長引くHTML5のvideoコーデック問題にコメント
ネット参入に“料金所”は要らない、Mozilla
2010/01/25
インターネットに参入しようと思ったとき、まず何億円も支払う必要があってはならない。1月23日付けのブログで、こう論じるのはMozillaファウンデーションでエンジニアリングを担当するバイス・プレジデント、マイク・シェイバー(Mike Shaver)氏だ。
最近、立て続けにビデオ共有サイトがHTML5のvideoタグを使った実験的なページを公開した。まず最大手のYouTubeが2010年1月20日に、それを追いかけるかのようにVimeoが1月21日に、それぞれvideoタグによるビデオ再生が可能なページを公開している。いずれも、Google ChromeやApple Safariの最新版であれば、Flashプラグインなしに動画再生が可能だ。
しかし、いち早くvideoタグをサポートしたはずのFirefoxでは、いずれのサイトのHTML5ページも見ることができない。MPEG-LAが権利を持つH.264をコーデックとして採用しているからだ。
動画を“一級市民”にする動き
こうした状況を受けて、改めてMozillaのシェイバー氏が指摘するのは、現在のインターネットが抱えている問題だ。シェイバー氏は、YouTubeやVimeoの取り組みについて、動画をインターネットにおける“一級市民”とするための重要なステップだとして評価しつつ、Mozillaは異なるアプローチでこの問題に取り組んでいるのだと説明している。
現在ネットにおいて動画は一級市民ではない。利用状況からすれば、すでに動画は画像と並んで重要なインターネットの構成要素だ。しかし、特定企業が権利や実装をコントロールしているプラグインやコーデックを使わずに、動画を再生することは難しい。この状況は、コンテンツでもビューアでも、誰でも自由に実装して配布できる主流の画像フォーマットとは大きく異なる。画像を表示するために、Webブラウザにプラグインが必要などということはない。
OS、Webブラウザ、デバイスの提供者についても同様だ。HTML5のvideoタグを使えばプラグインは不要となるし、グーグルやVimeoのようにMPEG-LAからライセンスを受ければH.264をプロダクトに入れて配布することもできる。しかし、Mozilla FirefoxはH.264を使わず、ライセンス・フリーのOgg Theoraにのみ対応している。シェイバー氏は、こう言う。
「たとえH.264に年間500万ドル(約4億5000万円)を支払い、エンコードされたコンテンツの配布、あるいはコンテンツやツール製作者がライセンス料を払うという不愉快を受けいれるとしても、ダウンストリームのプロジェクトの人々は、ちっともうれしくないだろう」(シェイバー氏)
コーデックの配布には制限があるため、H.264を含めた途端にLinuxディストリビューションにFirefoxを入れて再配布することはできなくなる。
シェイバー氏が指摘するのは、こうした制限が大きな参入障壁となり得るということだ。
「われわれ(Mozilla)は、現在も未来もすべてのユーザーにとってWeb体験が良いものであることを確かなものとしたいのだ。インド、ブラジル、あるいはケニアに住む子どもが、あるときインターネットを発見して、その重要なピース(動画)が高価で利用できないというようなことが起こらないようにしたい。まったく新しいブラウザを作ったり、ブラウザを新しいOSやデバイスに持ち込むとき、あるいは標準的なWebコンテンツを作ったりツールを使ったりするとき、そういうときに料金所のようなバリアーが一切ないようにしたいのだ」(シェイバー氏)
Webの世界は、MozillaのFirefoxが市場シェアを伸ばしたことやグーグルのChromeによる参入などから第二次ブラウザ戦争と言われるほど競争が再燃した。それが可能だったのは、HTMLやCSS、JavaScriptのような技術に対して何億円ものライセンス料を支払う必要がなかったからだ、とシェイバー氏は指摘する。
YouTube2.0にもHTML5待望の大合唱
フランスのDailymotionやWikimediaなど、Firefoxがサポートするvideoタグのコーデック、Ogg Theoraを使ったWebサイトもある。しかし、当のDialymotionが言う通り、Ogg Theoraは圧縮率がH.264ほど高くない。このため、DailymotionのOgg Theoraコンテンツは目に見えて画質が荒い。同じ画質を保とうとすると容量的に厳しくなるからだ。
YouTube開発チームが2010年1月12日に投稿したブログによれば、現在YouTubeは春の大改修に向けて取り組んでいるという。改善や機能提案を受け付けたところ、videoタグを含むHTML5対応要望の大合唱となってしまったようだ。あまりにHTML5関連のコメントと投票が多く、ほかの声が目立たなくなってしまったため、「いま懸命に取り組んでいるところなので、引き続きご注目を」とYouTubeチームが回答する形で一斉にHTML5関連のコメントを見えないようにしてしまったほどだった。開発者からのHTML5対応の声が大きいのは間違いない。
On2買収完了でYouTubeはVP8を統合するか?
