ウインドリバー バイスプレジデントに聞く

「Androidはまだ本当の意味でOSSと言えない」

2009/04/01

 「Androidはまだ本当の意味でOSSと言えません。ソースコードは入手可能です。しかし、まだコミュニティによるガバナンス体制になっていません」。こう語るのは米ウインドリバー バイスプレジデントのクリス・ペレット(Chris Perret)氏だ。

 Androidを搭載した携帯電話端末は、個別に製品名があるにもかかわらず“Google Phone”と呼ばれることがある。Androidは多数のプレーヤーが名を連ねる業界団体、OHA(Open Handset Alliance)が推進しているプロジェクトでありながら、事実上グーグルのプロダクトといえる状態にも見える。Androidを取り巻くコミュニティは、今後どう変化していくのか? 端末ごとの非互換性の温床となるソースコードのフラグメンテーションは起こらないのか?

 各国のキャリアや端末メーカー、チップメーカーと緊密に協力しているシステム・ソフトウェア・インテグレータ ウインドリバーのペレット氏に話を聞いた。

グーグルが発揮する強固なリーダーシップ

windriver01.jpg 米ウインドリバー バイスプレジデント GM ワールドワイドサービス クリス・ペレット(Chris Perret)氏

 Androidはまだ本当の意味でOSSと言えません。しかし、もっとも成功したOSSイニシアチブの例として、Eclipseを考えてみてください。Eclipseコミュニティの初期の立ち上げ時には、IBMは非常に積極的に投資し、運営委員会に人を送るなどして運営しました。強いリーダーシップは初期の立ち上げ時には良いものです。Eclipseは、扱うアーキテクチャやOSが複数あり、利用目的も多様で、非常に複雑なプロジェクトでしたから、IBMの強いリーダーシップがなければ、すぐにフラグメンテーション(分断)を起こしていたことでしょう。

 グーグルはEclipseと同様のチャレンジに挑んでいて、これまでのところ正しいアプローチを取っていると思います。自らガバナンスを規程し、常に技術的にも中心にいます。これは独裁や特権的地位の確保といったことではありません。現に、われわれも参加して、貢献することでコミュニティ全体が成長しつつあります。長期的な成功に必要なのは、安定性や目標のブレのなさ、リーダーシップといったことなのです。

 フラグメンテーションを防ぐことは重要なテーマです。われわれのように強力なコマーシャルプラットフォームを提供していくことで、Androidを安定したプラットフォームとしていくことができます。サムスン、京セラ、そのほかキャリアらは、安定したプラットフォームを手にできるのです。

インテグレーションに商業化は不可欠

 グーグルが提供するのは安定したミドルウェアのAPIです。そのために彼らは大変な努力をしています。しかし、グーグルが提供するAndroidのソースコードは100万行に少し欠ける程度。それがLinuxディストリビューションの上に載っているだけなのです。

 現実の携帯電話端末を作るには、Java、C++、C、アセンブリなど異なるソフトウェアやミドルウェアの統合が必要で、その組み合わせは数千にも上ります。さらにそれらをカーネル、デバイスドライバを統合し、十分テストをした上で実際の製品としてリリースできます。この意味で、グーグルが商用プラットフォームや製品を作っていると考えるのは、ちょっと短絡的です。Androidを使って製品を仕上げるのは、実際には途方もなく複雑な仕事なのです。

 kernel.orgがリリースする最新のLinuxカーネルは、910万行のソースコードを含みます。TI、Qaulcomm、Marvel、STマイクロなど各ベンダはそれぞれ独自のコードを持っていて、典型的には15〜17%はkernel.orgのものと異なるコードを含んでいます。彼らは個別のハードウェアプラットフォーム上で、自分たちの持つアプリケーションとミドルウェアを統合し、そうしてできた1000万行のソースコードが、すべてバグがなく稼働することを検証する必要があるのです。

 そうした検証を行うのが“商業化”ということで、そこにわれわれウインドリバーのような企業の存在意義があります。われわれはTIやQualcomm、Marvel、エリクソンといったベンダと緊密な協力体制を持ちつつ、徹底したテストを行っています。われわれがやらないとすると、端末メーカーやチップベンダがそれぞれ個別にインテグレーションをすることになりますが、そうなるとソースツリーのフラグメンテーションが起こるおそれが強まります。

現実は「Write once, test everywhere」

 オープンソースと商業的な成功には大きなギャップがあります。商業的成功には、プラットフォーム全体のテスト、品質管理、インテグレーションが重要で、われわれが過去2年間でやってきたのは、自動テストフレームワークやテスト・オーサリングツールへの投資で、Androidというソフトウェアスタック全体の安定性を高めるためのことです。

 APIさえ安定していればアプリケーションの互換性には問題がないとお考えになるかもしれません。もし世界が完璧な場所というのなら、そうでしょう。しかし、Javaが初めて出てきたときのことを覚えていますか? スローガンは「Write once, run anywhere」でしたが、現実には「Write once, test everywhere」でしたよね。

 重要なのは安定したテスト基盤があるか、ということです。なぜなら、基盤にあるハードウェアからは決して逃れることができないからです。キャリアには電話帳など独自アプリケーションがあるかもしれません。端末にはカメラ、マルチディスプレイ、独自の省電力機能などがあるでしょう。

