Insider's Eye岐路に立つマイクロソフトの市場戦略(2) ―― .NETのプラットフォームとアーキテクチャの普及促進キャンペーンを進めるMicrosoftは、新しいマーケティング戦略と戦術の展開を強いられている ―― |
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Paul DeGroot |
■ISVの全面支持は得られず
Microsoftの.NETパートナー戦略にはまだ重要な味方が欠けている。特定の垂直市場で契約を勝ち取る企業は2つのカテゴリーに分かれる。1つは1〜2種類の垂直市場だけを専門とする小規模な会社で、これらは焦点を絞りニッチな専門技術を備えている点が強みだ。もう1つは大規模で知名度のあるコンサルティング会社やエンタープライズ志向のISVで、これらは特定企業とすでに関係を持ち、プラットフォーム選択に影響を及ぼすような会社だ。後者のグループには、Hewlett-Packard(HP)やIBM、Oracle、SAP、Siebelといった世界規模のコンサルティング企業やISVが含まれる。
MicrosoftはこれらのISVの多くから.NETに対する支持を取り付けることができたが、全面的に受け入れた会社は1つもない。例えば、MicrosoftはSiebelに接近し、同社は2002年10月にMicrosoftと技術および研修で新たに提携したと発表した。しかしこの発表は、クライアント技術や特定のサーバ・アプリケーション、Webサービスなど、.NETコンポーネントのサブセットに焦点を絞ったものだった。Siebelはその数日後に、Javaエンタープライズ・ソフトとの相互運用性も引き続き確保したいと発表したため、同社の.NETに対する注力はさらに見込み薄となった。
■パートナーか競争相手か
ISVがMicrosoftとの提携に消極的なのは、同社がその野望のためにパートナーから競争相手に変わる可能性があるという根強い不安があるからだ。例えばMicrosoft Business Solutions(旧Great PlainsおよびNavision)は、中小規模企業(Small to Medium-size Business、SMB)市場向けに財務、人事、在庫、サプライチェーンなどのアプリケーションを提供している。Microsoftはこの種のソリューションを企業に提供しているSAPのようなベンダと競合する野望はないと主張しているが、こうした有力パートナーの多くもSMB市場をターゲットにし始めている。IBM SoftwareのSMB/パートナー・マーケティング担当副社長、Mark Hanny氏は、SMB市場をめぐる戦いをソフトウェアビジネスの「ノルマンディー上陸作戦」と呼んだ。第2次世界大戦の連合軍の名だたる凄惨なDデー進攻作戦に例えたものだ。
さらに、ビジネス・インテリジェンスやCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)、EAI(エンタープライズ・アプリケーション統合)といった幾つかの重要な業務ソフト市場へのMicrosoftの参入は、それらの市場のISVにとって脅威だ。彼らとしては、自分たちのビジネスを狙っていると思しき企業のプラットフォームを奨励する理由は見いだしにくい。
■.NETビジネス・コンポーネントが焦点に
.NETベースの共通ビジネス・アプリケーション・プラットフォームを構築する取り組みの一環として、Microsoftは総勘定元帳など特定の業務機能を果たす一連の高レベルコンポーネントを開発している。この試みはパートナーとの新たな衝突の可能性を意味する。多くの特定業種別のISVは、Microsoftのサーバ・プラットフォームの一環としてこうしたコンポーネントが用意されることを歓迎するだろう。しかし、Microsoftが作る予定のコンポーネントを現在開発している会社にとって選択は厳しくなる。
例えば総勘定元帳を含む会計ソフトを開発しているISVは、将来Microsoftのコンポーネントを使うか、独自の総勘定元帳の開発を続けるかという選択肢がある。最初の選択肢は経費削減をもたらすかもしれないが、売り上げも減少しかねない。総勘定元帳機能は多くのチャネルで簡単に利用できるようになるからだ。またMicrosoftのコンポーネントを用いると、ISVは事業に不可欠な部分をMicrosoftの優先順位や開発スケジュールに依存することになる。さらに、ISVはMicrosoftのサーバ・プラットフォームにいっそう緊密に結びつけられることになる。恐らくこのプラットフォームが、これらのコンポーネントを稼働させる唯一ではないが最適のプラットフォームになるからだ(詳細はDirections on Microsoft誌日本語版2003年1月15日号の「.NETにISVを引き付ける ビジネスプラットフォーム戦略」参照)。
■残されたハードル
.NETが市場で所期の勢いを獲得するには、Microsoftは明快なブランドを築き、移行は既存の開発者を置き去りにするものではないことを保証し、.NETの固有の価値命題を確立する必要がある。
■難解なブランド
