伸びるモバイル系ITベンチャーのスピード感

大手ITからベンチャー「CROOZ」への転身で分かったこと

2010/12/21

(2013/11/7更新 編集部注:小俣泰明氏はクルーズ株式会社を退職済み)

 軽い茶髪にモヘアのカーディガン。腰よりも低く首から長く垂れ下がった柄物のストール。取材相手の男性は、デルのラップトップを片手に「ゆらり」と静かに会議室に現れた。

 独特のスタイルに面食らう。

 モバイル系ベンチャー企業とはいえ「取締役 技術統括担当執行役員」の肩書きから想像できないスタイル。小俣泰明さんの存在感は強烈だった。

photo01.jpg クルーズ株式会社取締役 技術統括担当執行役員の小俣泰明さん(右)と、技術統括部の池田朋大さん(左)

 驚くことに、小俣さんは、もともとは大手ICT企業のNTTコミュニケーションズに勤務していたこともあるという。MCSE(Microsoft Certified System Engineer)の肩書きまで持つエンタープライズ系のエンジニアだった。一緒に取材に応えてくれた技術統括部の池田朋大さんも、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)に在籍していたサーバ運用技術者だったという。

 大手IT企業からモバイル系ベンチャー「クルーズ」(CROOZ)へ転職した2人は異口同音に、「スピード感、待遇、新技術への適応、トラフィック量、求められるスキルの幅、顧客サービスの考え方……、あまりに何もかも違う」と楽しそうに語る。

 活気付くモバイル系ネット市場の動向や、技術者としてのキャリアパスの考え方など、2人に話を聞いた。

大手で数カ月の作業を一晩でやるスピード感

 「20代前半は大企業に入るのがステータスだと思っていました」(小俣泰明さん)

 NTTコミュニケーションズを退職後、小俣さんはモバイルコンテンツ事業を展開するベンチャー企業数社を経てクルーズに入社した。ベンチャーの体質が自分に合っているのだという。

 「やっぱり大企業では細かいレベルで分業していて全体を把握できないんですよね。それに関係する部署が多くて、自分が進めたいビジネスでも内部調整だけで時間がかかって、1年経ったらもうそのアイデア自体が古びているということになりかねません」

 CTCという大手SIerから転職した技術統括部の池田朋大さんも、スピード感の違いを指摘する。

 「前の会社なら数カ月かかって取り組んだだろうなという作業を“やっていいよ”というひと言で、一晩で片付けたりすることが多いですね。大手ベンダのクラスタソフト、ロードバランサを入れてという話になるところも、Heartbeat(Linuxなどコモディティサーバでクラスタリングを実現するデーモン)でいいじゃん、Keepalived(Linuxのサーバプール管理フレームワーク)でやっちゃえばいいじゃんと、開発に対する考え方も全然違います」

 「そもそも大手で受託開発を中心にやっていると、関係する人の数が多いので、何かあったときの責任を回避するために、“作るな”という話になることが多いんですよね。今のように直接サービスを使ってくださっているユーザーさん相手の場合、もっとシンプルにユーザーにとっての最適解を追求できる。面倒なプロセスも省けますし」(池田朋大さん)

バグ修正より、むしろ新サービスの開発を

 モバイル向けSNSやソーシャルゲームという回転の早いサービスを提供していることもあって、サービスの開発・運用という面でも、一般的なソフトウェア開発とは様相が異なる。

photo02.jpg 取締役で技術統括担当執行役員の小俣泰明さん

 「売り上げにつながるものを徹底してやる。逆に、例えば大多数のユーザーに影響しないバグなら無視しちゃうんですよね。例えば、ソーシャルゲームなら、ある条件のときに攻撃でポイントが正しく減らないということがあっても、その条件が特殊なものであれば、あえて修正しません。このスタンスはエンターテイメント系サービスと基幹系で考えが異なる部分だと思います。もちろん、バグがあっても良いとは全然思っていませんが、優先順位の低いバグ修正に工数をかけるよりも、むしろどんどん新しいサービスを開発するほうを選びたいんです」

 「正直、うちの会社はサービス開発に関して完璧に仕上げてリリースするのではなく、β版の状態でリリースするケースもあります。でも、ちょっとスキがあるぐらいのほうが、ユーザー側が工夫する余地があるのか、使っている側でテクニックを発展させてもらえるんですよね。20代の女性でも、下手な技術者より技術があるんじゃないかというテクニックで、システム的に不可能なはずの“コピペ引用”を使った“コメ返”(コメントへの返信)をしたりする人がいます」(小俣さん)

