公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(2)
ホンダの真の苦境は不況にあらず?
大企業を襲う「亡国の租税制度」
高田直芳
公認会計士
2010/5/12
F1からの撤退や鈴鹿8時間耐久レースへの参加見送りなど、矢継ぎ早のリストラ策に取り組んでいるホンダ。しかし、すべてが景気のせいかというと、ことはそう単純ではないようだ(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2009年2月27日)
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「ギヴ・アンド・テイク原則」が
成り立たない行政と企業の関係
このような状況は、企業にとって重大な意味を持つ。通常なら、相応の犠牲(コスト)を払う場合、企業にはそれに対応した便益(売上高)が提供されるべきだ。経済学ではこれを「“give and take”の原則」と言い、「There is no free lunch」(タダで得られるものはない)と表現されることもある。
しかし、税務調査でホンダが1000億円以上の納税(give)を行なったとしても、国税局がそれに見合う形で同社の人気ハイブリッド車“インサイト”を買って(take)くれるわけではない。
言わば、国は“タダ飯(free lunch)”を食らって、ホンダに税金費用というコストを一方的に負担させたことに他ならない。そのため、〔図表2〕では実際操業度率が跳ね上がったというわけである。
F1参戦には、年間で数百億円のコストを要すると言われる。巨額の研究開発費が売上高に直接結びつくことはなくても、企業のイメージアップへの効果が大きいため、F1にかかる費用には間接的に“give and take”の原則が成り立っている。
ところが、税金費用はそういうわけに行かない。前述のケースで言えば、F1にかかる年間コストの数年分を納める必要があったのだ。さらに、いくら大不況で苦しいとはいえ、今後も税金の重圧から逃れる術はないのだから、ホンダにとって「F1撤退止むなし」という状況は無理もなかろう。
このように、同社が抱える不安は、なにも景気の悪化だけではないのだ。
税金問題一つをとっても
経営戦略の巧拙が問われる!
筆者は別に、日本の租税制度を批判するつもりはない。日本に本社を置く以上、日本の税制に従うのは、法人も個人も当然の義務だからだ(注3)。
ただし、租税制度のむず痒いところは、条文が膨大で難解な上に、皆が忘れた頃に税務調査という形で当局が勝負を挑んできて、しかもその勝負の方法が“ジャンケンの後出し”である点だ。
そのため、今回分析したホンダに限らず、日本経済の屋台骨を支える有力企業を窮地に陥れてしまうことさえある。それは、場合によっては「亡国の租税制度」と呼ばれても仕方がないかもしれない。
事実、不動産投資やM&A戦略が失敗する原因の1つに、「後になって巨額の納税資金に慌てふためく」というものがある。黒字倒産する企業の直接の原因として、納税資金の資金調達に失敗したケースも数多くあるのが実情だ。これらは明らかに“拙速なファイナンス戦略”によるものである。
たとえば、08年8月に破綻したアーバンコーポレイションはその典型例だろう。同年3月期決算では、売上高2437億円、最終利益311億円という黒字を計上したにもかかわらず、その後、納税資金の調達などを目的とした300億円もの社債発行で、外資系証券会社などに足下をすくわれた。
そのような企業と比べれば、「ホンダは着実な手を打って不況への耐性を強めている」という言い方もできるだろう。
私は冒頭で、「普遍的な経営戦略やコスト削減策などは存在しない」と言い放った。ただし、常日頃から税務対策やファイナンス戦略に万全を期しておかないと、後日第三者から後ろ指をさされるような点については、どうやら「普遍的な命題」が存在するようだ。
◆参照◆
(注1)拙著『戦略ファイナンス』(日本実業出版社)212頁〔式8-4〕
(注2)詳細は拙著『戦略会計入門』273頁を参照
(注3)日本国憲法30条
筆者プロフィール
高田 直芳(たかだ なおよし)
公認会計士、公認会計士試験委員/原価計算&管理会計論担当
1959年生まれ。栃木県在住。都市銀行勤務を経て92年に公認会計士2次試験合格。09年12月より公認会計士試験委員(原価計算&管理会計論担当)。「高田直芳の実践会計講座」シリーズをはじめ、経営分析や管理会計に関する著書多数。ホームページ「会計雑学講座」では原価計算ソフトの無償公開を行う。