インパクのインパクト
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年末あたりは、それでもときどき話題に上っていたインパクも、いまではすっかりニュース性を失ったようだ。分からない人はいないと思うが、念のため言っておくと、「インパク」とは「インターネット博覧会」と称して2000年12月31日から開始された例のイベントのことである。
万国博覧会に関しては、2005年開催予定の愛知万博が、会場予定地の自然保護問題を巡って、もめていたのが記憶に新しい。筆者は実は、この愛知万博を巡る報道によって、「万博と名乗るには国際的な組織の認定を必要とするのだ」ということを知ったくらいで、そもそもこの手のイベントにはあまり関心がない方だ。しかしながら、あまりにもインパクはインパクトが弱いように感じる。
インパクの入り口ページ |
日本語のほか、英語、中国語(中文)、韓国語が選択可能。残念ながらセンスがいいとはとても思えないトップページだ。また、各展示場(サイト)への行き方も分かりにくい。 |
■インパクの熱狂は何処?
万博の歴史は、1851年のロンドンでのイベントから始まったということになっているようだ。個人的には、やはり1970年の大阪万博の印象が鮮烈である。とはいっても、実のところ筆者は大阪万博の会場には行っていない。両親に連れて行ってくれるように一所懸命せがんだのだが、当時東京在住だったわが家にはあまり余裕がなかったようで、結局大阪行きは実現しなかった。子ども向け雑誌などで紹介された予告記事や、ガイド的な性質の情報を隅から隅まで読みあさりながらその場に行けない悔しさをかみしめていた筆者は、それでもやはり大阪万博を巡る国民的な熱狂の渦に、それなりの方法で参加していたのだと、いま振り返ると感じる。一方、インパクはというと、それが「万国博覧会」を名乗ってはいないということを差し引いても、まるで熱狂は生じておらず、筆者個人としても参加意識はまるでない。
インパクのWebサイトには過去の発表資料なども用意されており、いまさらながら開催の経緯などを確認することができる。その中に「1999年12月22日報道発表資料 新千年紀記念行事のあらまし」という資料がある。ここには、インパクについて「いわば、全国の行催事会場をインターネット上に創られた『バーチャル会場』(情報の蓄積、提供の広場)に展開する交流と楽しみの万国博である。」と紹介している。また、「記念行事の目的」も記してある。せっかくだから全部紹介しておこう。
(1)19世紀人が創った万国博とオリンピックに匹敵するような新型国際行事を日本から開発し、21世紀に残す。 |
なかなか、興味深い内容だ。
■そもそもインパクの意義とは何か?
「19世紀人」とはよくいったもので、それなら筆者は「21世紀を生きる20世紀人」なんだなぁ、などとも思うが、それはさておき、19世紀に始まった万国博覧会は、人の物理的な移動を促した。見たければ会場に足を運ぶしかない。これは、20世紀に入るとテレビなどの普及によって、必須条件ではなくなったが、それでもテレビによる疑似体験では満足しない人も多かった。筆者自身もその1人だ。筆者は実のところ、19世紀的物見遊山が結構好きで、特に海外ともなれば、それが仕事の出張であっても大喜びで出かけていくたちである。そんな19世紀的性向を引きずっているせいか、インパクが「万国博とオリンピックに匹敵する」とはとうてい思えないのだ。
経済効果に関しても同様で、大阪万博のために大阪を訪れた人数はどれほどだったのか正確な数は分からないが、来場者は延べ6421万人だったそうなので、交通費/宿泊費はもちろん、飲食代だけでも巨額に上ったことが想像できる。一方、インパクが見たくてPCを購入した人はどれほどの数になるのだろう? 電子メールが使いたくてiモード携帯電話機を買う人や、Java対応に惹かれてNTTドコモの503i(Java対応携帯電話機)を買う人に比べると、無視できるほどの人数でしかないように思うが、それで「産業経済の好況」は生まれたのだろうか?
■Webはそもそも万国博覧会である
そもそも、「Web」は日本政府が記念行事を開催するまでもなく、その創生期から一貫してずっと「万国博覧会」的な存在である。だれかが見せたいと思ったものが展示されている常設の展示会場だ。見る価値があるのかないのかはともかく、一生かけても見きれないだけの「パビリオン」がすでに存在している。
とはいえ、物見遊山が好みの筆者としては、Webで見たからといって、それだけで満足しないことも多い。ちょうど1年前の2000年1月の下旬、筆者は米国を1人でウロウロしていた。レンタカーを転がし、モーテルを泊まり歩きながら、フロリダからニューヨークまで米国をほぼ縦断していたのである。まぁ、ある意味「孤独な放浪」に近いものだが、それはともかくその途中で唯一観光らしいことをしたのが、ワシントンD.C.に立ち寄り、“聖地”スミソニアンの航空宇宙博物館を見たことである。改装工事中だったためもあり、期待ほどではなかったというのが正直な感想ではあるが、それでも、Webや本、ビデオなどで情報を得られたとしても、やはり実際に行かなくては満足できないという経験はだれにでもあるだろう。
インパクには、「現地」は存在しない。最初から行くべき場所はなく、Webで見たものがすべてである。これは、物見遊山ゴコロを満足させないのはもちろん、お祭り騒ぎとしての盛り上がりにも欠ける。しかも、Webサイトはインパクと無関係にいっぱいあり、これまでもずっと見物し続けてきているのだから、時限イベントとはいえ希少価値もあまり感じられない。
■インパクでインターネットの普及が加速されたのか?
