[Analysis]

OSS界にリリースリズムの「同期」呼びかけ

2009/08/31

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 Linuxディストリビューション「Ubuntu」の創始者、マーク・シャトルワース氏が興味深い呼びかけを続けている。フリーソフトウェアのプロジェクトには大小さまざまなものがあるが、特にLinuxディストリビューションを構成する主要なプロジェクトに関して、そのリリースサイクルを同期してはどうだろうか、というものだ。

 シャトルワース氏の問題意識は、こうだ。現在、LinuxにはRed Hat Enterprise Linux、Fedora、SUSE Linux、Debian、Ubuntu、Gentooなど多くのディストリビューションがあるが、各ディストリビューションに含まれるソフトウェアのバージョンは、同時期で比較してみてもバラバラで、長期で使われるディストリビューションでは、このバージョンの相違が無用なコストにつながっている。多くのユーザーは自分が使うバージョンを正確に把握しているわけではなく、これがバグ修正やサポート上、大きなコストになるというのだ。

 2009年8月5日付けでDebian GNU/Linuxのメーリングリストにシャトルワース氏は、「On cadence and collaboration」と題した長文メッセージを投稿している。投稿メッセージの主眼は、DebianとUbuntuの歩調合わせおよびより緊密な協力体制の確立についてだが、リリースを同期させるという動きが「もしUbuntuとDebianという枠組みを超えていけば、そのとき、これは最大、最良のインパクトを持つことになる」と、フリーソフトウェア界全体に対する提案だと強調している。もし実現すれば、プロプライエタリなソフトウェア業界では考えられなかったような、産業界全体での協調ができるのではないか、とシャトルワース氏は大きな絵を描いて見せている。

 LinuxユーザーはフリーソフトウェアをプロジェクトのWebサイトやレポジトリから直接ダウンロードして使うことはまれで、ディストリビューションが配布するものを使っている。そしてディストリビューションに含まれるソフトウェアのバージョンはまちまちだ。このため、エンドユーザーからのバグ報告の評価やパッチ適用が難しくなる上に、“安定版”リリースへどの程度リソースを割くべきかの判断が難しくなる問題がある。

 シャトルワース氏の提案は、こうだ。あるリリースタイミングに向けて、各ディストリビューションに含める主要コンポーネント(カーネル、GNOME、Mozilla、X、OpenOffice.org、GCCなど)のバージョンを固定する。固定されたバージョンについて、ほかのコンポーネントと整合性を取ったり、バグ修正を行うなど、どこまで品質を高めるか、どのソフトウェアを含めるかは各ディストリビューションごとの判断とする。あるディストリビューションは早期にリリースするかもしれないし、品質を重んじて、ある程度テストが落ち着いてからリリースするディストリビューションもあるかもしれない。重要なのは、ある時期にリリースされたLinuxディストリビューションに含まれるコンポーネントが、同じバージョンのソフトウェアを含んでいるということだ、という。

 一定サイクルで確実にリリースを出す、というスタイルは、すでにフリーソフトウェア界に広まっているとシャトルワース氏は指摘する。Ubuntu自身、6カ月おきの定期リリースを約束して着実にリリースを繰り返しているが、Linuxカーネル、GNOME、KDE、X、Fedoraなど、定期リリースは広く実践されている。機能が十分に出そろい、準備ができたらフリーズして、リリースするというポリシーのために、リリース時期が予測不能で遅れがちとなったDebianプロジェクトでも、ついに2009年7月に定期リリースへの移行を発表している。

 6カ月程度の短いサイクルでの定期リリース採用が進む理由には、開発者のリソースをうまく引き出すのに、それがベストだという経験則があるようだ。明確な締め切りのない仕事は必ず遅れる。リリースの目標が明確であれば、開発者はより集中して開発に取り組める。リリース目標までに実現のめどが立たない機能追加は次期リリースに回すだろうし、役に立たないコードは省かれ、コードもクリーンに保とうとするだろう。もちろん、常に6カ月サイクルだと、長期的に取り組む大きな課題がいつまでも実現できないので、2〜3年という“メタサイクル”のようなものを考えればいいのではないか、とシャトルワース氏は考察している

ファッション業界や自然界に学ぶ

 もちろん、シャトルワース氏への提案には批判もある。中でも、あまり同調を強調すると、各ディストリビューション間の競争や多様性がなくなるのではないか、という批判は妥当だろう。

 この点について、シャトルワース氏は「Economic clustering and Free Software release coordination」と題するブログ投稿の中で、ブログ読者から寄せられたという3つの面白いアナロジーを紹介している。

 1つは自動車産業では、新商品発表がメーカーを問わずほぼ同時期で、エアバッグ、ABS、シートベルト、バンパーなど要素技術には、ほぼ同等のものがベースラインとして採用されているということ。エコノミーカー、セダン、軽トラックなど、製品ラインアップも似ている。これは、デスクトップ版、サーバ版、モバイル版があるLinuxディストリビューションと非常に似ているとシャトルワース氏は指摘する。そして、似たような製品カテゴリーで技術的な類似があったとしても、ユーザーはブランドに対するロイヤリティーを持っていて、そうそう簡単には乗り換えないというところも似ているという。

 もう1つのアナロジーはファッション業界だ。まず、ファブリック(布)や加工技術が業界に登場し、世界中のファッションデザイナーたちがそれらを生かした作品をファッションショーで披露する。各ブランドは、春秋のコレクションという形で、似たようなコンセプト、同様のファブリックを使って新作をアピールする。こうした同期がファンション業界にマイナスかといえば、まったく事情は逆で、潜在的な消費者の注意を喚起するという意味で、プラスに働いている、という。

 3つ目のアナロジーは植物の繁殖戦略だ。同一の種に属する木々は、ほぼ同時期に、ほぼ同量の種子を一斉に放出する。本来互いにリソースを奪い合うライバル同士であるにもかかわらず、こうして協力することで、捕食者となる天敵を圧倒し、生き残りの確率を上げている、という指摘だ。

 つまり、フリーソフトウェアの世界でも、自動車産業、ファッション業界、自然界の一部に見られるような、一定のリズムに基づく一斉リリースという戦略を採ることで、より大きな力を生むことができるのではないかとシャトルワース氏は指摘する。

 「フリーソフトウェアスタックの主要コンポーネントを、(ディストリビューションベンダ間で)連携してフリーズし、そしてリリースしていくことによってわれわれが生み出す“拍動”が強ければ強いほど、グローバルなソフトウェア市場に与えるインパクトは大きくなる。そして、MySQLからAlfresco、あるいはZimbraからOBM、Red HatからUbuntuまで、あらゆる組織にとってプラスとなるでしょう」(マーク・シャトルワース氏)

 秋冬のモーターショーに向けて業界全体が活発に動く自動車産業のように、フリーソフトウェア界も、同期のリズムを見いだしていくことになるだろうか?

(@IT 西村賢)

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