
公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(28)
医薬品業界を襲う「2010年問題」とIFRS
高田直芳
公認会計士
2012/3/8
ディフェンシブ銘柄とは、現在のようなデフレ状況下においても「不況に耐性のある企業」の株価を指す。今回はその中でも代表格である医薬品業界などを取り上げ、IFRSによる影響を探っていきたい。(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2010年3月19日)
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製品化の目処が立てば無形資産に
IFRSは増益をもたらすか
もう1つの波乱要因は、国際会計基準(IFRS)である。以下では「研究開発費と無形資産の問題」と、「売上高の計上基準」を取り上げる。医薬品業界を中心に述べるが、自動車業界や電気機器業界についても当てはまる問題だ。
まず、研究開発費について取り上げよう。
09年第3四半期までの累計で、武田は2092億円、アステラスは1401億円を研究開発費として投じている。この研究開発費は、新しい知識の発見や基礎技術の確立を目的とする「研究費」と、研究成果を製品化するための「開発費」に分かれる。
企業会計審議会『研究開発費等に係る会計基準』によれば、研究費も開発費も発生した期の費用として損益計算書に計上する。IFRSでも「研究費」は費用として処理する。
ところが、「開発費」のほうは異なる扱いを受けるので注意が必要だ。実用化が確実な製品に係る資材購入費や人件費は、「無形資産」として貸借対照表に計上することになるのだ。他社へ支払うライセンス料なども、IFRSでは費用ではなく、無形資産の購入と考える。
無形資産とはその字句の通り、実体のない資産である。日本の会計基準では「無形固定資産」に相当する。
IFRSの導入によって大きな影響を受けるのが、医薬品業界だろう。製薬会社は、開発中の薬の効能や安全性を確かめるために、巨額の資金を投じて臨床試験を行なっている。失敗したのなら研究費→損益計算書の費用になる。
それに対して製品化のメドがついた場合は、臨床試験にかかわる支出は開発費となり、貸借対照表の無形資産として計上することになる。そうなれば、医薬品業界にとって、短期的には利益の押し上げ要因になる。なんとも「おいしい話」ではある。
無形資産の条件を満たせなければ、
利益の押し下げリスクも
ただし、開発費を無形資産とするには、いくつかの条件がある。基本的な考えかたは、(1)経済的な価値を生む可能性と、(2)貸借対照表に計上する価額への信頼性が高いことを要する。
具体的には、開発中の製品について、企業が〔図表 3〕に掲げた条件を備えているかどうかが問題となる。
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企業は〔図表 3〕を自ら判断し、これらの条件を満たした場合に、開発費を無形資産に計上できる。
無形資産として計上した開発費は、一定期間にわたって償却を行なう。通常は、開発費によって生み出された製品のライフサイクルを償却期間とするのが基本だ。
ただし、安全性が求められる医薬品では、途中で実用化を諦めざるを得なくなる場合も想定される。そうした場合は、償却費が特定の決算期に集中することになり、利益を押し下げるリスクがある。これは「苦い話」である。
収益認識基準の変更で、
売上高が大幅減!?
IFRSの導入によって、売上高の計上基準が統一される方向にある点も要注意だ。
従来は、売上高の計上基準が企業や業界ごとに異なっていても、そのまま容認されていた。企業会計基準委員会ではこれを統一して、決算書の透明性を高める方針だ。2011年中に公開草案を作成し、翌12年以降に最終案をかためる予定になっている。
IFRSでも簡素化する方向で議論が進んでいる。
現在の売上高の計上基準は大きく分けると、(1)製品を出荷した時点で計上する方法(出荷基準)と、(2)顧客に製品を引き渡した時点で計上する方法(引渡基準)がある。これらのうち出荷基準は廃止され、引渡基準(検収基準を含む)で統一されることになるようだ。
この売上高の計上基準に関して、医薬品業界には「落差回収」という独特の収益認識がある。聞き慣れぬ用語かもしれないが、これは『企業会計原則注解』注6にいう「委託販売」または「試用販売」である。
医薬品メーカーから見て、医薬品卸業を軸にするなら委託販売であり、医療機関を軸にするなら試用販売である。どちらも医薬品メーカーの立場からすれば、出荷基準であることに変わりはない。
もし、委託販売にしろ試用販売にしろ、こうした出荷基準から引渡基準への変更が行なわれた場合、どれだけの影響があるだろうか。有名な話としては、東京エレクトロンの例がある。
同社は2005年3月期に、売上高の計上基準を「出荷基準」から「設置完了基準」に変更した。これは引渡基準への変更と同じである。
当時、同社の有価証券報告書に掲載されていたものを、〔図表 4〕に抜粋する。
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同時期に計上された売上高は6357億円であった。減収額は〔図表 4〕では810億円とされているから、前者(6357億円)で後者(810億円)を割ると12.7%もの減収があったことになる。
翌期は増収になるとはいえ、売上高の計上基準を変更することが、いかに影響の大きいものであるかが知れようというものだ。
当時(2005年)は対岸の火事であった医薬品業界にとって、これからは自らに火の粉が降りかかる。出荷基準から引渡基準への変更は減収をもたらす一方で、開発費の無形資産化は増益をもたらす。
国際会計基準に急き立てられて、清濁あわせて飲む薬は、さぞかし複雑な味になるのだろう。
筆者プロフィール
高田 直芳(たかだ なおよし)
公認会計士、公認会計士試験委員/原価計算&管理会計論担当
1959年生まれ。栃木県在住。都市銀行勤務を経て92年に公認会計士2次試験合格。09年12月より公認会計士試験委員(原価計算&管理会計論担当)。「高田直芳の実践会計講座」シリーズをはじめ、経営分析や管理会計に関する著書多数。ホームページ「会計雑学講座」では原価計算ソフトの無償公開を行う。



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