特に残念なのは、目的の(2)、「日本のインターネットを飛躍的に普及・発展させ」というくだりである。インパクは日本のインターネットを発展させるだろうか? 日本のインターネットが貧弱なのは、魅力的なコンテンツがあるとかないとかいう以前に、まずアクセスラインが高価なうえに、データ転送速度が不足しているためではないだろうか?
PCユーザーにとってインターネットが腹立たしい点は、社会インフラへの依存度が高い点である。PCは文字どおりPersonalなComputerであり、個人の好みで好きなものを購入し、好きに使える。もちろん販売されてもいない超高性能機を欲しがってみてもどうにもならないが、周辺機器でもソフトウェアでも、欲しいものを買って自由に使える。欲しいものがあり、金を出す気があれば、それは手に入る。しかし、インターネットのアクセスラインに関しては、そう簡単には割り切れない。
■アクセス・ラインの制約解消を
NTTの独占によって長いこと貧弱なアクセスラインの利用を強いられてきた日本国内ユーザーにも、最近は幾つか魅力的な選択肢が提供されるようになってきた。ADSLやCATVインターネットである。しかし、これらは欲しい人が金を出せば手に入る、というものではないのだ。住んでいる地域がサービス区域外だとか、住んでいる建物に接続ケーブルを引き込めないとか、申し込んでもいつまでたっても工事をしてもらえないとか、個人の力ではどうにもならない制約が山ほどある。もちろん、無尽蔵に金があるなら専用線でも光ファイバでも敷けるが、いくらなんでも非現実的だろう。少なくとも、筆者にはそんな財力はない。
筆者は東京都内のマンション暮らしで、このマンションとNTTの局との間は光ファイバで接続されている。これだけで、もうADSLの利用はまず不可能だ。最近になってようやくダーク・ファイバの開放などといった話題に上るようになってはきたが、アクセス・ラインが自由化され、高速なインターネットがわが家にやってくるには、まだ年単位で時間がかかりそうだ。では、NTTが代替サービスを何か提供してくれるかというと、「光・IP通信網サービス(仮称)」の試験提供の対象地域には入っていないし、「Biportable」のトライアル実施も渋谷駅周辺のみということでカヤの外だ。仕事柄インターネットの利用頻度は高いので、快適な環境が手に入るのなら月額1万〜2万円程度なら払ってよいと思っているのだが、利用できるサービスはない、というのが現状なのである。
■インパクよりもアクセスラインの改善を望む
というわけで、インパクに予算を割いてWebサイトを立ち上げるよりも、通信インフラの整備こそを国が率先して進めてほしい、というのが正直なところだ。実のところロクに見てもいないので、インパクにどのようなパビリオンがあるか知りもしないが、どれほど魅力的なコンテンツがそこにあったとしても、アクセスラインが貧弱なままでは「日本の情報環境を飛躍させ、国民生活の向上などに資する」ことはできないと思うのだが。逆に、低コストで大容量の通信インフラが利用可能になれば、Webサイトなんぞは国が旗を振るまでもなくいくらでも魅力的なものができてくるに違いないと考えているのだが、違うだろうか?
夢の先端技術の話をしているわけではない。自宅とインターネットを100Mbits/sで接続したいと言っているわけではない。せいぜい1Mbits/s程度でとりあえずは十分なのだ。それでも、現状の最大128kbits/sという環境よりも格段に快適になるはずだから。しかも、どこにもそんな環境はないというならまだしも、住んでいる場所が違えばそうしたアクセス環境を月額数千円で利用しているユーザーが現実に存在しているのだから、なおさらだ。しかも、住んでいる場所が違うと言っても絶海の孤島ではないのだし。
まぁ、ひがみといえないこともないとは思うが、この状態を何とか改善したい、と考えるのは、そう見当違いの高望みではないはずだ。ホント、早く何とかなってほしいものである。
関連リンク | |
インパクのホームページ | |
「1999年12月22日報道発表資料 新千年紀記念行事のあらまし」について | |
「光・IP通信網サービス(仮称)」の試験提供開始について | |
光ファイバと高速無線技術を利用した パーソナル・ワイヤレス・ブロードバンド 「Biportable」のトライアル実施について |
「Opinion:渡邉利和」 |
渡邉 利和(わたなべ としかず)
PCにハマッた国文学科の学生というおよそ実務には不向きな人間が、「パソコン雑誌の編集者にならなれるかも」と考えて(株)アスキーに入社。約1年間技術支援部門に所属してハイレベルのUNIXハッカーの仕事ぶりを身近に見る機会を得た。その後月刊スーパーアスキーの創刊に参加。創刊3号目の1990年10月号でTCP/IPネットワークの特集を担当。UNIX、TCP/IP、そしてインターネットを興味のままに眺めているうちにここまで辿り着く。現在はフリーライターと称する失業者。(toshi-w@tt.rim.or.jp)
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