連載

Mobile Insider

第1回 PDA最新事情

塩田紳二
2000/06/21

  このコーナーでは、携帯電話を含むPDA(Personal Digital Assistant)に関するさまざまな話題を扱う。携帯電話がPDAなのか、という疑問をお持ちの方もいらっしゃるだろうが、最近の携帯電話には、簡単なスケジュール管理機能があり、ある意味、PDAといえなくもない。また、iモードを使って営業経過の報告を行うといったアプリケーションも提供され始めており、もはや携帯電話は単なる電話ではなく、携帯端末化しているのだ。

 日常的にパソコンを使って仕事をしていると、情報がデジタルの形で集積されていく。それらを、パソコンの前から離れたときに活用しようとすると、どうしてもこうしたデジタル情報が利用可能なデバイスが必要になる。その意味でPDAとは、もはや必須のデバイスといってもいいかもしれない。

PDAとは何か

 かつてはPDAや電子手帳というと、「個人で購入して、個人で使うビジネスツール」と思われていたが、最近では、企業システムの一部にPDAを組み込むようなところも増えてきている。1つには、PDA自体の機能が上がり、メモリなどにも比較的余裕が出てきたことなどが理由として挙げられる。ここでは、こうした現在のPDAについて概観し、現状のPDAの能力などを探ってみることにする。

 PDAは、Personal Digital Assistantの略で、Apple社が最初に提唱した呼称だが、現在では、小型のコンピュータデバイス全般を指す用語として使われることが多い。このため、明確な定義はないのだが、表のような条件を満たすものをPDAということが多い。

機能 条件
大きさ/形状 ノートPCより小さく、下はクレジットカードぐらいの大きさまで。PDAのうち、大きめのものをハンドヘルドと呼ぶことがある。ノートPCのようなクラムシェル型や、キーボードを持たない板状のものなども含まれる。
電源 基本的には、電池での動作を標準とする。どんなに小さくても、AC電源で動作するようなものはPDAとは言わない傾向がある。これは、持ち運ぶ、あるいは移動中に利用するという前提があるからだ。
機能 基本機能としては、スケジュールや、住所録、メモなどの個人情報の管理に利用できるソフトウェアが必須。これらの機能を持たない、小型のコンピュータ デバイスは、PDAとは言わない傾向がある。なお、多くの場合、この基本機能は、本体内部にROMなどの形で格納されている。
PDAの条件

 なお、多くの場合、Windows 95/98などが動く、ハードディスクを装備したようなものは、かなり小型であっても、PDAの範疇に入れないことが多い。逆にMS-DOSが動いて、内部的にはPC互換であっても、ハードディスクなどが装備されていなければ、PDAの範疇に入れることが多いようだ。明確な定義がないため、このあたりの境界は曖昧になっている。

PDAのメインストリーム

 世界的にみると、PDAのメインストリームとは、PalmシリーズとWindows CEマシンである。Palmシリーズは、米国でPDA分野の70%以上を占めているといわれ、Windows CEマシンの市場占有率はそれほど高くない。ただし、ほかのPDAと違い、Hewlett-Packardやカシオ、シャープ、コンパック、日本電気など多数の大手メーカーが参入しており、比較的入手が容易であることなどから知名度が高い。このほか、日本ではシャープのザウルス シリーズなどが著名であるが、これは国内向けのみであり、シャープも海外向けにはWindows CEマシンを出荷している。ここでは、PalmとWindows CEを中心に主なPDAを見ていこう。

Palmシリーズ 

パーム コンピューティングのPalm IIIc
2000年4月に日本で販売開始となったカラー液晶ディスプレイを搭載したPalm。Palm IIIcには、カラー画面向けに「Album ToGo」というJPEG画像の表示を行うフォトビューアと、「Chroma Gammon」というバックギャモン ゲームが付属する。

