元Heroku CEOに聞いた
なぜSalesforceはHerokuを買収したのか?
2011/03/03
エンタープライズ向けクラウドの雄、Salesforce.comは、2010年12月にRuby向けPaaSベンチャーのHerokuを買収して業界を驚かせた。2009年にHerokuのCEOに就任し、現在Salesforce.comでHerokuのCOO(最高執行責任者)と、Salesforce.comのプラットフォーム担当シニア・バイスプレジデントを務めるバイロン・セバスティアン氏に話を聞いた。
買収後もペースを落とさないHeroku
――1月の買収後、しばらく時間が経っていますが、Herokuのアップデートはありますか?
セバスティアン氏 買収発表後だけでも3つの新機能をリリースしています。1つは、PostgreSQLをバージョン9対応としたこと。より可用性が高く、耐障害性も高くなっています。2つ目は、稼働中の複雑なアプリケーションの問題の発見やパフォーマンスの分析に役立つロギングサービスです。もう1つは、同一アプリで複数のバージョンのリリースを管理する仕組み「releases」です。
――Releasesのようなadd-onが非常に増えていて、良いエコシステムができていますね。MongoやRedis、AmazonRDSのようなストレージもあれば、監視系サービスなどもあります。
セバスティアン氏 ええ、add-onの数はどんどん増えています。現在、Heroku上には12万のアプリがあって、add-onについては7万8000リソースの利用があります。昔は世界中にこうしたサービスが散らばっていて遅延やコネクションの問題がありました。そうしたサービスがクラウドでは低遅延で動きます。
――add-onを提供する場合の課金は?
セバスティアン氏 ほとんどのadd-onには無償版があって、この場合は課金していません。有料版の場合、レベニューシェアで、われわれの取り分は30%です。
Salesforceとのインフラ統合は?
――発表時にはHerokuはHerokuのままで、AmazonEC2の利用も変わらないと説明していましたが、インフラ統合などの計画は?
セバスティアン氏 現段階でアナウンスできるものはありませんが、Heroku上のアプリとDatabase.comとの統合はデモでお見せした通りです(Database.comはSalesforceが内部的に使ってきたDBインフラを、Salesforce開発者に開放するもの)。
――突然の買収発表で驚いた人が多かったと思いますが、セバスティアンさんの最初のリアクションはどのようなものでしたか?
セバスティアン氏 もともとわれわれHerokuに話を持ちかけるエンタープライズ企業はいくつかあったので、われわれ自身は驚きはしませんでした。クラウドアプリケーションプラットフォームで、未来がどちらの方向にあるか分かっていたんですね。
買収発表後、既存Salesforceのユーザーの間で、Rubyへの関心は高まっています。Salesforceのような大きな会社がHerokuを買ったことで、Rubyに注目する企業も増えています。
――なぜSalesforceはJRubyを選ばなかったのでしょうか? Engine Yardを買収しなかったのはなぜでしょう? JVM言語のJRubyのほうが親和性が高かったでしょう。企業文化についても、Herokuが開発者の延長にあるようなサービスである一方、Salesforceはエンタープライズと、両社は異なるように思えます。
セバスティアン氏 Salesforceはクラウドプラットフォームが欲しかったんだと思います。われわれHerokuはSalesforceと非常に近いビジョンを持っています。Engine Yardはサーバレンタルで課金するビジネスで、これはAmazonに近いものです。これはこれで非常に素晴らしいビジネスモデルですが、クラウドプラットフォームビジネスとは違います。
Herokuではサーバのことは一切考えません。デプロイは瞬時で、われわれが残りの面倒をみます。このアプローチは、Salesforceのアプローチでもありました。SalesforceとHerokuはもともと類似性があったんです。
Salesforceはエンタープライズのソフトウェア企業で、それはそうです。しかしSalesforceはクラウドを理解していると同時に、Web2.0、ソーシャル、モバイルなど、どんな呼び方をしてもいいですが、そうした新しいアプリのパワーを分かっています。
――Engine Yardといえば、マルチテナント方式はPaaSには向かないという批判的な指摘をするブログ投稿もありました。
セバスティアン氏 われわれはEngine Yardの何人かとは互いに話もする仲なので、彼らの意見もよく知っていますが……、大企業を含む顧客数9万というSalesforceの実績があり、これが現実なのだと思います。何がクラウド向きなのか、ということですね。マルチテナントではないのなら、たぶん本物のクラウドプラットフォームではないのだと思います。
――AmazonのBeanstalkはどうご覧になっていますか?
