトウェア」に、「電化製品」を「クラウド・サービス」に置き換えて再度読んでみてほしい。次の文章は実際に置き換えたものだ(カッコ内は省略した)。時代は2130年である。

およそ120年前、米国でクラウド・コンピューティングが登場したとき、オンプレミス・ソフトウェアを個別の企業に売ることで莫大な利益を上げていた会社は、そのクラウド・コンピューティングの安全性などを理由に積極的な対応をとらなかった。しかし結局、クラウド・コンピューティングは普及した。クラウド・コンピューティングが推し進めた「規模の経済」が勝利したのだ。そして、オンプレミス・ソフトウェアの販売をビジネスとしていた主要企業は、最終的にビジネス・モデルをクラウド・コンピューティングのユーティリティ・モデルに切り替え、さらにクラウド・サービスを売り始めることになった。

 歴史は繰り返すのか。次の10年、20年の間にわれわれはこの答えを知ることになるだろう。End of Article

 

 INDEX
  [特集] 次世代コンピューティング概説
  マイクロソフトが本気モードで進めるクラウド戦略
    1.クラウド・コンピューティングを理解する
    2.クラウド・サービスについて理解する
  3.マイクロソフトが進めるクラウド戦略とは?

更新履歴
【2008/11/08】PDC 2008で発表されたマイクロソフトのクラウド・サービス群“Azure Services Platform”や、Amazon EC2 with Microsoft Windows Serverのベータ公開に合わせて、内容をアップデートいたしました。
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