Palmシリーズは、68000ベースの1チップCPU(Dragon Ballシリーズ)を使い、数Mbytes程度のメモリ(最新機種では8Mbytes)を内蔵し、タッチパネル方式の液晶ディスプレイを装備したPDAである。

 このPalmシリーズの最大の特徴は、「PC Connected」というコンセプトで、PC側のソフトウェアとの通信をワンボタンで可能にしており、PC側のソフトウェアとPalmのどちらで入力した情報も、この通信機能を使って同期させることが可能な点にある。つまり、スケジュール データは、PC側、Palm側のどちらで入力しても、相互に同期が取れるようになっており、「ビジネスではPCを使うのが当たり前」ともいえる現状にうまくマッチしたものとなっている。これ以前のPDAでは、PCとの接続は可能だったが、片方向のデータ転送のみが可能で、PC側かPDA側のどちらかを基準にする必要があった。またこの通信も、PC側、PDA側で複数操作が必要で、あまり簡単でもなかった。

 Palmシリーズは、PCとの通信を「データの同期処理」(これをPalmではHotSyncと呼ぶ)とすることで、相互のデータをマージしている。さらに、Palm側のバックアップとの差分を取ることで、短時間で同期処理が行える。この点が、新しいコンセプトとして広いユーザーに支持されたのが、現在の流行の要因となっているといえるだろう。

 ただしこの同期には、コンジット(Conduits:導管、水路といった意味)と呼ばれる専用のソフトウェアがPC上に必要で、このソフトウェアが、Palm側のデータのうち、前回のHotSync以後に追加された、双方のデータを調べて、互いのデータベースを同期させる。逆にいうと、コンジットがないと、単にデータベースのバックアップが行われるだけになる。

パーム コンピューティングのPalm Vx
モノクロ液晶ディスプレイ搭載のPalm。重さが113gで厚さは1cmと軽量でコンパクトな本体が特徴だ。Palmシリーズのスタンダード モデルといえる機種である。

 なお、Palmシリーズの発売元は、3Com社から分離したPalm社(日本ではパーム コンピューティング)で、Palm OSやハードウェアを他社にOEM供給している。代表的なものとしては、HandSpring社(VISOR)やTRG社(TRG Pro)、IBM(WorkPad)などがある。また、1999年にはソニーがPalm OSのライセンスを受け、2000年夏には製品を出荷する予定だという。

 Palmシリーズには、「DateBook」(スケジュール)、「Address」(住所録)、「ToDo」(やるべきことのリスト)、「Memo」(メモ帳)などのアプリケーションと、環境設定などのツール類が標準で組み込まれている。

 液晶部分は感圧式のタブレットとなっており、基本的にはペンですべての操作を行う。文字入力は、液晶の下の部分にある枠に、「Graffiti」と呼ばれる特殊なアルファベットを書き込むことで行える。このGraffitiは、基本的には筆記体のアルファベットによく似ており、短期間の練習で素早く入力することが可能だ。日本語版でも、同じくアルファベットのGraffitiを使い、ローマ字入力を行うようになっている。日本語の手書き文字認識機能は持っていない。

■Windows CEマシン

 Microsoftが開発したPDAや組み込み機器向けのOSであるWindows CEは、Hewlett-Packard、カシオ、シャープ、日本電気、コンパックなどがライセンスし、各社が製品を投入している。現在、このWindows CEマシンには、大きく2つの種類ある。1つはクラムシェルタイプのハンドヘルドマシン、もう1つは、キーボードを持たないポケットPCである。このうちハンドヘルドタイプには、大きな液晶を持ち、ノートPCとサイズがさほど変わらないタイプもある。

 Windows CEマシンは、486からPentium程度の処理能力を持つ、MIPSのRシリーズや、日立製作所のSH、インテルのStrongARMといったRISC CPUを採用しており、メモリ容量も数10Mbytes程度と大きい。また、Windowsに似たグラフィカル ユーザー インターフェイスを採用しているのが特徴だ。