セバスティアン氏 非常に良い技術だと思います。開発者で、サーバ管理の支援が必要なら良いツールでしょうね。価値があると思います。でも繰り返しになりますが、クラウドプラットフォームというのは、サーバのことではないとわれわれは考えています。サーバのことは忘れてください、もはやサーバのことではないんです。これは抽象化レベルの違いです。顧客やアプリの要求に応じて選ぶもので、正解が1つというわけではありませんが。
Rubyのエンタープライズ利用は「時間の問題」
――Rubyの今後についてどうご覧になっていますか? Rubyが採用されるのはソーシャル系サービスなどが多く、エンタープライズ分野に入り込めていません。
セバスティアン氏 未来は明るいと思います。新しい技術が採用されるのは、まずコンシューマ向けで、です。理由はいくつかありますが、コンシューマのほうが要求レベルが高いということがあります。コンシューマは、どこでも自由に買い物がしたいし、どこでもツイートしたいものです。ですから、コンシューマ市場のほうがイノベーションのペースが速いのです。企業にしてみればコンシューマ市場はリスクが低く、成功すれば大きいということもありますよね。
これはインターネットについても言えることで、大銀行や政府関連の組織は、内部のアプリケーションを、すぐにインターネットの技術で作ったりはしませんでしたよね。でも、時間とともに実績が積み上がってくると、こうした新技術はエンタープライズのコア部分にも浸透してくるものです。われわれは、Rubyでも同様のことが起こるだろうと確信しています。より高度なアプリケーションでRubyが使われるようになってきていますし、内部のビジネスアプリケーションでも使えないかと注目する人が増えています。後は時間の問題ですね。
――Rubyはスケーラビリティに問題があると心配する人もいます。高負荷に弱いという意味と、大規模開発でチームの人数が増やせないという2つの意味でですが、こういう人たちに、どうやってRubyを使ってもらうように説得しますか?
セバスティアン氏 そういう人たちを説得するのにもっともいい方法は、競争でしょうね。隣の同僚が自分より高い生産性を発揮しているのを見れば、みんな考えも変わるかもしれませんよね。
Rubyはアジャイルという開発方法論と、より密接な関係にあります。
1つの開発チームに10人とか20人も人が必要なのか、私には分かりません。もしこのぐらいのサイズのチームがあるなら、たぶん3つ4つの小さなチームに分割したほうがいいでしょうね。Salesforceではこれをやっていて、巨大なCRMアプリを小さなチームで開発しています。サービスとしてのソフトウェアということで考えれば、小さなソフトウェアをいくつも作って、それを統合して大きなアプリケーションを提供できます。これはより効率的なアプリケーションの作り方です。だから、Rubyでも大規模でも十分やっていけると思います。ただ、実際には小さなチームに分割することになるでしょうけどね。
Herokuではチームが5人以上になると、分割の検討を始めます。以前は全体が1つのチームでしたが、今は1チーム当たり2、3人で、全部で6つか7つほどチームがあります。今後もこの方法を実践していきます。Herokuでは、隣同士やテーブル越しに仕事していて、すぐにチームメンバーに話しかけることができます。
開発プロセスは変わりつつあるのです。100人のチームは、より小さなチームに分割されているでしょう。別にこれはRubyの制限というわけではなく、それがより良い開発方法だからです。
――言語の問題ではなく、開発プロセスが変わってきている。
セバスティアン氏 小さなチームによる開発スタイルはRubyでなければできないというものではなく、Salesforce内部ではJavaでも同様な開発スタイルを採っています。ただ、RubyコミュニティやRubyの開発者にはアジャイルに傾倒した人が多く、採用傾向が高いという文化的な違いはありますけどね。
――RubyはDSLに適していると思いますが、プログラマではなく部門レベルでアプリを作れるビジネスアナリスト向けの「Appforce」でもRubyを使うというのはあり得ますか?
セバスティアン氏 可能性はありますね。
――買収後の双方の現場への影響は?
セバスティアン氏 まだ一緒に仕事するようになったばかりで、一晩で何かがガラリと変わったというようなことはありません。それでも、例えばHerokuはSalesforceからセキュリティや信頼性に関して学びましたし、SalesforceはHerokuの動きの速さや、開発者との密なコミュニケーションなどに感心しています。Herokuでは間にマーケティングなどを挟まず、非常にテクニカルな、開発者が必要とする情報を提供することに注力しています。リリースプロセスについても、Herokuでは少人数向けにアルファサービスを提供してフィードバックを得るというスタイルです。
こうしたことが、今現在のアイデア交換の例ですね。
――Herokuならアプリのポータビリティが高く、いつでもAmazonEC2上へ移したり、自前サーバ上で稼働させられます。SalesforceのForce.comはそうではなく、ポータビリティを心配する声もあります。
セバスティアン氏 その場合はVMforceやHerokuをお使いください、ということでしょうね。Database.comを使えばSalesforceと統合できます。選択肢があって、それぞれにトレードオフがあるのです。Salesforceはプラットフォームなので、ビジネスアナリストなどJavaプログラマではなくても使えるというメリットがあります。これはパワフルなツールです。
1年前まではポータビリティについてSalesforceが言えることは何もなかったのですから、VMforceとHerokuが加わったのは大きな変化と言えると思います。
――ところで、HerokuのWebページデザインは、個人的にはちょっと子どもっぽいように思うのですが。エンタープライズっぽくありません。
セバスティアン氏 そうですか?(笑) われわれは“ユニーク”だと思っています。サービス名に日本語にちなんだものが多いのは、Rubyのふるさとの日本文化やまつもとさんに敬意を表してなんですけどね。
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