連載

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−基礎から学ぶPCアーキテクチャ入門−

第1回 日本のPC史を振り返る(前編)〜PC-9801の時代
1. 8bitから16bitマシンへ

元麻布春男
2002/05/24


 本連載では、現在のクライアントPCならびにPCサーバの基礎となるPCアーキテクチャについて解説していく。ここでは単に各デバイスごとに仕組みを解説するだけでなく、その成り立ちや歴史的な経緯を含めて取り上げる。というのも、PCのハードウェアをある程度知ろうと思うと、時として歴史的な経緯の理解が必要になるからだ(VGAやXGAといったグラフィックス・モードがなぜあるのかなど)。まずはPC誕生の歴史から振り返っていこう。

日本のパソコン黎明期

 現在、日本で広く使われているパーソナル・コンピュータは、Macintoshを除けば、基本的にみんなどれも同じアプリケーション・ソフトウェアや周辺機器が利用可能だ。いまとなっては、当たり前に思われるこんな常識も、一昔前は決して当たり前ではなかった。アプリケーション・ソフトウェアや周辺機器類が共通して利用可能になった理由の1つは、もちろんWindowsというプラットフォームの出現にあるわけだが、ハードウェアのアーキテクチャ自身が1つに収束していったことも見逃せない。ここでは、現在のPCハードウェアの概要を把握するためにも、日本のPCの四半世紀以上にわたる歴史を、簡単に振り返ってみよう。

 日本のパーソナル・コンピュータの歴史を振り返るうえで、日本電気の製品群は避けて通れない存在だ。1976年9月に発売された同社のTK-80は、国産初のパーソナル・コンピュータといわれているし、PC-8001シリーズは初めて「ベストセラー」と呼べるパーソナル・コンピュータとなった。それを受け継いだPC-8801シリーズによって、日本においてアプリケーション・ソフトウェア・パッケージの流通基盤が初めて築かれたといえるかもしれない。それまでは、ソフトウェアは自分で作るもの、作らないまでも雑誌などに掲載されたソース・コードやバイナリのダンプリストを自分で入力するものだったのに対し、PC-8801シリーズあたりから、ソフトウェアを「買う」ことが徐々に普及していった。

16bitの幕開け

 しかし、こうした黎明期のパーソナル・コンピュータ(プロセッサが8bitであったことから8bitマシンなどと称される)は、パーソナル・コンピュータを実用とするには、必ずしも能力的に十分ではなかった。一度にアクセス可能なメモリ空間が64Kbytesと小さく、パーソナル・コンピュータの実用的な利用に2bytesコードによる日本語処理を必要とする日本には不向きだったのである。8bitマシン用にも日本語処理の可能なワードプロセッサ・ソフトウェアなどが提供されなかったわけではないが、結局は少ないメモリにどうやって最低限必要な機能を押し込むか、という曲芸的な(ある意味では芸術的と呼んでもよいのだが)代物にしかならなかったように思う。

インテルの16bitプロセッサ「i8086」
日本電気の初代PC-9801に搭載された16bitプロセッサ。当初の動作クロックは、4.77MHzであった。浮動小数点演算ユニットは搭載されておらず、科学計算などを高速に実行するには浮動小数点コプロセッサ「i8087」などを別ソケットに実装する必要があった。

 パーソナル・コンピュータの「実用」という点で、真のスタートラインと呼ぶべきなのは、やはりプロセッサが16bitとなった、特にIntelのi8088/8086を搭載した16bitマシンの時代だろう。ちなみに8086と8088は、アーキテクチャ的には同一のプロセッサだが、後者のデータ・バス幅は8bit幅に制限されていた(以後は特に識別する必要のある場合を除き、両者をまとめて8086と呼称する)。8086が提供する1Mbytesのメモリ空間と、最低でも4.77MHzに達する動作クロックは、ほかのハードウェアの助けを借りながらであっても、取りあえず実用的に日本語テキスト処理を行うことを可能にした。実際、本格的なワードプロセッサ・ソフトウェアの提供が始まったのは、16bitマシン時代に入ってからだ。

 そして16bit時代で忘れてはならないのは、MS-DOSの存在だ。MS-DOSはもともとIBM PCにPC DOSとしてOEM提供することを目的に、Microsoftにより開発されたOSだ。IBMに対するOEM提供は独占的なものではなかったため、Microsoftはほかのハードウェア・ベンダに「MS-DOS」の名称で提供を行った。8bitの時代にも、OSとしてDigital Researchが提供するCP/Mが存在したが、日本ではソフトウェア開発用途を除き、ほとんど普及しなかった。その16bit版であるCP/M-86もあったが、結局普及したのはMS-DOSであった。

 グラフィックスをサポートしていないMS-DOSは(言い換えればグラフィックス機能を利用する場合はハードウェアに対する直接アクセスを認めざるを得ないMS-DOSは)、アプリケーション・プラットフォームとしては必ずしも十分ではなかったが、少なくともデータ交換(ファイル交換)をする際のスタンダードにはなり得た。MS-DOSの登場により、ファイル・フォーマット、文字コードといったものが定まったのである。逆にいえば、それまではアプリケーション・ソフトウェアが異なれば、テキスト・データでさえやりとりに苦労する、というのが日本のパーソナル・コンピュータの実情であった。そのため当時は、各種ワードプロセッサ・ソフトウェア用にデータ・コンバート・ソフトウェアが販売されていたほどだ。日本語処理が可能なハードウェアと、日本語データ交換の基盤としてのMS-DOSが合わさって、パーソナル・コンピュータを実用するための礎が築かれたわけだ。

 16bitプロセッサとMS-DOSの採用によって、日本のパーソナル・コンピュータ市場は大きく花開くことになる。その市場をけん引していったのは、ご存じ日本電気のPC-9801なのだ。

 
 
 INDEX
  第1回 日本のPC史を振り返る(前編)〜PC-9801の時代
  1. 8bitから16bitマシンへ
    2. PC-9801全盛期
 
 「System Insiderの連載」


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