 PCとの接続については、ActiveSyncと呼ばれるPC側のソフトが、シリアルポートを監視し、接続したら同期が行われるなど、先行していたPalmシリーズの特徴を巧みに取り入れている。さらに、MicrosoftのOfficeシリーズを、Windows CE向けに簡略化(サブセット化)したソフトウェア(Pocket WordやPocket Excelなど)を装備しており、デスクトップPC上にあるOffice文書を転送して利用することも可能である。

 全体的にPalmシリーズよりも高性能で、基本機能も多く、また、デスクトップOSであるWindowsとの類似性も高いのだが、市場では、まだPalmシリースほど受け入れられていない。これは、ハードウェア性能が高くなることで、小型化に限界があること、電池寿命が短かったこと、価格も比較的高価になったこと、などが理由として挙げられるだろう。

■その他のPDA

PSION Revo
PSIONシリーズの新機種。モノクロ液晶ディスプレイは480X160ドット、白黒16階調表示が可能だ。キーボードが搭載されているが、液晶ディスプレイがタッチパネルになっており、画面を直接操作することも可能である。ヨーロッパ圏では根強い人気がある。

 PDAとして、このほかに有名なものとしては、Hewlett-PackardのLXシリーズが挙げられる。LXシリーズは、640X200ドットのモノクロ液晶ディスプレイに小型のキーボードを組み合わせたPC/XT互換マシンで、ROM上にLotus1-2-3やスケジュール管理ソフト、住所録などを搭載している。かつてはPDAといえばLXシリーズが主流であり、国内では、ユーザーの手により日本語化が行われ、日本ヒューレット パッカードでも、これを添付した製品を出荷するようになった。しかし、その後、Hewlett-PackardのPDAラインアップはWindows CEに移行し、LXシリーズについては製造中止となってしまった。一部に熱狂的なファンがいるPDAで、復活を望む声も多いようだ。

 ヨーロッパ圏では、英国のPSION(サイオン)シリーズが有名なPDAとして挙げられる。これは、ARMプロセッサを使ったPDAで、キーボードとタッチパネルを装備している。PSION社は、古くからハンドヘルド デバイスなどを手がけており、最初にフラッシュ メモリをコンピュータの外部記憶装置として使ったメーカーでもある。このPSIONシリーズは、エヌフォーが日本語化モジュールであるUniFEPを発売しており、一部制限はあるものの、日本語での利用が可能である。

日本国内でのPDA事情

日本電気のモバイルギアII MC/R430
ポストペットが移植されたことで、メール端末としての利用が多くなっている。携帯電話用のデータ通信ポートを標準で装備しており、オプションの接続通信ケーブルを購入することで、データ通信が可能である。

 日本国内でのPalmシリーズの販売は、1999年の日本IBMによる「WorkPadシリーズ日本語版」が初めてだ。2000年3月になり、米Palm社の日本法人であるパーム コンピューティング株式会社が発足し、4月より国内で本格的な販売を開始した。国内の調査会社によると、4月の販売開始以来、Palmシリーズの出荷は順調に伸びているらしい(BCN総研のPalmに関するニュースリリース)。ただ、これは登場直後のデータなので、しばらくして初期需要が落ち着いたときにどうなるかは、不明なところもある。

 Palmシリーズの強みの1つは、数多く作られているサードパーティや個人によるソフトウェアや周辺装置、アクセサリ類にある。Windows CEに比べて開発環境が安価なこともあり、国内でもデベロッパーが増えつつあり、今後の展開に重要な影響を及ぼしそうだ。このあたりについては、別途詳細にレポートしたい。

カシオ計算機のCASIOPIA E-503 富士通のINTERTOP CX 310
OSにWindows CEを採用したポケット サイズPC。240X320ドットのカラー液晶ディスプレイを搭載する。MP3再生機能やオリジナル フォーマットのビデオ再生機能、ボイス レコーダー機能などを装備する。 A5サイズで7.8インチのカラー液晶ディスプレイ(640X480ドット)を搭載するWindows CEマシン。バッテリ駆動時間が17時間と、ノートPCに比べて長いものの、大きさ、重さの面ではノートPCと変わらなくなってきている。

