ウルス・ヘルツル上級副社長兼フェローに聞く

【インタビュー】グーグルが考えるクラウドとは

2010/03/25

 “クラウド・コンピューティング”の定義は人によって異なる。グーグルにとってクラウドとは何なのか。同社で運営上級副社長兼フェローを務めるウルス・ヘルツル氏に話を聞いた。

photo01.jpg ウルス・ヘルツル(Urs Holzle)氏。運営上級副社長兼Googleフェロー。同社初の技術担当副社長としてインフラ開発を指揮。現在もインフラ全般の設計、運営の責任者を務めている。JavaVMで使われるJIT関連技術のパイオニアとして知られる。

「デバイス+クラウド」の世界で両者の区別はなくなる

 今後コンピューティングの世界で、複数のデータセンターで構築されたクラウドと呼ばれる巨大な“コンピュータ”と、携帯可能な小さなコンピュータとだけに集約されていくというのは自然なことに思えます。

 ソフトウェア開発者は、アプリケーションのどの機能がどこで実行されるか選ぶことができます。ある処理はローカルで起こるでしょうし、クラウド側で起こるものもあるでしょう。しかし、ユーザーはこれらを区別する必要はありませんし、心配する必要もありません。われわれは、こうした新しいコンピューティングの世界の入り口にいるのです。

 例えば今朝私は、こちら(東京)に来る前に天候のことを知りたかったのですが、電話のマイク(注:アイコンのこと)をクリックし、「tokyo weather」(東京 天気)と声で検索して天候情報を得ることができました。このとき、音声認識は実はクラウドで起こっていて、デバイスは音声の録音だけをしているのです。音声データがサーバに送られているのです。ユーザーである私は、そうしたことを意識する必要がありません。

小型デバイスにも同一サービスが提供可能

 ここには、とても大きなチャンスがあります。これまで小さな携帯型デバイスで不可能だったことを実現するものが提供できます。それはまるでデバイス単体で実現しているように見えるかもしれませんが、実際にはデバイスとクラウドで処理を分散しているというようなものです。

 われわれグーグルにとって、クラウド・コンピューティングというのは、仮想マシンを誰かのデータセンターに移すというような話ではありません。もちろん、それがエンタープライズ市場において重要であるのは明らかで、そのことに疑問の余地はありません。ただ、われわれにとってより重要なのは、デバイス単体で実現できないような各種サービスを、PCや小型デバイス、あるいは特定の目的に特化した専用デバイスに提供できる、ということなのです。

 このときに必要なのは、エンドユーザー向けのデバイス、品質のよいクラウドへのネットワーク、クラウド上のサービスインフラだけです。

 デバイスメーカーにとっても、クラウドは魅力的なのではないでしょうか。目的特化型のデバイスを作るのに、今ではソフトウェア開発コストをほとんどかける必要がありません。汎用デバイスと同じソフトウェアスタックを使って、どういうアプリがデフォルトで表示されるかだけをカスタマイズすればいいのですから。

クラウド時代にはイノベーションは加速

 もう1つ、現在も進行中で、今後5年もすればよりハッキリしてくると思われるトレンドがあります。それは、クラウドによってイノベーションが加速する、ということです。

 クラウドによって、数百万ユーザーに向けてサービスを安全に届けることができます。そこではサービス提供者がソフトウェアに関するすべてを管理しています。実のところユーザーはソフトウェアを所有していません。インストールする必要がないのです。

 このため、これまでソフトウェアの世界で頭痛の種となってきた互換性などの問題がなくなります。6年前に製品のライフサイクルが終わっているソフトウェアを使っている人がいる、というようなことがクラウドでは起こりません。

 クラウドでは、(サービスやソフトウェアの)すべてを最新の状態にしておけますし、すべてのユーザーに対して均一にしておくことができます。これはつまり、開発者が互換性の問題よりもイノベーションにより多くの時間が割けるようになるということです。

 インストール不要で簡単に使えるということ、イノベーションが加速すること、この2点はクラウド・コンピューティングを語る文脈で一般的に過小評価されていると思います。

将来生き残っていくのはHTMLだけ

 ネイティブ・アプリとWebアプリは、まだ当面は併存するでしょう。現在、ネイティブアプリが必要な場面はあります。ただ私の考えでは、HTML5、あるいはHTML6かもしれませんが、今後はHTMLだけが生き残っていくと思います。

 今は移行期なんだと思います。

 これはエンドユーザーの視点で考えてみても分かります。どうしてアプリに直接“行く”ことができるのに、わざわざインストールをしたいと思うでしょうか? Webページは“インストール”しませんよね? インストール作業がなくなるのは、すごくよいことです。

 WebページとWebアプリの違いはどんどん小さくなっていますし、今後両者の違いは消えていくでしょう。HTML5か、その後継となるものが、そうした世界へいたる道となるでしょう。

クラウド時代、PCの役割とは?