 長い時間綿密な計画を立ててサービスを開発・リリースを行うというのとは違う“手探り感”がベンチャーらしい。ユーザーサポートも同様だ。

 「社員もみんな若いので、利用者と近い。大企業にいた私からするとカルチャーショックもありました。若い社員のサポート対応を見ていて“それはちょっとないんじゃないか……”と思うことがあるぐらい、かなりフレンドリーな対応もあるんですよね。でも逆に、マニュアル一辺倒の体系だったサポート体制ではなく、非常に熱心に、親身に対応していると思います」(小俣さん)

 問い合わせが減る改善やマニュアル作りを進める一方で、前のめり姿勢が基本のベンチャー企業では、軽微なバグや一部サポート要員のマニュアルから外れた対応といったことで立ち止まったりしない。

 「それでいいと思うんです。今の日本社会は全体に大企業病っぽいところがあって、例えばプログラマでも、バグを入れたら、すごく非難されるじゃないですか。確かに大規模システム障害で数千万円の損害が出ることもありますが、それを防ぐために数億円のシステム改修費をかけるような話がありますよね。でも、それって社会全体の効率が悪くなってはいないでしょうか」(小俣さん)

ブログコーナーの予期せぬ大ヒット

blog.png CROOZブログ

 「今でこそ、「CROOZブログ」はソーシャル要素を多く取り入れてプロフやリアルを組み合わせたブログサービスとなっていますけど、もともと「CROOZ」はモバイル向け検索サービスだったんです。ブログはその1機能でしかなく、昔はロゴもサイトのデザインも、とても女の子が使うサービスらしくないノッペラのものでした」

 「ところが少しずつ女性会員の割合が増え、今では80%以上のユーザーが女性、それも10代、20代が大半でギャル系です。はじめから女性層を狙ったなどということはないんですけどね」(小俣さん)

 当初の目論見とは違う、モバイルブログサイトとして「CROOZブログ」は大きくブレークした。ケータイ専用のブログがまだ普及していなかった当時、ケータイ専用ブログとしていち早くサービスをリリースした結果、「パソコンは良く分からないけどケータイは好きだしよく使う」という女子高生世代に多く利用されるようになり、口コミで広まった。今では「CROOZブログ」は女性向けブログとして日本最大規模の一大モバイルブログに成長しているという。利用しているユーザーの多くは、トレンドに敏感な読者モデルやショップ店員などがコミュニティを形成しており、同世代のオピニオンリーダー的役割を果たしている。

 「CROOZのブログには有名人も多いんですよ。テレビの有名人じゃなくて、テレビに出てるからでもない。同世代から圧倒的に支持される有名人。ほかの利用者と同じ立場の人たちです」(小俣さん)

 狙ったサービスとは違うところで利用者が急増し、それによってサービスの主軸やサイトデザインをガラリと変えてしまうスピード感もベンチャーらしいと言えそうだ。

技術力がない競合は次々に脱落

 クルーズの業績は好調だ。モバイル向けにSNS的に発展したブログ、ショッピング、ソーシャルゲームなどを展開しているが、特に最近好調なのはソーシャルゲームだ。トラフィック、業績とも順調に成長し、直近の2011年3月期には業績を2度も上方修正する好調ぶり。現在社員79人。今期の見込みは売上高49億円、経常利益約11億円となっている。

crooz01.jpg クルーズの本社入り口は、遊び心のある、ちょっとサイバーな演出も
crooz02.jpg 社員は現在79人。ぱっとフロアを見渡しただけで“若い”という印象
crooz03.jpg 書棚に並ぶのは技術書ではなく、若者向けのファッション誌などが中心

 もともとソーシャルゲーム市場では「スローライフ」という独自サービスも展開していたが、本格的に勢いが付いたのはモバゲータウンのオープンプラットフォーム枠に乗ってからだった。

 「モバゲーの新着ゲームの枠に紹介されることで、非常に多くのユーザーが集まります。一斉にアクセスが来たとき、技術力がない会社のゲームはあっという間にサーバが落ちるんです。モバゲーでは一定秒数以内に応答がないと、メンテナンスモードに入るので、そこでユーザーが増えなくなります。われわれが参入して勝てたのは、ブログの運用経験があったからです」