私はYouTubeの「HTML5+H.264」対応は妥協の産物だと思う。H.264は確かにプロプライエタリなコーデックだが、Flashプレイヤーを使い続けるよりはオープンなWebの世界に一歩でも近づく。一方、もしMozillaが「HTML5+Ogg Theora」ではなく「HTML5+H.264」へと妥協してしまっては、Webの世界でH.264がデファクトとなって、後へ引き返せなくなる可能性が出てくる。ちょうどGIFのときと同じだ。誰もが使っているから使うという状況となってからでは遅い。
本命は、まもなくグーグルによる買収交渉が終結する可能性が高いOn2 Technologiesが持つコーデック「VP8」だろう。グーグルとOn2が2009年8月に発表した買収案は、いったん株主らによる集団訴訟で停滞していたが、1月8日にグーグルは買収条件を修正。当初、1億650万ドルだった買収金額を1億3300万ドルに引き上げ、これを最終提示額とした。株主による投票が2月17日に控えていてまだ予断を許さないところだが、以下の理由から、私はHTML5のvideoタグコーデック問題はまもなく解決するのではないかと考えている。
1つ目には、もしOn2買収に至らなければグーグルは自分たちで競合するコーデックを作るつもりだという印象を受けた、とOn2の経営陣が株主向けFAQ(PDF)で明かしていること。つまりOn2のVP8か独自コーデックかは別として、グーグルは本気ということだ。Webには圧縮効率が高くてライセンス・フリーの動画コーデックが欠けている。それを提供するつもりなのだ。
2つ目は、同じくFAQに、On2買収後にグーグル製品へコーデックを統合する作業をするエンジニアの名前が示されていること。YouTubeやAndroid、Chrome、Chrome OSなどに新たにコーデックを統合するとして、グーグルが排他的配布条件を付けたり、ライセンス料ビジネスに手を出すことは考えづらい。グーグルは「われわれのゴールはインターネットをオープンに保つことで選択と競争を促進し、ユーザーと開発者をロックインから守ること」と公言している会社だし、そもそも今からフリーではないコーデックを出してもHTML5の普及は望めない。Flashプラグインや専用アプリなしで、どんなデバイスでも(処理能力さえ十分なら)YouTube動画が再生できるようになれば、これはグーグルにとっては理想的だ。On2の1億3300万ドルの買収は、2006年10月にその12倍以上の金額、16億5000万ドルをかけたYouTube買収の最終ステップと見た方が自然だ。
3つ目は、Opera、Safari、Firefox、Chromeはすべてvideoタグ実装に前向きで、何らかの形でサポート済みであること。すでに述べたようにYouTube、Vimeo、Dailymotionなど大手サイトも動き出した。開発者からも熱望されている。開発者は新しいプラットフォームを常に作ったり試したりしている人々で、いかにフリーの動画コーデックが重要かを認識しているからだろう。
Mozilla FirefoxがH.264をサポートすれば、現状でも一気にvideoタグの相互運用性が高まるだろう。それを望む声もあるかもしれない。だが、そうした声をはねつけてでも長期的視点でオープンさにこだわったMozillaの活動は、何年か後に2010年を振り返ったとき、高く評価されることになるのかもしれない。
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