公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(2)
事業効率が最高でも固定費は予想の2倍!
他社の追撃を侮れないトヨタの“懐事情”
高田直芳
公認会計士
2010/6/3
日産やホンダに追撃されながらも、依然王者としてのポジションを堅持するトヨタ自動車。だが、独自のSCP分析を用いると、外部からは死角になっている“不安の本質”が垣間見えて来る(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2009年3月13日)
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ニッサン vs のホンダ
「第二のトヨタ」はホンダ?
たとえば、〔図表5〕の左上にある2007年3月期において、ニッサンがホンダに勝つ確率は46.9%、逆にホンダがニッサンに勝つ確率は53.1%であり、この期はホンダに軍配が挙がっていたことがわかる。
ところが、2007年9月期(右上)と2008年3月期(左下)では、ニッサンが盛り返している。さらに、08年9月期(右下)では、ホンダが再びニッサンに勝つ構図となった。
〔図表4〕「企業が勝ち残る勝率」計算式 |
〔図表5〕には描かれていないが、2008年12月期についても調べたところ、ホンダがニッサンに勝つ確率は65.9%(逆にニッサンがホンダに勝つ確率は34.1%)に達していた。
ただし〔図表5〕を見る限り、最終的な軍配はホンダに挙がっているとはいえ、〔図表4〕でワザ(事業付加価値)だけに注目すると、08年12月期も引続きニッサンがホンダを上回っている。
〔図表5〕日産自動車とホンダの「勝率」推移 |
したがって、目下のところ「ホンダはワザよりもチカラ(投資活動キャッシュフロー)でニッサンを圧倒している」という構図が浮かび上がって来るのだ。
だがホンダは、絶好調のハイブリッド車「インサイト」などの効果もあり、ワザのほうも徐々に高まって行くだろうから、今後はワザとチカラの両面で、ニッサンに圧倒的な大差をつけると予想される。この不況期にトヨタを追いかける“底力”があるのは、やはりホンダと言えるだろう。
ちなみに筆者は、〔図表4〕の式から展開されるこうした一連の分析手法を「資金量理論」と呼んでいる。今回は自動車業界2社のガチンコ勝負をお見せしたが、GMS(総合スーパー)や家電量販店などに資金量理論を適用すると、もっと現実的な結果を得ることができる。
また、3社を比較して「三つ巴戦」の結果を見ることもできるし、同じ企業で前期と当期を比較して「ワザを中心とした経営か、それともチカラにシフトした経営か」を判定することもできるのだ。
従来まで、経営分析と言えばB/S(貸借対照表)とP/L(損益計算書)が中心となっており、C/F(キャッシュフロー計算書)が十分活用されているとは言えなかった。今回の分析は、「投資活動キャッシュフロー」に関する有効な分析法を知るという意味においても注目して欲しい。
巨人・トヨタの年間固定費が
7兆円で収まるわけがない!?
それでは、競合他社が追随するなか、「業界の先頭を走るトヨタのポジションは磐石なのか」について、いよいよ詳しく分析してみよう。結論から言えば、実は「必ずしも安泰」とは言えない部分もありそうだ。
トヨタの死角となっているのは、ズバリ、コスト圧力だ。それも変動費と違って、一般には「変動費よりも削減するのが難しい」と言われる“固定費”の圧力である。
同社の2008年度第3四半期に係る決算発表があった翌日の日本経済新聞に、トヨタは「10年3月期の業績回復に向け、7兆円とされる固定費の10%削減を目指す」という記事があった(注3)。
7兆円という金額に、ほとんどの人が「さすがはトヨタだ。7兆円もあるのか」と思われたことだろう。ところが、筆者は逆に「トヨタの固定費が7兆円で収まるわけがないだろう」と思わずつぶやいてしまった。あれだけの巨大企業で、総コスト23兆円のうち7兆円しか固定費が発生しないというのは、あまりにも少な過ぎるからだ。
事実、筆者が開発したSCP分析でトヨタの2008年度における固定費を推算すると、2008年9月期までの半年間ですでに6兆0105億円が発生している。通期では、12兆0210億円にも上る可能性がある。
しかも、これは決算短信を利用した四半期ベースでの概算。さらに正確に月次決算ベースで再計算するならば、年間の固定費は13兆円程度まで達する可能性が高い。実に新聞が示唆する7兆円のざっと2倍近くなのだ。
つまり、もしトヨタが日経新聞と同じ感覚(年間の固定費7兆円)でコスト削減を行なうつもりなら、こうした固定費の“見誤り”が、同社の業績回復を遅らせる可能性があるということだ。トヨタが今後も王者のポジションに留まり続けるためには、「常日頃からさらに徹底したファイナンス戦略を意識する必要がある」と言えるだろう。