 「月間20億PVのトラフィックをさばくのは、ホスティングやパブリッククラウドでは無理です。サーバやネットワークレイヤまでチューニングが必要で、そういうことができないとソーシャルゲームの世界には参入できません」

cell.jpg モバゲーでは、新着ゲームの欄に掲載されると一斉にアクセスが集中し、運用に関する技術力のない会社はサーバダウンに悩まされるという

 「私も入ってから分かったんですが、モバイルのトラフィックは次元が違います。エンタープライズ市場でも、いろいろなソリューションがありますが、数億円というコストになるでしょうね。金額の話だけではなく、例えば大手SIerがオラクルとガッツリ組んで、これだけのトラフィックをさばくシステムを作れるかといえば、こなせないと思います。大手SIerはモバイルのトラフィックの凄さを経験していない。すぐに事故りそうな気がします。そういう風に自分は感覚が変わってきているのですが、私もここに入るまで分かっていませんでした」(小俣さん)

ベンチャーに蓄積する技術ノウハウ

 モバイルという最先端のインターネットの世界では、大手SIerとベンチャー企業の実力が、すでに逆転していることがあるのだ。名の通ったSIerが手がけた案件でも、取るに足らないかすかなトラフィック増で警察沙汰となる図書館システムがある。その一方、ソーシャルゲームで短時間に膨大なトランザクションをこなすシステムを、オープンソースで作り上げるクルーズのようなベンチャー企業がある。バトル系ゲームではプレイヤーたちが一斉に総攻撃を仕掛けるため、データベースに「壮絶なinsertが発生して、1秒間に何千、何万もの更新処理をこなさいといけない」(小俣さん)という。会員100万人のバトル系ゲームの“熱量”は、月間20億PVのブログとはまた異なるという。ソーシャルゲームの1点集中型トランザクションは、ほかのシステムとは違う設計、考え方が必要だからだ。

 「ハードディスクなんかとっくに使っていません。ソーシャル系サービス用に40台ほどあるDBサーバの大部分はSSDです」(小俣さん)

 実際に膨大なトラフィックをさばいているからこそ、ハッキリ実感として言えることもある。

 「モバゲーを抱えるDeNAが世界的なトラフィックをMySQLでさばいたという実績があったからというのもありますが、今はPostgreSQLよりもMySQLのほうがベンチャー業界では人気が高いですね。PostgreSQLで大規模にスケールさせるのは難しいんじゃないでしょうか」(小俣さん)

 LAMP系のオープンソーススタックだけにこだわりがあるわけではない。

 「LAMPに特化したいとは思いません。例えば、データの分析系にはわれわれはMicrosoft SQL Serverを使っています。4〜5000万レコードあるテーブルに対するテーブル構成変更処理が、MySQLで40分かかるのに対してSQL Serverでは3分ほど、という例もあります」

 「商用製品はライセンス料が高いといういう人もいますが、全体を見て最適化を考えた場合、商用製品のほうがいいケースもありますよね。IT系ベンチャーだと技術力がありますから、頑張ればできてしまうこともあるかもしれません。でも、工数が2人月でしたって言ったら、それで200万円です。“それ、SQL Serverの標準機能でできるやん!”みたいなことは、あっちゃいけないと思うんですよ。技術を頑張るときには徹底して技術を頑張るけど、あくまでも全体と目的を見た最適解を選ぶということだと思います」(小俣さん)

バトル系にある“熱量”が高ARPUに

 なぜ小俣さんは熱量という言葉を使うのか? それは、ソーシャルゲームは一般に中毒性が高く、ユーザーが熱心にクリックを繰り返すからだ。中でも同社のゲームは他社のゲームよりARPUが高いのだという。

 クルーズは、往年のファミコンゲームのヒット作、「熱血硬派くにおくん」の“くにお”をキャラとして起用した一連のバトルゲーム、サッカーゲーム、レースゲームなどを、モバゲー、ヤバゲー(Yahoo!モバゲー)で提供している。キャラクターを起用したゲームがヒットする構図はパチンコ(パチスロ)と似ている。

kunio-title.jpg 往年の名作ゲームのリバイバルがヒットしているという
kunio.jpg 熱血硬派くにおくんの画面。リアルな知人・友人ではなく、ネット上でのみほかのユーザーとつながっているモバゲータウンでは、互いに潰し合う格闘ゲームがウケるという

