スマートフォンの問題にどう対処できるか

日本の携帯事業者は世界をリードできる、NSN CEO

2010/09/07

 iPhoneやiPad、Android端末などのスマートデバイスが急速に普及している。携帯電話事業者にとっては、トラフィックの急増に対処するためのコストが増加するとともに、サービスの付加価値の大きな部分を、アップルやグーグルに奪われてしまいかねない状況になっている。携帯電話事業者は、これをどう打開できるのか。国内では特にソフトバンクモバイルに対して基地局などの通信設備を提供し、NTTドコモにもLTEサービス用基地局で採用されているノキアシーメンスネットワークス(Nokia Siemens Networks)のCEO、ラジーブ・スーリ(Rajeev Suri)氏に聞いた。

――日本のモバイルサービスは、ある意味で成熟してしまい、成長余地が限られているという見方もできる。NSNにとって日本とはどんな市場なのか。

 日本のモバイルインフラ市場は今後急速に伸びるわけではない。しかし事業機会はたくさんある。例えば、当社はソフトバンクモバイルとの取引は大きいが、ソフトバンクグループの固定通信サービス側との取引はまだ小さい。まだまだ新規に狙えるチャンスはたくさんある。

 日本市場はほかよりも先を行っている。トラフィックの伸びはまず日本で見られたし、アプリケーションもまずこの市場で成功した。スマートフォンのトラフィックもまずここで伸びた。日本では世界初のことがたくさん起こっている。品質に関する基準も飛び抜けて高い。当社にとって日本市場は非常に優先度が高い。純粋に大きな事業機会があると同時に、当社がグローバルに展開する技術について、ここでたくさんのことを学べるからだ。

日本の携帯事業者が有利な立場にいる理由

――しかしいま、日本ではさまざまな産業で、品質にこだわりすぎることは国際的な競争面で不利なのではないかという指摘がなされている。

 おもしろい話題だ。この業界では、以前は速度ばかりを求めてきたが、最近ではユーザー・エクスペリエンスにシフトしてきている。日本がユーザー・エクスペリエンスで世界をリードしているのは素晴らしいことだと思う。明らかに今後、当社の顧客である移動体通信事業者にとってユーザー・エクスペリエンスは中核的な要件になる。彼らの顧客であるユーザーが要求するからだ。だから当社も、顧客からユーザー・エクスペリエンスへの対応を求められるようになってくる。ユーザー・エクスペリエンスが今後の鍵だ。このことを証明する例はたくさんある。

 なぜ鍵なのかを説明しよう。2015年には、スマートデバイスが生み出すデータトラフィックは、グローバルで1万倍に伸びる。その時点で、世界的なモバイル・データトラフィックの量は23エクサバイトになる。これは世界人口である63億人が全員、デジタル化された本を毎日1冊ダウンロードするのと同じだ。しかし、(事業者の)モバイル・データ通信収入は2、3倍にしかならない。多くの市場でデータ通信料が定額のためだ。1万倍に対して2、3倍では、まったく見合わないことになってくる。トラフィックはどんどん増加する一方で、ユーザーは満足できるサービスを求める。国によっては、ネットワークが混雑しすぎているために、通話すら満足にできないところもある。これは、事業者が傾向を察知し、事前に投資をしなかったか、事業者がスマートフォンをうまく管理できるネットワークを構築できていないかのいずれかだ。

 スマートフォンの問題は、アプリケーションによってはサーバに対して恒常的に、多数のシグナリングを実行することにある。音声の世界では、シグナリングはそれほど発生しないのでこれは問題にならなかった。SMSではシグナリングが大量に発生するが、これは非常に利益率の高いサービスだ。それが最近では固定のデータ通信料で、多数のシグナリングが発生するようになり、大幅な複雑性の増加と負荷の増大により、ネットワークが輻輳(ふくそう)しつつある。これは大きな問題だ。

 ユーザー・エクスペリエンスの観点からいって、私は毎月1000ユーロの料金を払っていながら携帯でメールも満足に出せない国に行きたくはない。私にとってはいつもつながっていることが必要だ。ローミングがうまくできなかったり、1000人程度のユーザーが大量のデータをやり取りしているからといった理由で、携帯でメールも打てないような状況なら、私はそんな携帯事業者を使いたくない。私だけでなく、だれもがそう考えるだろう。こうした理由で、私はユーザー・エクスペリエンスが鍵になると考えているし、日本における品質へのこだわりはこの動きに向けて役立つと思う。(日本で実現されているような)品質は一夜にして作り出せるものではないからだ。遺伝子に刷り込まれているようなものなのではないだろうか。人々は当然のようにこれを念頭に働き、人々は当然のようにこれを期待する。日本市場で当社が求められる製造品質も、完全にほかでは見られないレベルに達している。

 当社にとってこれは素晴らしいことだ。パナソニックモバイルコミュニケーションズを通じ、NTTドコモが世界最速レベルのLTEを商用的に提供開始するのに当社が協力しているという事実は、当社の他地域における販売に効果がある。当社のLTEプラットフォームを、より進化させた形で他地域にも提供できるという点でも役立っている。

 競争力は品質の問題というよりも、スケーラビリティの問題だろう。例えば当社は、この市場で学んだことを生かして、高いレベルの品質をほかのあらゆる地域に届けることができる。つまりグローバルな市場のなかで、投資をヘッジすることができる。しかし、日本市場だけで事業をしていたと仮定すると、品質向上のために開発コストを増やしても、規模の利益が得られない。(事業者も)単一の市場に閉じていることが問題になり得ることは理解できる。

