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公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(6)

最適資本構成からかけ離れた東芝の危機

高田直芳
公認会計士
2010/9/16

これまで数回に渡って不況に悩む電機各社を分析して来たが、今回は東芝をメインに取り上げる。東芝型の操業度率のデータから深刻さを検証し、そこから「東芝の資本構成に潜む不安」を炙り出してみたい(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2009年4月24日)

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自己資本コスト率の大きさに
左右される他人資本の最適割合

 この「お椀の方程式」を淡々と微分していくと、〔式1〕を導くことができる。

 このような〔式1〕において、sは他人資本コスト率、tは自己資本コスト率、vは使用総資本に占める他人資本の最適割合だ。このVを「最適デット(debt)比率」と呼ぶ。他人資本コスト率sと自己資本コスト率tを合わせたもの(分母)で、自己資本コスト率t(分子)を割るのが、〔式1〕の仕組みである。

 したがって、(1−v)は、「最適エクイティ(equity)比率」になる。vと(1−v)については、〔図表4〕の横軸の下に記載した。

 以上が、「最適資本構成タカダ理論の一般公式」である。

 〔式1〕の最適デット比率で注目して欲しいのは、分子にあるt(自己資本コスト率)であり、「使用総資本に占める他人資本の最適割合は、相方である自己資本コスト率tの大きさに左右される」ということがわかる。

 次に、実際デット比率と実際エクイティ比率を計算してみる。これは経営分析の指標として用いられる負債比率と自己資本比率に「ほぼ近似する」が、完全には一致しない。なぜなら、実際デット比率と実際エクイティ比率は、シャープのβ値(以下「β値」と略す)といったものを利用して計算するからだ。

 なお、β値について、ここで少しだけ説明しておこう。β値は、ノーベル経済学賞の対象となった「CAPM理論」に基づいており、日本では「資本資産評価モデル」と訳される。ファイナンスの世界では、MM理論と共に有名なものである。

電機メーカー各社の
β値と回帰直線を分析する

 東芝、シャープ、ソニーについて、2007年10月から2008年9月までのβ値を、筆者のオリジナルソフト『原価計算工房』で解析処理したのが〔図表5〕である。横軸は日経平均株価の投資収益率であり、縦軸は各社の投資収益率を示している。

〔図表5〕東芝、シャープ、ソニーのβ値と回帰直線

  〔図表5〕に掲げた各社の散布図を見ると、右上がりの直線が描かれている。これは「回帰直線」と呼ばれ、各図の左上に1次関数「y=ax+b」を示している。この関数の定数aの部分は、「回帰直線の傾き」を表わしており、aの値がβ値を表わしている。

 〔図表5〕で各社のβ値を見ると、東芝は1.2249、シャープは0.8935、ソニーは1.2765となっていることがわかるだろう。

 なお、1次関数の下に表示されているR2は「決定係数」と呼ばれるものであり、第2回コラムに登場した「相関係数」の親戚筋に当たるものだ。

 このβ値を使って、実際デット比率(≒負債比率)や、実際エクイティ比率(≒自己資本比率)を算出するのだ。

 本来なら、その計算過程も示すべきところだが、税効果会計を使ったりしてこれまた複雑なので、ここでは割愛する。詳細は、拙著『戦略ファイナンス』の165ページ以降を参照していただきたい。

 さて、このように算出した最適デット比率、最適エクイティ比率、実際デット比率、実際エクイティ比率を用いて、いよいよ各社が抱える資本構成の問題点について、結論だけを一気呵成に説明しよう。

東芝、シャープ、ソニー
三社三様の最適資本構成は?

 最適デット比率と最適エクイティ比率を内円とし、実際デット比率と実際エクイティ比率を外円として、東芝、シャープ、ソニーを分析した結果が〔図表6〕から〔図表8〕までの円グラフだ。以降は、これらを単に「東芝型」「シャープ型」「ソニー型」と呼ぶことにする。

 内円は、その企業にとって「あるべき資本構成=最適資本構成」であり、外円は「実際の資本構成」を表す。

〔図表6〕東芝の最適資本構成と実際資本構成

  まず、〔図表6〕の東芝型は、実際デット比率(83.2%)が最適デット比率(62.7%)をはるかに超えており、借り入れ過多の状態にあると言える。

 東芝型を見ると、MM理論「第3命題」の前半部分「他人資本を増大させて行っても、次第に倒産リスクが増えることから、ある一定の限度を超えると企業価値は減少に転ずる」という不安が、あてはまりそうなことがわかるだろう。東芝の危機を、こうした資本構成からも窺い知ることができるのだ。

〔図表7〕シャープの最適資本構成と実際資本構成

  次に、シャープ型が〔図表7〕である。

 シャープ型は、実際デット比率(58.5%)が最適デット比率(74.8%)にまで達しておらず、いまだ「借り入れ余地」がある。MM理論「第2命題」によれば、借り入れを増やすことによって企業価値を高める可能性を残していると言える。

 ただし、借り入れを増やせばそれでよいというわけではない。企業価値を高めるだけの投資対象があるかどうかが、まず議論すべき問題だ。最適資本構成は、その結果として検証されるものなのである。

〔図表8〕ソニーの最適資本構成と実際資本構成

 そして、ソニー型は〔図表 8〕のようになる。

 ソニー型は、なんと最適デット比率(73.1%)と実際デット比率(73.0%)がほとんど同じで、MM理論「第3命題」の後半部分が、すっぽりと当てはまる。

 つまり、「第3命題」の後半部分にあった「他人資本と自己資本の組み合わせをバランスさせる最適資本構成」の状態となっているのだ。

 ただし、これは貸借対照表の右側(使用総資本)において最適資本構成が実現されているというだけのことだ。調達された資金が貸借対照表の左側(総資本)において、「不良資産などを抱えることなく効率的に運用されているかどうか」は、これとは別に検証されなければならない。

 以上が、“最適資本構成タカダ理論”による「ファイナンス戦略の実務解」である。

 こうしたノウハウは、タカダバンドを始めとする“SCP分析”と共に筆者オリジナルのものであり、拙著『戦略ファイナンス』などで著作権が成立しているため、ビジネススクールや経営大学院などの「ファイナンス講座」で語られることはない。

 また、ライセンス許諾(著作権法63条)の表示がなければ、他社のシステムに搭載されることもない。つまり、会計の世界では“レアもののノウハウ”なのである。

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