同社のかつての「Active」ブランドを彷彿とさせることだが、.NETという言葉はMicrosoftが実行、計画する多くの事柄に適用されてきた。製品(.NET Enterprise Server)やサービス(HailStormの開発コード名で発表された.NET MyServices)、Windows上のソフトウェア・プラットフォーム(.NET Framework)、開発環境(Visual Studio .NET)を始め、サーバの「フェデレーション」(連盟)がWebサービスをバックグラウンドで使用してデータの通信、取得、操作を行い、空前の機能とコラボレーションを実現するという壮大な新構想の説明にも用いられてきた。
このじゅうたん爆撃式のブランド展開の結果、市場は.NETの内容と現状についていまだに混乱している。現在Microsoft幹部は、今後は.NETの名称を使う際により一貫した方法を取ることを約束しているが、いまだに「.NETとは何か?」という疑問を突きつけられている。そして彼らが常に同じ答えをするわけではない(コラム「.NETとは何か? Microsoft幹部の回答」参照)。
間もなくリリースされるWindows .NET Serverはこのブランドをさらに後押しするだろうが、それによって混乱が減るとは思えない。このOSは.NETへの対応の面で現行のWindows 2000と劇的に違うわけではない。Windows 2000はすでに、.NET Frameworkを用いて開発されたXML Webサービス・アプリケーションの基盤として機能する。
.NETとは何か? Microsoft幹部の回答 Bill Gates氏は通常、.NETを「情報と人間、システム、デバイスをつなぐソフトウェア」と呼ぶ。 Microsoftの.NET戦略担当ディレクター、Neil Charney氏はもう少し具体的で、「XMLを用いて情報と人間、デバイスを接続するソフトウェア」と説明する。 Bill Veghte氏は2002年11月にGoldman Sachsの研修会で、これよりやや入念に説明した。「.NETの大前提となっているのは、当社が何年も前から直面している業界の課題でもある。つまり、いかなる方法ですべてのデータをアンロックし、いかなる方法ですべてのシステムを接続し、いかなる方法でそのデータを人々にとって有意義な形で公開するかということだ。……(.NETとは)アプリやリソースへの接続を可能にするテクノロジの集合だと思う」 ほかの幹部は.NETの人間とデバイスを接続する役割よりも、サーバ・アプリケーションをリンクする枠組みとしての役割を重視する。 Charles Fitzgerald氏は、MicrosoftのPlatform Strategyグループ担当ゼネラルマネジャーのポストにあった2002年半ばにワシントン州レドモンドで開催された投資フォーラムで、.NETは「コンピュータ同士をいかなる方法で対話させるか」という問いに対する回答であり、「それが(.NETの)本質だ」と述べている。 この視点はMicrosoftのPlatform Strategyグループ担当副社長、Sanjay Parthasarathy氏の考えと共通するようだ。同氏は2001年のWinHecカンファレンスで、.NETはXML Webサービス分野における社運を賭した取り組みであり、アプリケーションが広大なインターネットの一連のWebサービスと対話し、ネットワーク上のほかのクライアントやサーバをリソースとして利用できるようにするものだと語った。同氏は2002年にレドモンドの投資家フォーラムで、.NETが利用される時間のうち80%は「社内業務の統合」とWebサービスの構築にあてられるだろうと語った。 |
■既存言語開発者の移行
MicrosoftはVisual Basic(VB)言語および開発環境によって、クライアント側ソフトウェアを作成できる開発者の数を劇増させた。プログラマーでない人でもプログラミングに手を染め、「フォーム」に「コントロール」をドラッグしてユーザー・インターフェイスを作成できる。
.NETとその最重要な開発ツールのVisual Studio .NET自体は開発者の関心を引いている。Microsoftが膨大なVBプログラマーを.NETの領域に引き入れることができれば、.NET開発コミュニティの構築で極めて有利なスタートを切り、Javaコミュニティと.NETコミュニティの差をすぐに縮小できる。
だがMicrosoftは、従来版のVBと現行版のVB.NETの大きな違いについて熟慮したVB開発者が、この違いを嫌ってアップグレードを遅らせたり、言語をまるごと乗り換えるというリスクに直面している。ただ、VBとJavaの違いは、VBとVB.NETの違いよりも大きい。VB.NETへのアップグレードに伴う苦痛はまったく新しい言語やまったく新しい統合開発環境を学ぶ苦痛よりも少ないとMicrosoftは期待している。
もう1つのリスクは、Webサービスの仕事を希望する開発者が、BEAのWebLogicやIBMのWebSphere、SunのiPlanetなど、知名度のあるアプリケーション・サーバ製品で使われるプラットフォーム向けに開発する能力を身につけなければいけないと結論付ける可能性があることだ。これらに比べ、Microsoftのアプリケーション・サーバ戦略は比較的知られていない。
