ARM採用ネットブック登場は秒読みか

クラウド隆盛でARMは、さらに伸びるか

2009/01/13

 最も贅沢なモバイル環境とは何だろうか? もしそれが、バッテリの残り時間を気にする必要がない端末だとしたら、ARMアーキテクチャを採用したプロセッサは、x86アーキテクチャよりも有利かも知れない。組み込み向けプロセッサとして不動の地位を占めるARMベースのプロセッサは、バッテリ持続時間が長いことで知られるからだ。

 現在は各種組み込み系のほか、スマートフォンでの採用が主のARMだが、スマートフォン向けのソフトウェアスタックの高機能化と相まって、徐々にMIDやネットブックと呼ばれる端末にまで採用が広がる兆しが見えてきた。

ARMベースのネットブック登場か

 ネットブック元年とも言える勢いでネットブック市場が活気づいた2008年。ネットブックのほとんどはx86ベースのインテル製Atomを搭載していた。しかし、ここに来て違う動きも出てきた。

 フリースケール・セミコンダクタは1月6日、8時間の連続バッテリ動作を可能にしたネットブックPCを200ドル以下で実現する総合ソリューションの提供を開始すると発表した。これはARM Cortex-A8を採用したi.MX515プロセッサをベースとしたもので、ハードウェアベンダがネットブックPC製品を開発するためのソフトウェアのコンポーネントを取りそろえているという。

 i.MX515プロセッサのCPU周波数は600MHzから1GHzの性能レンジと、一般的なPCに比べると高速とは言えないが、ファンレスで長時間のバッテリ駆動が可能というのは魅力だ。

 i.MX515をベースとしたリファレンス・デザインのネットブックPCは、Ubuntu Linux、電力管理IC、超低電力オーディオ・コーデック、Adobe Flash Lite、携帯電話端末向けのFlash Playerを搭載しているという。ハードウェアベースのビデオアクセラレータのほか、2D/3Dグラフィック標準のOpenVGやOpenGLもハードウェアレベルでサポートする。アドビとの協業によりFlash PlayerはOpenVG経由でハードウェアアクセラレーションが効くのだという。つまり、CPU自体はそれほど速くなくても、Webブラウジング環境を備えたネット端末としてはx86ベースのPCに劣らない快適さを実現できる可能性がある。

ARMへなだれ込むソフトウェア群

 iPhone(Mac OS X)やAndroid(Linux)がARM対応であるのは指摘するまでもないし、iPhone、Androidの強力な対抗馬として伏兵のように現れた「Palm Pre」も、ARM11ベースのTI製プロセッサ「OMAP3430」搭載と、スマートフォンは軒並みARM優勢だ(ちなみに、iPhone、Android、Palm webOSともにARM上のWebKitをレンダリングのコアエンジンに使っている)。こうした背景を考えれば、アドビ自身がARMプラットフォームへの移植に積極的なのも自然なことだ。

 さらに、この流れに乗るかのように、UbuntuやMozillaなどオープンソースプロジェクトもARM対応に前向きに動き始めている。「Handheld Mojo」はLinuxのカーネルだけでなく、1万個以上のパッケージを含むディストリビューション全体をARMへ移植するプロジェクトで、これはノキアが支援している。その成果として、ノキアのインターネット端末「Nokia N800」ではMozillaベースのWebブラウザやFlashプラグイン、Skypeなどのアプリケーションが稼働している。

 英カノニカルは2008年11月に「Ubuntu Desktop」をARMv7アーキテクチャに対応させると発表した。従来のx86アーキテクチャ向けのデスクトップ版同様にWebサイトやCD-ROM配布によってARM対応版Ubuntuを2009年4月にリリースするという。

 ソフトバンクグループを率いる孫正義氏が繰り返しビジョンを述べる際に用いる言葉、「モバイルを制するものがインターネットを制する」が妥当であるなら、ARMを制するものがインターネットを制する――、モバイル(ARM)で遅れを取ることは致命的だと誰もが考え始めているかのようだ。

 モバイルの世界や組み込み向けではARMの強さは圧倒的だ。PCの出荷台数は年間3億台程度で、x86ベースのプロセッサの市場規模もほぼこれと同等と考えられる。一方、ARMベースのプロセッサは年間30億個も出荷されている。単純にプロセッサ数だけを比較すれば、むしろ挑戦者はx86陣営だ。

 現在、ネットブック市場で圧倒的な支持を得ているのはインテルのAtomプロセッサだ。しかし、インテルが主張するほど、x86アーキテクチャをターゲットとしたソフトウェア資産の豊富さに優位性はなくなりつつある。それは、カギとなるFlashやWebブラウザなどのARMへの移植・最適化が加速していることが理由の1つだが、そのほかにもローカルアプリケーションからWebアプリケーションへのシフトや、Javaなどマネージドコードによるアプリケーションのポータビリティ向上といった理由もあるだろう。

 もっと端的に言えば、クラウドコンピューティングが一般化すればするほど、CPUアーキテクチャの違いは小さな問題になっていく。AndroidアプリケーションはJava VM上で動くし、Palm Preのアプリケーションはもっと上位レイヤーのJavaScript+HTML5で動く。こうなれば、ARMとx86がソフトウェア資産ではなく、処理性能やバッテリ性能、マルチメディア処理との相性などで正面衝突することになるだろう。

 x86アーキテクチャのソフトウェア上の優位があるとすれば、Windowsとオフィス製品の存在だ。そして、これら2つはもはや同義だ。個々のユーザーが使う2、3の特殊なネイティブWin32アプリケーションを除くと、“ウィンテル”でなければならない場面は減り続けている。PCを使ったクリエイティブな仕事の場面では、今後もユーザーはネットブックではなくPCを使うだろうが、そうでないシーンではネットブックの比率が増える可能性がある。

 iPhoneはすでにWebブラウジング端末として無視できない量のトラフィックを生んでいる。ここにAndroidが加わればWebにアクセスする端末のかなり多くがARMベースに変わってくることになる。FlashのARMへの移植・最適化やJavaScriptの高速化の結果、スマートフォンによるWebサービス利用は現在以上に実用的になっていくだろう。

 市場で成功するかどうかは別として、ARM採用のネットブックが登場する下地は整いつつある。iPhoneをスケールアップしてキーボードを付けたARM採用ネットブックをアップルが計画しているとの噂が流れるのも、こうした状況を反映している。

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(@IT 西村賢)

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