 もしこれらのハードウェアの何か1つが正しく実装されていなければ、その端末上でのユーザー体験は不安定なものになるでしょう。ハードウェアのリソース競合が起こって予測不能な動作をするかもしれません。これが、われわれのような商業的なインテグレーション・パートナーが求められる理由です。

Linuxにおけるレッドハットに似たビジネスモデル

 われわれのビジネスモデルは、Linuxに対するレッドハットのように、Android上でサードパーティー製のアプリケーションまでを統合すること、そのための技術支援とサポートを提供することです。まだ具体的にどれと決定はしていませんが、テスト・スイートの基盤は一部オープンソース化することも考えています。

 Linuxを使うのに誰もがRed Hat Enterprise Linuxを必ずしも必要としないように、われわれウインドリバーも万人向けというわけではありません。Linuxと同様に、オープンソースのコミュニティも重要です。新たなデバイスへの対応や、イノベーション、プロトタイピングといったことは、すべてオープンソースの世界で起こるでしょう。アプリケーション開発や、プロトタイピングのための環境構築もオープンソースのものを活用して非常に安価に実現できます。そうして出てきたプロトタイプを、数百万台規模で出荷できるレベルにまで統合することを支援する、それがわれわれの役目です。

 OHAでは、「Android認定とはどういう意味か」という議論が始まっています。最低限サポートすべき機能やデバイス、APIを規定することになるでしょう。ただ、まだ1台目のAndroid端末が登場して数カ月という段階なので、そうした仕様がすぐに登場することはありません。

 グーグルはアップルがiPhoneでそうしたように、対応製品が登場するまでAndroidの存在を隠し通すこともできたことでしょう。そうしたほうが良かった面もあるかもしれませんが、少しずつ実装や製品を見せていくというグーグルのやり方によって、われわれは、今後何が起ころうとしているのかという洞察を得ることができました。これによって数十を超える製品が同時進行で製造中で、年内にもリリースされるというような状況が出てきました。しかも、その数十の製品が1つのキャリアから出るのではなく、世界中のあらゆるメジャーなキャリアから出るという状況が可能だったのです。

 現在、数十のデバイスが開発中で、向こう12カ月の間にも、世界中のすべてのメジャーなキャリアが、Android端末をリリースする意向です。

LiMoはOEMベンダ、Androidはキャリアのためのもの

 Linuxベースのモバイル端末向けソフトウェアスタックとしては、業界団体「LiMo Foundation」のLiMo Platformがあります。LiMoは良いプラットフォームだと思いますが、Androidとは少し違います。

 LiMoはOEMメーカーが開発コストを削減することを目指したものでオープンソースのメリットを最大限に生かしています。一方、Androidはキャリアにとって有効なものです。キャリアが持つネットワークインフラをマネタイズできるからです。

 NTTドコモはネットワーク資産をマネタイズできた世界でも数少ない会社の1つです。さまざまな独自アプリケーションがあり、開発者の層も厚い。しかし、これは日本市場に限った話で、日本以外には普及していません。世界の、ほとんどのキャリアはNTTドコモほどの投資ができないのです。

 Androidプラットフォームは、こうしたキャリアにとって、自分たちの利用者に向けて差別化したユーザー体験を提供するための標準プラットフォームとなります。

ケータイを超え、Androidが開く可能性

 iPhoneの登場は驚異的でした。私も大好きです。アップルは、まったくミスをしませんでした。そして、われわれはみな、iPhoneというデバイスを見て、それがどう動くのかを理解しました。

 たとえiPhoneほど良くはないにせよ、今や誰でもiPhoneのような電話端末を手に入れることができます。iPhoneにしかできないことは、マルチタッチのリサイズなど一部で、後はデザインの問題とも言えます。

 われわれは、Androidコミュニティで、革新的なエンタープライズサービスやサブスクリプションベースのサービスが登場することを期待しています。Google Phoneは、これまで誰も考えつかなかったような使い勝手でオフィスとユーザーをシームレスにつないでくれるようになるでしょう。私にはそれがどんなものか分かりませんが、優秀な開発者がたくさんいるのです。

 遠からず、Androidはわれわれが考えなかったようなシーンで利用されていくことになるでしょう。ネットブックや、クルマのナビゲーションシステム、デジタルテレビのSTBなどです。STBではVoIPが利用でき、iPhoneのApp Storeのようにアプリケーション販売も出てくるなど、これまでとはまったく異なるビジネスモデルも登場するでしょう。

 そう考えると、異なるニーズに対応するために、Androidプラットフォームは、時間とともにLinuxのように自然に“ブランチ”に分岐していくでしょう。コアAndroidに対して“プロファイル”のような形で、小型デバイス向け、ネットブック向け、ヘッドアップディスプレイ向け、STB向けなどとして提供されるかもしれません。

 われわれが見たいデータの9割方は似たようなものであり、すでにデバイスのコンバージェンス(収束)が起こっているという現実を受け入れるなら、後はもうフォームファクタだけの問題です。異なるデバイス間、異なるプロファイル上で、同じコードベースが利用される、ということも出てくるでしょう。そうしたケースでは、やはり多様化するデバイスをサポートするツールの商業的サポートが欠かせないと思います。

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(@IT 西村賢)

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