 すでにデスクトップやノートPC、より小さいPCなどで違いは減ってきていますよね。違いといえば、画面サイズやバッテリ容量などです。将来的には、重要な違いは画面や入力デバイスの大きさだけになってくるでしょう。たくさんキーで入力するので大きなサイズのキーボードを選ぶ、というのは意味があるかもしれませんが、それでも利用するサービスはすべて共通したもの、というように。もちろんCADやデザインの仕事といったように、特殊用途のためにPCの市場は残るでしょうけれども。

 これほど大きなチャンスは、iPhoneやAndroidなどのモバイル端末で“本物のOS”が普及する前には考えられませんでした。クラウドというものもあり得なかったでしょう。なぜなら、すべてのクライアントで同じソフトウェアを使うということは考えられなかったからです。

 iPhoneやAndroid以前には、モバイル向けのブラウザは原始的で、HTML5もなく、JavaScriptも使えませんでした。シンプルなHTMLを表示する以外に何も面白いことができなかったのです。そうした頃と比べると、現在はすっかり世界が変わってしまったのです。

停滞していたWebは、再び進化の局面に

 HTML5は終着地ではなく、足がかりだと思います。いま何が起こりつつあるかというと、1990年代のような速度の速い進化です。90年代には、ほとんど毎年のようにHTMLやブラウザで大きな進歩が見られたものです。それが、2001年にITバブルがはじけたことなど、いくつかの理由によって停滞しました。過去10年間ほどは、Webの世界の変化はゆっくりしたものでした。

 再びいま、われわれは速い進化のプロセスに戻りつつあるのです。Google Chromeはほかのブラウザベンダの背中を押した形で、Webブラウザのスピードが上がり、標準仕様の実装も進みました。

 HTML5というのは、こうしたWebの進化における最初のステップであって、これで終わりというものではありません。目標は明確です。開発者がWebアプリ開発に必要なものを、互換性のある形で実現していくということです。

 現在はまだネイティブアプリを書く必要もあるかもしれせんが、それが永遠にそうであるとは限りません。ほんの3年ほど前を振り返ってみれば、電話上でWebアプリを提供するなど考えられませんでしたよね。iPhoneやAndroidの登場によって、たった3年でこれが完全に変わったのです。

 さらに今から3年後、われわれが今と同じ地点にいるわけではありませんよね。

Webプラットフォームとは何か?

 プラグインはとても良いアイデアでした。サードパーティにネイティブのコードを書いてもらい、ブラウザ上で何かするというものです。

 ところが時間の経過とともに、ある種のプラグインはネイティブでブラウザに統合するほうが合理的という状況になってきました。例えばHTML5のvideoバイディングがいい例です。ビデオコンテンツは、もはやWeb上で特殊なものではありません。ブラウザはプラグインなしでビデオコンテンツを取り扱えて、ネイティブでレンダリングできるべきではないでしょうか?

 究極的には、これは面白い論点ですよね。「Webプラットフォームとは何か? FlashはWebプラットフォームの一部だろうか?」。私には答えは分かりません。でも答えが重要だとも思いません。結局のところ開発者にとって大事なのは、APIがオープンで標準化されているのかということだけです。より多くの異なるデバイス上で自分のアプリが動くかどうかが大事ですよね。

 HTML5によってターゲットの市場が大きくなり、アプリ開発が容易になるとすれば、それだけ多くのアプリが登場することになるでしょう。例えば漁師さんだけに向けたアプリとか、チェス愛好家向けアプリといったようにニッチなものも可能で、何も100万のユーザーに使ってもらうアプリだけにチャンスがあるわけではないのです。

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(@IT 西村賢)

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