App Storeは想像以上の市場の立ち上がり
iPhoneアプリ市場に参入した理由、UEI清水氏に聞く
2008/08/18
アップルCEOのスティーブ・ジョブズ氏が最近ウォールストリートジャーナルに語ったところによれば、iPhone/iPod touch向けアプリケーション配信サービス「App Store」は、サービス開始以来1カ月で6000万ダウンロード、3000万ドル(約33億円)の売り上げを達成したという。
一方、2008年7月のモバイル・コンテンツ・フォーラムの報告によれば、日本の2007年のモバイルコンテンツ市場は約4233億円。App Storeの売り上げが、今後初速を上回る勢いで伸びると仮定すれば、「33億円×12カ月=年間400億円」と、すでに日本のモバイルコンテンツ市場の1割の規模を超える可能性が出てきていることになる。
約4000億円ある日本のモバイルコンテンツ市場のうち約1000億円は着うた系だ。そのほかの内訳はゲームが848億円、電子書籍が221億円、待ち受け系227億円、装飾メールが116億円などとなっている。データとアプリケーションを分けて考えると、App Storeの売り上げと比較すべき市場は848億円のゲームぐらいだ。こう考えると、App Storeの立ち上がりは順調といえそうだ。
App Storeを通じたiPhoneアプリケーション市場は、今後IT業界、モバイル業界にどんな影響を与えるだろうか。
ズーミングインターフェイスを採用したiPhone/iPod touch向けメモツール「ZeptoPad」や多言語対応のコミックビューアの提供、モバイル向けサイト構築・運用CMSでiPhone対応を果たし、いち早くiPhone市場に参入したユビキタスエンターテインメント代表取締役社長兼CEOの清水亮氏に話を聞いた。
紙と鉛筆のようにシンプルな「ZeptoPad」
「ZeptoPad(ゼプトパッド)」(1200円)はシンプルなメモツールだ。紙に鉛筆で文字や四角を書いたり、それらを線をつないで考えをまとめるような用途に使える。拡大縮小が自由なキャンバスに、思いつくままにテキストや線を配置することで、マインドマップ的な使い方や、ページレイアウトのラフスケッチを描くといったことも可能だ。
作成したメモは画像としてエクスポートすることでメールに添付して送信できるほか、「Shake&Share」という機能で、ほかのユーザーと共有できる。同一無線APに接続したiPhone/iPod touchであれば、ZeptoPadを起動した状態で2台を同時に振れば一方から他方へとデータがコピーされる。Shake&ShareはMac OS Xなどで利用できるネットワーク機能「ボンジュール」とiPhone/iPadの加速度センサーを利用している。まずボンジュールであらかじめZeptoPadが起動している、ほかのZeptoPadを見つけ、ほぼ同一の周期、タイミングで「振られている」かどうかを判定。無線LAN経由でデータを転送している。
App Storeオープン初日に登録された汎用性の高いツールとして、ZeptoPadは注目を集めた。
――反響はいかがですか?
何本ダウンロードがあったかという売り上げは直接分からないんですが、国別のランキングはトラックしています。いちばん売れているのは日本ですが、アジア圏とか東欧で売れていたりもします。欧米のPDA情報サイトで取り上げていただいて「awesome」(素晴らしい)という評価をもらったりして、そういう反応はうれしいですね。
レビューやブログを見ていると、失望したという声も聞こえてきて、ちょっと日本では売れすぎてしまったのかなとも思っています。ZeptoPadは白い紙に何かしら書いて考えごとをしたり、人に何を伝えたりする人にはすごく使えるツールだと思うんですが、高機能なメモ帳のように捉えた方が多かったのかなと。
メモ書きとか、まとまった文章を書くような用途には標準のメモ帳のほうがいいんです。一方、ZeptoPadは、シリアルな情報とは違うものを表現するのに向いています。
――このオフィスのテーブルも全面が書き込み可能な紙の束でできていますが、もともと紙に何かのアイデアやメモを書くという文化が御社にあるんですか?
ええ、アイデアやメモを紙に殴り書きしてそれを誰かに渡すというのが私の仕事の1つのスタイルで、ZeptoPadはまず第1に自分がほしかったツールなんです。メールで送れる紙があればいいですけど、紙だと送れませんから、ZeptoPadがいいんです。今もちょうど、iPhone向けのアウトラインプロセッサを作ろうというアイデアのメモを社員宛にメールで送ったところです。
――アウトラインプロセッサというのはZeptoPadと別アプリケーションですか? 今後のバージョンアップの予定なども教えてください。
アウトラインプロセッサは別アプリです。ほかにも、お絵かきができるペイント系ツールを作りたいと思っています。ZeptoPadは96本しか線が引けないんですが、これでは絵はつらい。これはZeptoPadの制限というより、iPhoneのヒープメモリの制限なんです。ベクトルデータじゃなくてビットマップデータなら、それなりに動くんじゃなかと思っています。
ZeptoPadの次期バージョン、Version1.5は今デバッグ中なのですが、描ける線の数を96本から128本に拡張したほか、メモリが許す限り無制限で使えるワークシート、貼り付け画像の画質向上、グリッド表示への対応、テキストや写真、線分といったオブジェクトのグループ選択や、オブジェクトの回転機能などを加えています。
海外販売網としてのApp Storeは「夢のような世界」
――iPhone向けアプリケーションを作ろうと考えたのはなぜですか?
