IFRS最前線(16)
退職給付会計の恐るべきパワー
原英次郎
ダイヤモンド・オンライン
2011/3/24
IFRSが導入されれば、退職給付の積み立て不足が一段と明確になる。そればかりか、退職給付債務そのものも膨らみかねない。結果、株主の持分(純資産)が急減する企業が出現する恐れもあるのだ(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2010年7月8日)。
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このように、現在の退職給付会計では積み立て不足のうち、未認識債務は貸借対照表には計上されないオフバランス処理となっている。これが「隠れ債務」といわれる所以(ゆえん)である。
実際は、ちゃんと積み立て不足として認識しているのに、未認識債務というのはご愛嬌。まったく隠しているわけではなく、貸借対照表の注記に、「退職給付債務に関する事項」というタイトルで、ひっそりと開示されている。
未認識債務の代表としては、「未認識数理計算上の差異」があり、割引率が変更されたり、従業員の死亡率や退職率が変わったり、年金の運用が予定通りの成績をあげなかった場合に発生する。
なぜこんなわかりにくい処理になったかと言えば、退職給付会計導入時に、企業の積み立て不足が、60兆円〜80兆円にも達すると予想され、貸借対照表に計上すると、そのインパクトが余りに大きかったためだと言われている。
隠れ債務がオンバランスになり所有者持分(純資産)を直撃する
これをIFRSで表現するとどうなるのか。結論から言えば、未認識債務も含む積み立て不足全額が、退職給付引当金として、貸借対照表に計上されることになる。「何だ、それだけか」と思うなかれ。貸借対照表の仕組みを少しご存じの方なら、すぐに愕然とするかもしれない。
再び、図で説明しよう。分かりやすくするために、図の企業は売上・費用が同額で、当期利益はゼロになっている。
IFRSでは未認識数理計算上の差異100億円は、当期利益の下にある「その他包括利益」に計上される。その結果、包括利益計算書(現在の損益計算書)の一番下に来る包括利益が、マイナス100億円になる。
当期損益が純資産を増やしたり、減らしたりするのと同じく、包括損益が所有者持分(現在の純資産)の「その他包括利益累計額」には加えられる。図のその他包括利益はマイナス100億円なので、所有者持分は150−100で、所有者持分は50億円となる。
一方、財政状態計算書(現在の貸借対照表)では、退職給付の積み立て不足の200億円が、まるまる退職給付引当金として計上される。もとはといえば退職給付は給与の後払いで、企業にとっては負債。退職給付引当金のうち、オフバランスだった未認識債務という負債が100億円増えた分、所有者持分(純資産)が、100億円も減ってしまう。
現行の退職給付会計と比べると、未認識債務の分だけ負債が増え、その分、所有者持分(純資産)が減ってしまうわけだ。結果、図のケースでは、現行基準なら、株主資本(所有者持分)比率は150÷250=60%なのに、IFRSでは20%にまで低下してしまう。
これまでひっそりと注記に潜んでいた隠れ債務が、白日のもとにさらされると同時に、未認識債務の増減がその他包括利益を通じて、所有者持分に影響を与えるところにIFRSの大きな特徴がある。大企業クラスでは、この未認識債務を1000億円単位で抱えているところも多く、その影響は侮れない。