1つのスイッチと複数アンテナで有機的に面をカバー
AP配置設計不要の無線LANスイッチ、エクストリコム
2008/06/05
「無線技術者としての15年間のキャリアの中で、これほどの技術は見たことがない。これは初めてビジネスに使えるレベルに到達した無線LAN技術だ」。米エクストリコムでバイス・プレジデントを務めるデビッド・コンファロニエリ氏は、同社が持つ技術、「チャネル・ブランケット」について、6月5日に都内で開いた記者説明会で、そう話した。
オフィスのフロアなど一定以上の面積を無線LANでカバーする場合、複数のアクセスポイント(AP)を設置する必要がある。こうした場合、隣接するAPで利用するチャネル(周波数帯)を変えて干渉を防ぐの従来の導入方法だった。個々のAPは小さなセルを形成し、多数のセルがフロアをカバーする。
これに対してエクストリコムの無線LANネットワークでは、多数のAPを単一のチャネルで利用する。カバーエリアを小さなセルに分けることなく1つの“ブランケット”(毛布)という大きな単位で包み込む。
アクセスポイントはメディアコンバーター的に機能
エクストリコムの無線LANネットワークは、802.11a/b/g/nと互換性を保ちつつも、従来の方式とまったく異なるシステムデザインを採用している。従来の無線LANネットワークでは各APが自律的に接続端末とのコネクションを管理しているが、エクストリコムの無線LANネットワークでは、こうした自律分散方式を採らない。代わりに、1台の無線LANスイッチを中心とした中央管理方式を採用する。無線LANスイッチには、有線(UTPケーブル)で「ウルトラ・シン・アクセスポイント」(UAP)と呼ぶ独自のアクセスポイントを複数接続する。UAPは、従来のAPと異なりMAC層については何も処理を行わない。物理層の信号処理は行うが、それによって構成したパケットを、そのまま無線LANスイッチに流す。
中央に配した無線LANスイッチは、複数のUAPから上がってくるパケットを一元的に処理する。エクストリコムの無線LANネットワークでMACアドレスを持つのは、この無線LANスイッチのみだ。すべての端末はAPではなく、無線LANスイッチに直接接続する形となる。
端末からの電波は、常に複数のUAPが受信している。この際、各UAPは電波強度とともに受信パケットを無線LANスイッチに流していて、無線LANスイッチは電波強度が最も強いUAPから届くパケットを選択的に利用して通信を行うことができる。AP間でのチャネル切り替え、ESS-IDの再認証、IPアドレスの再取得などが不要。このため、VoIPを使ったワイヤレス電話などローミング時の一時的な切断が起こらず、スムーズなハンドオフができるという。VoIP向けに高速なハンドオフを独自実装した機器も存在するが「ベンダごとにハンドオフのやり方が違い、互換性に問題がある」(コンファロニエリ氏)という。
現状の無線LANネットワークでは、1つのAPを真ん中にして、その電波到達範囲の両端にある端末同士は、互いに反対側の端末の存在が見えない。このためパケットの衝突が起こりうる。これは「隠れ端末問題」と呼ばれ、回避策は存在するがスループット低下の原因として知られている。フロアに各APをどう配置するか、オプション設定をどうするかといった計画段階やAP増設時に難しい問題となる。
こうした問題も、全体が有機的に制御されているエクストリコムの無線ネットワークでは問題にならないという。アクセスポイントが出すビーコンのタイミングなどを、すべてスイッチで制御しているためだ。
階層型の無線LANで帯域をフル活用
エクストリコムのように単一チャネルで広い面をカバーする方式は“第4世代無線LAN”と呼ばれ、同社以外にもメルーネットワークスなどが類似技術による製品を提供している。
上記のように単一チャネル利用のメリットは、AP配置設計が不要となること、端末のスループットを最大化しやすいこと、ローミングがスムーズに行えることなどだが、これらに加え、無線LANネットワークを階層化できるというメリットがあるという。
例えば、2.4GHz帯であれば802.11g/nの2つで、5GHz帯であれも802.11a/nに、それぞれ異なるチャネルを割り当てることができる。802.11nでは2チャネル分の周波数帯を束ねて1つのチャネルとして利用できる。これは大幅な高速化を意味するが、現実のシチュエーションでは802.11b/gの古い端末も混在するため、実際にはスループットが落ちるという。「11nの端末だけなら150Mbpsのパフォーマンスが出るが、そこに11gが混ざると約1/4の38Mbpsにスループットが低下する」(コンファロニエリ氏)。
階層型にネットワークを分離することによって、例えばVoIP、マルチメディア、データなどで分けられるほか、病院施設などでスタッフ向けと患者向けに別のネットワークを提供するような利用方法が可能という。階層化は標準でサポートしていてAPやスイッチの増設は不要という。
MIMOの“副作用”のために普及が遅れる11n
MIMOを利用することによるマイナスの副作用にも、エクストリコムの無線LANネットワークは無縁だという。MIMOの副作用としてコンファロニエリ氏は、消費電力の増大、ネットワークの不安定化、カバーエリアの拡大による低速度リンク領域の面積増大の3つがあるという。
コンファロニエリ氏によれば、MIMOの計算処理のために消費電力が増大し、多くの無線LAN機器ではPoE(IEEE802.3af)を規格通り実装したものではなく独自に拡張したもので提供しているという。エクストリコムのUAPはCPUを搭載しておらず、もともと低消費電力という特徴があるため、そうした独自拡張は不要だという。
MIMOは壁や障害物に反射した反射波を利用するが、そうした反射波の挙動は予測が難しく、このためMIMOが有効に利用できるエリアというのは「予測できない」(コンファロニエリ氏)のだという。「こうしたMIMOの欠点は誰も口にしないが、それは主に無線LAN製品がコンシューマをターゲットとしていたからだ。家庭にはAPが1台だけだから、これまで問題とならなかった」(コンファロニエリ氏)
MIMOを利用するとAP近傍でスループットは向上するが、カバーエリアの周縁部ではMIMOなしと変わらない。一方、MIMOによってカバーエリアは大きく広がるため、結果として低スループットの領域が広くなる。
コンファロニエリ氏によれば、MIMOにこうした副作用があることから「11nは予想されたよりも普及が遅れている」。11nという規格は通信エリアの拡大と高速化が目的だったが、実際の導入段階での課題が多かったという。
ワールドワイドで300〜500社が採用
エクストリコムは2002年の創業。本社と開発拠点をイスラエルに置く。北米、南米、欧州、日本、中国に営業拠点を持ち、顧客数は300〜500社程度。日本市場が占める割合は10%程度で、大学など40組織が採用しているという。同社は無線LAN技術で18件の特許を出願中で8件を取得済み。これまで2社に対して技術ライセンスを供与してきたほか、今後、1、2社に対しても技術を提供する計画があるという。
日本市場への参入は2006年。2007年に日本法人を設立し、現在は販売パートナー4社(住友電設、アライドレシス、丸紅情報システムズ、三技協)を通して製品を販売している。現在、ポート数が異なる無線LANスイッチ「EXSW-1200/1600/2400」と、同時対応チャネル数が異なるUAPをラインアップしている。価格は無線LANスイッチが240万円から。UAPは新バージョンの製品を6月末から7月にかけて出荷予定で、2チャネルタイプで13万5000円、4チャネルタイプで14万5000円を予定している。
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