もともと2008年の目標として、海外市場で少しでもいいから売り上げを立てようというのが会社としてありました。しかし、現在われわれはケータイサイト向けCMSを中心にビジネスをしているのですが、これは海外で売るのは難しい。北米やヨーロッパを視察してきたんですが、難しいなと。そもそも公式サイトがどうなっているかも分からない。
これは逆も同じことが言えて、われわれがCMSをなぜやっているかといえば参入障壁が高いからです。グーグルが日本の3キャリアに対応したCMSを作るのは難しい。技術的に難しくないかもしれませんけど、ビジネス的に難しい。日本の中小企業向け市場で弥生会計が売れていて海外のアプリケーションが入ってこられないのも似たような話です。
――グローバルに展開する大企業と異なり、中堅・中小では日本のビジネスアプリケーションが支持されていますよね。
弥生会計は日本の商習慣や会計基準に特化していて、ソフトウェアというよりも、コンサルティングサービスという面が強いですからね。ケータイサイト向けCMSもそうです。
だからわれわれとしては、言語や文化に関係なく海外で売れるソフトウェアということで、シンプルで紙のようなツールを作ったんです。
――海外向け販売網としてApp Storeは有利だと。
うちのような零細企業がペルーに現地法人を作って販売なんてできませんよね(笑)。日本のコンテンツプロバイダだと、成功してもせいぜいアメリカ、ヨーロッパ、中国ぐらいで、他のアジアや南米の国に売りに行くなんて、まあないですよね。
App Storeは22カ国、もしかしたら年内に60カ国になりますけど、それだけの国に対してたった1度の承認でモノが売れる。夢のような世界ですよ。
――App Storeに対しては、登録に時間がかかりすぎるとか、登録できるアプリケーションに制限があるという批判も強いです。自分たちが開発したアプリケーションがApp Storeに登録できなかったと苦情を述べている開発者もいます。
そういう開発者の多くはjailbreak(iPhoneやiPodのシステムを非公式な手段で改変して自作アプリケーションをインストール可能な状態にすること)してソフトを作っていた人たちだと思うんですけど、そもそも日本の携帯ではjailbreak自体が違法行為です。電話には特別な法律が適用されるので、汎用コンピュータと同じようには扱えないのは当然だと思います。
電話として必要な制限ってあるわけじゃないですか。例えば動画の録画や再生を行うソフトだと、3Gネットワークの負担が大きくなりますが、そのコストを誰が払うんだという議論があります。現実にはそれぞれのキャリアが払うわけですけど、そこでビジネス的な調整をやらずに自分たちの都合だけで「登録させろ」と主張するのは良くないと思います。
暗号や圧縮といった技術でも、国ごとに特許や規制で使えるものが違います。国によっては、そうした特許の問題がクリアであることを端末メーカーが保証しろというケースもあるでしょう。
こうした問題を全部アップルが調整することを考えたら、いまの状況も奇跡的なバランスの上に成り立っている話だと思います。
――そういうことを考えるとアップルがApp Storeでの売り上げの30%を取るというのも高くない?
もともと欧米のキャリアって30%取るんですよ。それに現地法人を作って、現地キャリアと交渉して、さらに法的な問題をクリアしてコンテンツを出すなんていうと、大変ですよね。アップルはホスティングまでしてくれるわけで30%なんて全然高くないですよ。
――そういう意味ではアップルはコンテンツプロバイダに門戸を開いていると。
私は北米のドワンゴでバイスプレジデントをやっていましたし、オランダやドイツでコンテンツを出していましたけど、もう全然お話にならないぐらい厳しいですよ。厳しいというより現実的に無理なんです。
キャリア側もビジネスをやらせてくれないわけじゃないんですよ。向こうもやりたいし、こっちもやりたい。ところが障害が多すぎるんです。ヨーロッパは1つ1つの国の人口が数千万人と小さく、しかも言語、キャリア、法規制がまちまちで、あまりにも大変。今でこそキャリア統合が進んできましたが、モバイル向けコンテンツ市場でビジネスをするというのは、EUになる前のヨーロッパと取引するようなものでしたね。それがApp Storeなら1度の承認で完結するわけですから、これはすごいです。
従来のどのキャリアと比べてもApp Storeは“オープン”
――App Storeではアプリケーションの登録やアップデートの登録に審査時間がかかりすぎるという批判もあります。早くても1、2週間かかっているようです。
それは私も困っていることなんですけど、それでも日本のキャリアと比べると、非常に早いと言えます。NTTドコモだと、新しいサービスを作ってリリースするまでに、どんなに早くても1カ月はかかります。面談しなきゃいけないとか、しかもドコモの会議が月に1回しかないとか、そうした事情もあります。棄却される確率も高いです。
KDDIのBREWだと、間違いなく3カ月はかかりますよ。しかも、テストでバグが判明したら、何度目からかは再試験費用をコンテンツプロバイダが負担するという事実上の罰金制度もありますよね。アップルはデバッグまではしてくれませんけど、ワールドワイドで無料審査をやってるわけですから、文句なんて言えません。
――なぜほかの日本のモバイル向けコンテンツ、サービスプロバイダはiPhoneで海外に売りに出ないんでしょうか。
海外に出て行けるチャンスですけど、出て行かないのも1つの答えかなと思っています。それに実は海外で勝負できるコンテンツって日本にはあんまりないですよね。
――ゲームとか?