 リアルなソーシャルグラフをベースにしたGREEやmixiでは、育成系や恋愛系のゲームが流行する。それと異なり、モバゲーはバーチャルなソーシャルグラフをベースにしている。オンラインだけでしかつながっていない他人と遊ぶため、「お互いを潰し合うバトル系のゲームがやりやすい。GREEとモバゲーは、実は性質が違うところがあるんですよね」(小俣さん)という。同様の理由から、FacebookやZyngaも、モバゲーが開拓した「バーチャルなソーシャルグラフを基本としたゲーム市場」には入り込めないだろうという。

 「幅広い年齢層、不特定多数のファンがいるというよりも、一部のコアなファンが非常にハマりますね。弊社のくにお君を例に、どういう人がハマるかといえば、強いチームで、そのチームを牽引する立場に立っている人たちです。ユーザー層的には30代。ゲームとしてやっているのは10代〜30代と幅広いですが、多くのユーザーは無料ゲームとしてやっています」

 「バトルでチームを牽引するというと、暴走族のヘッドのような感じがあるのかもしれません。でもそういうプレーヤーたちが元不良というわけではなく、むしろ若かった頃に自分にできなかったことをやってるのかもしれませんね。チームの若者を引っ張るために男気(おとこぎ)を見せる。それがアイテムの購買に繋がっているようです」(小俣さん)

今や技術者の力量は丸裸

 伸び盛りのベンチャーだけあって、2人は報酬という待遇面でも大企業より良いという。しかし、給料が良くても安定性や将来性という面で、大企業を選ぶのは合理的ではないのか?

photo03.jpg 技術統括部の池田朋大さん

 「私はネットワーク監視だけやっていました。それだけでも食べていけたでしょうけど、それだけで先があるかなって考えると、逆にリスクに思えました。今は会社に頼るより自分の技術に頼ったほうがいい時代だと思います。それに今や潰れない会社なんてないですよね」(池田さん)

 小俣さんも、会社のブランド力よりも、個々人のリアルなスキルや知識、経験のほうが、今はシグナルとして有効だという。

 「大企業のほうがネームバリューがあって有利というアドバイスも、もらいました。でも、今は個々の情報が見えてしまうんですよね。その人に何の技術があるのか、ということが丸裸で見えてしまう。例えば技術的なことを書いているブログがあれば、それを見れば能力がある人材かどうか分かります。あるいは話せば分かります。フレームワークの深いところまで聞いたり、ネットワークが得意というならTCP/IPのカーネルチューニングについて聞けば分かります。DB屋なら、MySQLのプラグインの話など、話をエッジに振ってみるんです。それで、その人の実力は分かります」

 「今のネット業界だと大きな会社じゃないと作れないサービスというのはありません。むしろ大企業よりもアイデアとスピード感がある会社が勝っていますよね」(小俣さん)

データセンター選定もベンチャー視線

taxi.jpg

 この11月末にはデータセンターの移設を行った。移設したのは会員数180万人に到達したモバゲー向けゲーム「熱血硬派くにおバトル」だ。トラフィックが減る時間帯にタクシーでサーバを運んだ。このとき、データセンター事業者の選択でもベンチャー視点だったという。

 「データセンターはIDCフロンティアを選びました。何を評価したのかをヒトコトで言うと、IDCフロンティアはベンチャー志向だった、ということです。会社の動きが速い。スピード感がある会社じゃないと嫌なんですよ。IDCフロンティアはヤフーのデータセンターも預っていて、大企業のシステムを担っているのにベンチャー志向であり続けている。そういうところがポイントでした」(小俣さん)

 「これはデータセンターに頼むことじゃないかもしれないけど、新たにこういうことがしたい、という要求をしていきたいんですね。そういうとき、ふつうの大手の営業だと“持ち帰って検討します”とか“今後、全社で考えていきます”という回答が返ってくるでしょう。でも、まず動きませんね。全社最適を目指すこと自体が今の時代には負けだと思います。1年後にやりましょうというノリだと、われわれはやっていけないんです」


 大手IT企業から、スピード命のベンチャーへの転身。ソーシャルアプリ市場の急激な盛り上がりを背景にモバイル業界が活性化しているいま、小俣さんや池田さんのようなキャリア選択をするエンジニアは今後も増えそうだ。

(@IT 西村賢)

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