 Windows CEマシンは、日本語化の必要性から、米国での発表から若干遅れて日本国内に対応マシンが登場することになる。現在では、日本電気、シャープ、カシオ、日本ビクター、富士通、日立製作所などが参入しており、特にハンドヘルド タイプの分野では、日本電気のモバイルギアIIシリーズと日立製作所のペルソナ シリーズの動きが目立つ。特にこの2機種は、ポストペットが移植されて以来、NTTドコモのポケットボードの上位機種といったポジションで、携帯可能な高性能メール端末としての使われ方が多くなったという。

 カシオは、ポケットPCタイプに力を入れており、MP3ファイルの再生機能や、オプションとしてCFスロットに装着可能なカメラなどを用意し、マルチメディア機能を強化した製品を登場させている。

 ビクター、シャープ、富士通は、ハンドヘルド タイプよりも解像度の高い、Windows CE Proと呼ばれるノートPCタイプの製品に主眼を置いている。これらは、ノートPCに比べて長時間電池が持つなどをメリットにしているが、最近では、大容量のリチウムイオン電池により、ノートPCの電池駆動時間も長くなってきたため、差別化が難しい状況にある。

PDAに別のOSを載せる

 ユーザーレベルでの日本語化は、HPの95/100/200LXシリーズに始まり、Palmシリーズも当初はこの形で普及した。これらは、英語版OSにパッチを当てる、あるいは拡張機能などを使うことで、日本語を処理できるようにOSを「改造」したものであるが、これとは別に、LinuxなどのOSを移植するという動きもある。

 Palmシリーズ(uClinux)、Windows CE(LinuxCE)、PSION(The ARM Linux Project)といったハードウェア プラットフォーム向けにLinuxを移植しているグループがある。また、シャープのザウルス(zxLinux)の一部機種用にもLinuxが移植されている。

 こうした動きにより、従来、メーカーの提供している枠組みの中でのみ使われてきたPDAも、ユーザーが独自の環境を構築して利用することが可能な時代になってきた。ただしPDAには、PC/ATのような標準となるハードウェアがなく、OSが各社共通のWindows CEマシンでさえ、ハードウェアについては、メーカー独自部分がかなり多い。こうしたプロジェクトを推し進めるには、ある程度メーカーが情報公開を行うことが必要になる。しかし、メーカーにとっては、そうした製品開発にはあまり馴染みがない。そのため、こうしたプロジェクトのすべてが、メーカーと上手な関係を築いているわけではない。

 しかし、ザウルス用のLinuxなどのページを見ると、開発にあたってはシャープの協力があったという。もしかしたら、メーカーもこうしたユーザー レベルのプロジェクトに協力することによって、メーカーのみがプラットフォームを動かしていく時代から、パソコンのように、メーカー以外の部分を取り込んで、プラットフォームを広げていく時代に変わりつつあるのかもしれない。

 さて、Mobile Insiderでは、次回以降、PalmやWindows CE、携帯電話などのプラットフォームの紹介や開発環境、サードパーティ ソフトウェアなどの紹介を行っていく予定だ。記事の終わり

関連リンク
米Palm社 Palmのホームページ
パーム コンピューティング パーム コンピューティングのホームページ
米HandSpring社 HandSpringのホームページ
米TRG Products TRG Productsのホームページ
米IBM社 IBMのホームページ
日本IBM

日本IBMのWorkPadに関するホームページ

エヌフォー UniFEPに関するホームページ
BCN総研 BCN総研のPalmに関するニュースリリース
uClinux

PalmシリーズへのLinuxの移植

LinuxCE Windows CEへのLinuxの移植
The ARM Linux Project PSIONへのLinuxの移植
zxLinux ザウルスへのLinuxの移植

「連載:Mobile Insider」



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