一部のゲームだけですよね。ほとんど外に出せません。乗り換え案内って不要ですよね。ニュースも売れません。音楽も相当厳しいはずです。われわれがやってるみたいにツールか、普遍性のあるゲームぐらいしかない。ハドソンはiPhone向けゲームでうまくやってますけど、ボンバーマンが売れてるのは日本だけですしね。
それに、ゲーム業界って未来がないですよね。
――えっ、ふつうに考えたらゲーム業界は明るいですよね。任天堂とか……。
いえいえ、ふつうに考えたらゲーム業界ってなくなりますよね。任天堂はもともとゲーム屋じゃないですよ。
いわゆるコンピュータゲームって、コイントスとかボードゲームという広い意味での“ゲーム”からすると特殊だったんですよ。歴史的には相手がいるものがゲームだったわけですから。
いま純粋にゲームだけで成り立っている会社って少ないですよ。パチンコ会社や携帯コンテンツ会社の傘下に入っている会社も少なくない。そのせいか、ゲーム業界を目指す若者も減っています。
意外に高い、App Store進出への壁
――なるほど、確かに昔の意味でいうゲームに明るい未来があるような感じはしません。それにしても、もう少し日本のコンテンツプロバイダはiPhone向けに乗り出してもいいのではないかという気もします。
日本市場でiPhoneが覇権を取ることはないと思うんですよね。だから無理に出すことはない。
でも日本のコンテンツプロバイダだってiPhone向けのプロダクトを出したくなかったわけではないんですよ。われわれがApp Storeスタート時点で出せたのを見て、悔しく思っている同業他社があります。
出そうと思ったけど、そこまでたどり着けなかった会社がいっぱいあるんです。
App Storeでソフトウェアを売るというのは、海外取引なんですね。これは国際取引の経験がない会社にはおいそれとはできません。例えば、国をまたいで税金の二重取りを防ぐ租税条約というのがあって、App Storeでの売り上げからの租税を米国で払うことができます。そのために法人でApp Storeに登録するには「EIN」(Employer ID Numbers)という納税番号が必須なんですが、日本の多くの開発者は、それすら分かってませんでした。私はマイクロソフト本社とか、韓国の会社と契約したこともあったので、何が必要かだいたい分かっていましたけど。
英語も大きな壁です。EINを即日取得するにはIRS(Internal Revenue Service;米国内国歳入庁)に電話しないと駄目なんですけど(注:即日でなければFAXや郵送も可)、米国滞在経験のある私でも難しかったです。たまたま担当者が南部訛りがひどい人だったからかもしれませんけど、「何言ってるんだ、この人は」みたいな状態でした(笑)
開発者登録するには法的な契約の文章も読まなきゃいけないし、かなりの英語力が要求されます。ソフトウェアだからといって、アップロードし、ダウンロードしてもらって終わり、というわけにはいかないわけです。
あと、ガッツですよね。Objective-Cを使うという新しい開発環境が出てきたときに、すぐに理解してアプリケーションを書けるか、という。例えばiアプリが出てきたときには、すでにJavaを学ぶ環境は整っていて、新卒に1週間で作らせることもできました。でもiPhoneだと、ちょっとやそっとでは対応できないですよ。Webで文字処理とかデータベースしかやってない人が、Objective-CでイチからUIを書けっていっても一朝一夕ではできませんよね。
iPhone SDKはドキュメント類も充実しています。NTTドコモのSDKのドキュメントって1時間ぐらいで読めちゃうんですけど、iPhone SDKは全部読もうと思ったら1週間ぐらいかかるんじゃないでしょうか。Mac OS Xの半分ぐらいあって、かなり膨大です。われわれがMacの開発に慣れていないということもあるかもしれませんが、この膨大な英文ドキュメントから必要なところを読んで、それを理解して実装するってそんなに簡単ではありませんよね。
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