デファクトを避けることのメリットとデメリット

渡邉利和
2001/12/12

 またウイルスが流行っているようで、筆者のところにも11月後半くらいからかなりの頻度で届くようになってきた。うっとおしい話ではあるが、特に実害はないので放ってある。結局のところ、こうした問題は「利便性を取るか安全性を取るか」という古くからある問題が形を変えて繰り返し問われているだけのことで、どう対処するかは各個人の判断に委ねられるのである。

シェアの高さが攻撃を招く?

 少々前の話になるが、マイクロソフトの阿多社長が「IISがウイルスに狙われるのはIISが脆弱だからではなく、IISが広く普及しているからだ」という趣旨の発言をして物議を醸したことがあった。この発言に関しては反発も大きく、「Apacheの方がずっと普及しているのにより安全だ」といった指摘や、「簡単にクラックされるような製品を出荷した責任をどう考えているのか」といった声も上がった。

 筆者としては、「IISがさまざまな攻撃を受けるのはそもそもの設計がよくないからだ」と考えているのだが、実のところIISの設計を詳細に知っているわけでもない。また、ApacheとIISのシェアについても正確な数字を持ち合わせているわけでもない。そのため、阿多社長の発言に関しては「心情的にはまるで同意できないが、かといって反論するにも明確な根拠を持ち合わせない」というところである。一方で、「シェアが高いと攻撃を受ける」という考え方はまるで的外れというわけではなく、それなりの理はあるとも思う。

 これまた少し前の話題になるが、iモード携帯電話の迷惑メールとやらが問題になった。結局NTTドコモがメールの受信コストの一部を無料化したり、ユーザー定義の任意の文字列を使ったメール・アドレスを推進したりといった対処を行ったし、迷惑メールの発信を法的に規制する動きもある。

 筆者はNTTドコモのユーザーではないため、この「迷惑メール」に関しては基本的には他人事である。iモード導入以前にはNTTドコモの携帯電話を使っていたことがあるのだが、当時の使用感としては「音質が悪い」「繋がりにくい」「データ通信が遅い」といった具合でどうにもメリットが感じられなかったため、DDIポケットのPHSに変更してしまった。現在使用しているPHSでもインターネットからのメールを受けられるようになっており、筆者もこのサービスを便利に利用しているが、いわゆる「迷惑メール」が筆者のPHSに届いたという記憶はない。

 というわけで、筆者に言わせれば「iモードで迷惑メールが届くのが嫌なら、iモードを使わなければよい」ということになる。これには、「迷惑メールを完全に遮断する技術の出現は期待できない」と考えているという理由もある。というのも、届いたメールが迷惑かどうかは個々の受信者が個別に判断することであり、機械的に分類できるものではないと思うからだ。メール・アドレスを推測しにくい文字列に変えることは、メールの到着量を減らすことに役立つのは間違いないだろう。しかし、すでにメール・アドレスのリストの売買や、辞書などを使った自動メール発信ソフトウェアが登場しているので、たとえメール・アドレスを文字列にしても「迷惑メール」がなくなるわけではない。「iモードを使わない」という「敗北主義」的な発想は、iモードが気に入って使っている人にとってはとんでもない話ということになるだろうし、迷惑メールに負けて利用を止めるのは悪意に屈したことになるのでよくない、という考え方もあるかもしれない。どうするかは各個人の考え方次第だが、シェアの高いサービスは悪意のユーザーにとっても魅力的な市場である、という面は否定できない。

自己責任で適切な選択を

 最近よく送られてくるウイルス・メールに関しては、筆者のところにも届くのだから「他人事」ではないのだが、実際問題、筆者が管理するマシンには感染していないようなので、現状実害はないともいえる。これは、筆者が特にウイルスに気をつけている結果、というわけではない。筆者は正直に言ってしまえばウイルスにはあまり関心がなく、世間で話題になってからようやく後追いで知識を得る程度の対応しかしていない。実は、この程度の対応で済む理由は、OutlookやOutlook Expressといったソフトウェアを一切使わないようにしているからだ。いろいろ意見もあるかとは思うが、基本的には電子メールに添付して送られてきたコードをいきなり実行するようなマネをしなければウイルスにも感染しないハズである。これに関しても、ちゃんとした有効な対策をマイクロソフトに求めていく、というのが王道かもしれないが、単に目先の選択としては「使わなければ大丈夫」という考え方も、即効性の面で優れた対処といってもバチは当たるまい。ちなみに、筆者は添付ファイルをいきなり電子メール・ソフトウェアから起動することはないし、HTMLメールはまず見ない。ある意味「新しい便利な機能を否定する頭の古いユーザー」ともいえるが、現状ではこの態度はメリットの方が多いと感じてもいる。

 コンピュータの世界では「デファクト・スタンダード」がとても重視される。もちろんこれは単なる「流行への盲従」とは違うのだが、一方で「必ずしも最良の製品がデファクトになるわけではない」ことも憶えておく必要があるだろう。何かと話題になるアプリケーション・マクロ・ウイルスも、基本的にはマイクロソフトOfficeがターゲットである。もちろん筆者に言わせれば、「これは単にシェアが高いことだけが理由ではなく、安全性よりも利便性を重視するマイクロソフトの設計思想に根本的な問題がある」ということなのだが、避ける手段は皆無、というわけではない。

 マイクロソフトOfficeがデファクトだから、マイクロソフトOfficeを使わないとドキュメントの交換などで困ることが多い、という意見も耳にする。確かにそういう面はあるが、かといってマイクロソフトOfficeを使う以外に手はない、とまではいえないだろう。互換性の高い低いはあれど、いまどきマイクロソフトOfficeのファイルを開けるソフトウェアは多数存在するので、ほかの製品を使うことができないわけではない。もちろん、多くの人が使っている製品を避けることには不便が伴うし、コストアップにつながることもあるだろう。iモードもそうだし、電子メール・ソフトウェアやWebサーバなどもみんなそうだ。

 同様の目的を達成する手段はほかにもあるが、まったく同一ではない以上、メリットとデメリットが同時について回る。余分な手間を避けてシェアの高い製品を使ってみんなと同じ環境を実現し、利便性も危険性も等しく共有するもよし、他人とは違う環境を使って異なるメリット/デメリットを得るもよし。いずれにしても、デファクトだろうがトップシェアだろうが、黙って利用すればすべて万全、という製品やサービスはないのが現実だ。メーカーや事業者によりよい対応/より完成度の高い製品を求めることは重要だし、正しい道であるのだが、一方で「盲目的な信頼に応えてくれるメーカーはない」と割り切って自助努力で被害を避ける努力をするのも現実的な態度といえるのではないだろうか。記事の終わり

「Opinion:渡邉利和」


渡邉 利和(わたなべ としかず)
PCにハマッた国文学科の学生というおよそ実務には不向きな人間が、「パソコン雑誌の編集者にならなれるかも」と考えて(株)アスキーに入社。約1年間技術支援部門に所属してハイレベルのUNIXハッカーの仕事ぶりを身近に見る機会を得た。その後月刊スーパーアスキーの創刊に参加。創刊3号目の1990年10月号でTCP/IPネットワークの特集を担当。UNIX、TCP/IP、そしてインターネットを興味のままに眺めているうちにここまで辿り着く。現在はフリーライターと称する失業者。(toshi-w@tt.rim.or.jp

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