Webに欠けている高圧縮動画コーデック

グーグルがOn2買収、videoタグの膠着状態に終止符か

2009/08/06

 2009年8月5日、グーグルは動画圧縮技術ベンダのOn2 Technologiesを買収すると発表した。約1億ドルに上るこの買収によって、膠着状態となっていたHTML 5のvideoタグ問題が大きく前進する可能性が出てきた。

標準のないvideoタグのコーデック

 HTML 5に盛り込まれる新機能の中でも期待が大きいvideoタグだが、長らく暗礁に乗り上げた状態が続いている。もともとHTML 5では、videoタグで利用できる動画圧縮コーデックとして「Ogg Theora」(Oggはメディアコンテナフォーマット、Theoraは動画コーデック。このほかオーディオコーデックとしてVorbisもOggとともに使われるが、略称としてはOgg TheoraもしくはTheoraと呼ぶことが多い)を使うことになっていたが、2007年には、このアイデアが破棄され、現在のHTML 5のドラフトでは、videoタグではコーデックについては、何も規程がないままとなっている。

 現在、マイクロソフトを除く主要Webブラウザベンダは、videoタグを実装済み、もしくは実装したベータ版を公開しているが、採用するコーデックはまちまちだ。対応コーデックが違っても、クライアント側で対応可能なコーデックにフォールバックすれば良いという考え方もあるが(Mozillaのクリストファー・ブリザード氏が示したデモ)、サーバ側の容量負担のことを考えれば、メジャーなサイトでは難しいアプローチだろう。

ブラウザ H.264 Ogg Theora
Mozilla Firefox ×
Safari ×
Opera ×
Google Chrome
Chromium ×
IE

各ブラウザのvideoタグでのコーデックサポート。videoタグについてマイクロソフトの公式コメントはない

 MozillaとOperaは、Webの世界が、誰もが自由に実装可能な標準規格によって成立することが重要との立場から、ライセンスフィーが発生するH.264をサポートせず、Ogg Theoraのみをサポートしている。Mozillaファウンデーションのアルン・ランガナサン(Arun Ranganathan)氏は最近、Betanewsインタビューに答えて、今後もOgg TheoraをHTML 5の標準に含めるようロビー活動を続けると明言している。

 一方、アップルはサブマリン特許が潜んでいる可能性があることと、iPodのような非力な端末上でのハードウェアデコーダ対応が欠かせないことなどから、SafariではOgg Theoraをサポートせず、H.264のみの対応としている(Ogg TheoraはH.264に比べて計算負荷が低いので、これはナンセンスだという反論もある)。アップルはOgg TheoraをHTML 5に「サポートすべき」(should)というレベルで入れることにすら反対している

 グーグルはオープンソース版のChromiumにはH.264コーデックを入れてないが、ChromiumをベースにビルドしたGoogle ChromeではH.264とOgg Theoraの双方をサポートしている。

 マイクロソフトはHTML 5のvideoタグに関しては、サポートするともサポートしないとも公式にコメントをしたことがない。

YouTubeがOgg Theoraではダメなわけ

 Ogg TheoraはYouTubeには使えない――。

 グーグルでオープンソース関連のプログラマネージャを務めるクリス・ディボナ(Chris DiBona)氏が2009年6月13日にHTML 5ワーキンググループのWHATWGメーリングリストに投じたメールが波紋を広げた。ディボナ氏は、Theoraの圧縮率はH.264やほかのモダンなコーデックに比べて低すぎると指摘したのだ。

 「もしYouTubeがTheoraに移行して現在と同じ画質を維持しようと思ったら、インターネット上で利用可能な帯域のほとんどを食い尽くしてしまうだろう」

 DailyMotion、WikipediaのようにOgg Theora/Vorbisをサポートするサイトも一部にあるが、本格的に動画コンテンツを扱うにはOgg Theoraは不十分というわけだ(これにも反論がある)。

 同社は2009年5月に開催したGoogle I/Oでvideoタグを使ったデモンストレーションで観衆にHTML 5の可能性の大きさを示したが、そのデモンストレーションで使われていたコーデックは、実はH.264であり、オープンな標準にこだわる同社としては、YouTubeでのFlash利用と同様に、矛盾をはらんだものだった。

On2 Technologies買収でvideoタグに標準コーデック?

 グーグルにしてみれば、1日10億ストリームというYouTubeのようなマンモス動画サイトを運営するために最良の動画コーデックを選択する必要がある。一方、インターネットを構成する技術がオープンなものであることの重要性についてはMozillaやOpera同様に考えているはずだ。

 2009年8月5日に同社が発表したOn2 Technologiesの買収は、まさにこの矛盾を解決するものになる可能性が高い。

 On2 Technologiesは動画圧縮技術のトップベンダで、AdobeのFlashやSkype、JavaFXなどでも採用されている。On2の動画コーデックはVP3、5、6、7、8などとバージョンで呼ばれているが、Ogg Theoraは、実はOn2が寄贈したVP3のコードをベースにXiph.Orgが開発を続けているものだ。Xiph.Orgは2009年末に次バージョンのTheora(コードネーム:Thusnelda)をリリース予定で、5月末にはAlpha2版をリリースしている。Thusneldaは、現行のものよりも圧縮率が高く(=同ビットレートで画質が良い)、H.264にこそ届かないものの十分に改善しているという。

 一方、On2のほうはVP5、6、7、8と次々と技術改良を進めて、最新のVP8ではH.264の高画質モードすら超える画質を実現できるとしている(動画サンプル)。

vp.png On2 Technologiesが公表しているコーデックの性能の違い。PSNRという動画コーデックで一般的に用いられる指標で、H.264よりもVP8が良い結果を示しているとしている

 On2買収の後、グーグルはVP8相当の動画コーデックをオープンソースとしてリリースする可能性が高いのではないか。HTML 5のvideoタグには、オープンで、十分に高い圧縮率を提供するコーデックが今のところ欠けている。Ogg Theoraは今後1年待ってもH.264に追いつけそうにない。

 つまり、Xiph.OrgというコミュニティベースでのTheoraの開発に業を煮やしたグーグルが、フルタイムで動画圧縮技術に取り組むトップ開発者たちを丸ごと買い取って、それをWebへ還元しようとしているのが、On2買収の構図ではないか。買収に際してのグーグルの発表文には、「われわれはユーザーにとってのWeb体験がより良くなるよう多くの時間を費やしていて、動画圧縮技術はWebプラットフォームの一部であるべきだと考えている」とある。

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(@IT 西村賢)

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