――日本だけでなく世界中の移動体通信事業者が、アップルやグーグルにビジネスを奪われつつあると感じているはずだ。移動体通信事業者が単なる接続性提供者にならないために、どうすべきだと考えているか。移動体通信事業者を相手にビジネスを行っているNSNにとって、これは非常に重要な問題のはずだ。

nsn01.jpg ノキアシーメンスネットワークスCEO、ラジーブ・スーリ氏

 当社はまさにそのために、3つの事業部門に自社を再編した。第1はネットワークシステム部門で、その目的は世界で最もスマートフォンに適したネットワークを提供できるようにすることだ。第2は効率化に焦点を当てたグローバルサービス部門だ。多くの事業者が、自社はネットワーク提供者なのか、サービス提供者なのかを自問している。グーグルやインターネット系の企業、アップルなどとの競争に直面している。

 3年前にはなかった力学が働いている。事業者は、ネットワークの運用を自社でやるべきかを再考し始めている。スマートフォンの急増によるトラフィックの問題で、投資を増やさざるを得なくなっている。投資を増やすためには、運用コストを減らさなければならない。だれが運用コストの問題で助けてくれるのかと訴えている。戦略的に重要なことに集中したいと表現する人もいる。いずれにしても、当社にとっては効率性向上というテーマだ。そこで、当社はグローバルサービスという部門で、マネージドサービスあるいはアウトソーシングといった効率性向上支援活動に注力している。すでに顧客である事業者に代わり、3億の契約者を管理している。マネージドサービスの契約が230あり、そのうちの37は昨年獲得したものだ。

「ネットワークサービスはもうどこでも同じ」なのか

 第3はどう差別化できるかという点だ。インターネット系の企業が、当社の顧客である携帯事業者から売り上げを奪い始めている。しかし、ソフトバンクもNTTドコモも、自分たちだけしか手にすることのできない契約者のデータを持っている。契約者がどうネットワークを使いたいか、何をしたいかについてたくさんの知識を持っている。どうやってコミュニケーション体験を各契約者に最適化できるか。そのために自社が有する契約者データをどう活用するかということだ。問題は、ネットワークや課金システム、顧客管理システムなど、契約者データがさまざまな場所に散在していることだ。これをすべて1つにまとめられれば、非常に強力なものになる。そしてこれを新しい収益源につなげることができる。事業者が契約者のデータを持っていて、契約者が何を欲しているかが分かることで、モバイル決済、モバイル・ファイナンス、サードパーティ・アプリケーションなど、新しいアプリケーションを発展させられるし、顧客をきめ細かくセグメント化できる。こうした形で、差別化が可能だ。当社ではいくつかのアプリケーションプラットフォームを持っていて、ここでもスマートフォンの生み出す問題にも対応できる。

 例えばある国では、(iPhoneから)AppStoreへの接続が90%失敗するという現象が起こっていた。ユーザー体験は最悪だ。われわれはアイデンティティ管理ソフトウェアによって、ログインを迅速化することにより、100%のログイン成功率を達成した。もう1つの例としては、ユーザーがどんなネットワークからアクセスしても、シングルサインオンを提供できるという可能性がある。1つのパスワードで、すべてのサービスにアクセスできるようになる。

 スマートフォンの問題解決に寄与するもう1つの例は端末管理ソフトだ。ある事業者では、それぞれのスマートフォンが、電子メールサービスに対し、毎月2万5000回ポーリングしていることが分かった。端末の設定が適切でないことが問題だった。当社のソフトでは、端末の設定を自動的に修正することができる。

 課金システムについては、多くの事業者が例えば50といった多数のBSS(ビジネスサポートシステム)や課金システムを有している。買収で成長した企業が多いからだ。BSS/OSS(運用サポートシステム)が非常に複雑化している。当社では、統合的課金・請求ソリューションを提供している。これは、モバイルでも固定網でも、事前課金でも事後課金でも、単一の課金プラットフォームだけで済むようにするソリューションだ。

 すなわち、顧客のデータを統合し、課金・請求のプロセスを一本化し、アイデンティティと端末を管理することで新しいサービスにつなげていける。

 3、4年前、人々は「ネットワークは陳腐化した」と言っていた。当社ではいま、「ネットワークは復活した」と言いたい。移動体通信事業者は、ネットワークの適切な動作を確保する責任がある。なぜなら消費者が優れたユーザー体験を要求しているからだ。4Gに移行したとしても、2Gでもできる通話が満足にできなかったとしたら、そんなものは要らない。スマートフォンに関するソリューションの多くは、スループットに焦点を当てている。当社はスループットに加えてシグナリング、拡張性に焦点を当てている。トラフィックが伸びたからといって、コントローラの数を10倍にしてもらいたいとは思わない。1台のコントローラがスケールするようにしたい。

 HSPA(High Speed Packet Access)については、ほかの誰も考え付かなかったInternet HSPAという技術を実現している。データに最適化したHSPAの一形態で、プレLTEともいえる技術だ。一般的なソリューションに必要とされている2つのネットワークの要素を取り払うことのできる、素晴らしいモバイル・ブロードバンド・ソリューションだ。LTEでは実現することだが、HSPAにこれを組み込んだ。こうした技術があるからこそ、ネットワークは復活したといえるし、革新こそが鍵だともいえる。多くの人々が、この業界は標準化されてしまったと考えているが、それは間違っている。標準化は進んでも、それに影響を与えることができるし、その流れのなかに革新を注ぎ込むことができる。

(@IT 三木泉)

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