■.NETの固有価値の確立
Microsoftはその歴史の大半を通じて、ISVが指針とする公式/非公式の標準を定めることができた。WindowsのGUIは従来のGUIから派生したものだが、10億人近くのコンピュータユーザーはそれをコンピュータ・デスクトップの標準と見なしている。Win32 APIを基盤として数万のアプリケーションが開発された。世界中のデジタルビジネス書類の約80%は同社独自のMicrosoft Office形式にエンコードされている。
しかしMicrosoft以前に同社抜きで誕生したインターネットはオープンな標準を基に構築されており、Microsoftといえどもインターネットに参入するためにはこれらの標準を進んで尊重する必要があった。同社の有力なWebブラウザであるInternet ExplorerはオープンソースのMosaicをベースとしており、NetBEUIなどMicrosoft独自のネットワーク・プロトコルはインターネットのTCP/IPに取って代わられた。今日、世界中の情報のうちHTML(Hypertext Markup Language)でエンコードされているものの量はOffice形式のものと同じくらいの量に上るだろう。
.NETにとって最も重要な点は、外部と通信するためのコア・テクノロジがSOAP(Microsoftは同技術を発明した会社の1つ)やXMLなどの公開プロトコルとフォーマットであることだ。
オープンな公開標準をサポートする必要があるため、Microsoftは従来とは異なる価値命題を.NETのために打ち出さなければならなくなった。すなわち、.NETはMicrosoft独自のテクノロジではなく、一連の業界標準の最良の実装であるというものだ。
「.NET」という名称自体も包括的で(近い親類の「ドットコム」はすでに英語やほかの言語の最新版の辞書に載り始めている)、インターネット・アドレスで広く使われている接尾辞だ。また、Microsoftがコア・テクノロジの1つ「XML Webサービス」に好んで使う説明のコンセプトは、BEAとIBM、Oracle、Sunが売り込んでいる「Webサービス」と非常に似ている。
Microsoftの発明であることが明白なテクノロジC#、Common Language Runtime(CLR)、ASP .NET、ADO.NETはプロの開発者には意味があるが、BDMにとってはそれほどでもない。一方、Microsoftは.NET開発プラットフォーム・ベースのアプリケーションを(開発ツールは別だが)まだ出荷できていないため、新プラットフォームの優越性を示すのは難しい。
そして、たとえMicrosoftがWebサービスのリーダーの地位を獲得できたとしても、それがすぐに実際のビジネスに結びつくわけではない。Webサービス技術は、当初の予想どおりには採用されていない。問題の1つは、Webサービスには多数の企業間の相互運用性が必要とされるが、共通の標準を用いて相互運用する必要のある企業はまだ必要十分な数に達していないことだ。このプロセスは時間がかかる。SOAPなどの基本的なWebサービス標準でさえ未成熟だからだ(Directions on Microsoft誌日本語版2003年1月15日号の「アップデートが続く基本Webサービスプロトコル」参照)。
Microsoftにとって最大の救いは、同社は.NETのビジネス価値を明確化するブランドや製品の投入で苦労してきたが、大多数のライバル会社もWebサービスの販売で同じ苦境に立たされているという事実だ。これまでに十分な時間がありながらもライバル会社が思いがけずミスを犯してくれたおかげで、Microsoftには、注目に値する有望なテクノロジを生み出せることを示す時間がまだ残されている。
その間、Microsoftはライバル会社の多くとは違い、厳しい経済情勢の中でも利益を上げ、資金潤沢であり続ける。同社幹部はしばしば.NETは社運を賭した取り組みだと示唆する。しかし、.NETアーキテクチャを具体化し始めたばかりの同社の現行テクノロジの売れ行きは良好だ。同社は.NETを推進する時間だけでなく財源も持っている。
参考資料- .NET開発プラットフォームに関する詳細情報は、Directions on Microsoft誌日本語版2002年3月15日号、5月15日号の「.NET開発プラットフォームのすべて」を参照。
- Webサービスと.NET FrameworkにおけるXMLの役割については、Directions on Microsoft誌日本語版2002年3月15日号の「サーバー戦略の根幹を担うXML――あらゆるアプリをXMLフォーマットで統合へ」を参照。
Directions on Microsoft日本語版 本記事は、(株)メディアセレクトが発行するマイクロソフト技術戦略情報誌「Directions on Microsoft日本語版」から、同社の許可を得て内容を転載したものです。Directions on Microsoftは、同社のWebサイトより定期購読の申込みができます。 |
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