機能やUIを絞ってシンプルに
制約が生んだ新UI、手書きメモ「7notes」iPhone版が登場
2011/05/27
タッチデバイスを生かし、スラスラと手書きした文字をテキストに変換できるメモアプリ「7notes」。2月にiPad版が登場した際には、「けい営会ぎ」のように思い出せない漢字を平仮名で書いても正しく漢字に変換してくれるなど斬新な使い勝手で話題となった。かなり適当に走り書きしても認識される。
7notes for iPadは、AppStoreのランキングで、常に10〜12位をキープしていて、ビジネス系アプリの定番として認知されつつあるようだ。
制約から生まれた、シンプルな使いやすさ
6月10日にはiPhone版が登場する。価格は700円で、6月末までは記念価格600円(リリース日はアップルの審査の都合上多少前後する可能性がある)。「7notes mini」と名付けられたiPhone版は、iPad版とはユーザーインターフェイスや機能が異なり、基本機能は「むしろiPad版よりも新しい」という。
7notesを開発するMetaMoji代表取締役社長の浮川和宣氏は、iPhone版の開発初期を振り返って、こう語る。
「iPhoneの狭い画面の中で、快適に手書き入力してもらえるソフトなんて作れるだろうかと、当初は心配していたんです。例えば、誤認識した文字について他の候補文字を出すとき、iPad版の7notesですら当該文字のそばに小さく2文字ずつ程度しか出せないのに、一体iPhoneの画面のどこに表示すればいいのか、と」
「iPhone版では手書き文字を隠す形で一気に最大15文字まで表示するようにしてみたんです。ユーザーが書いたオリジナルの文字を隠して候補画面を出してしまうという発想はiPad版を開発したときにはありませんでしたが、やってみたら、これがすごく良かったんです。むしろ、iPad版の次のバージョンにも、同じものを入れようと思っています」
iPad版では2文字程度ずつしか変換候補が出ないので、「次の候補を表示して選ぶ。それでも目的の字がなければ、さらに次を押す」という操作が実は煩雑だった。iPhone版で、一気に最大で15文字まで表示してしまうことで(候補が限られる場合は2、3文字の場合もある)、インターフェイスがシンプルになった上に、副作用であるはずの「元の文字が見えない」ことのデメリットがほとんどないことが分かった、という。15文字の候補は文字種によって色分けしているほか、本来2文字として入力したものが1つにくっついて認識されたときに、その2文字のセットも候補に挙げてしまうようにした。
浮川氏は日本語ワープロソフト「一太郎」で知られるジャストシステムの創業者で、元社長だ。PC向けワープロの黎明期に、一太郎や入力システムのATOK(エイトック)を生んだことで知られている。今となっては当たり前だが、スペースキーを押すことでユーザーが入力した平仮名を漢字に変換するという方式を28年前に考案した。2月に行われた7notesのお披露目会見でも、「二十数年ぶりに、まったく新しい日本語入力を考えた」と、現在の取り組みについて感慨を口にしていたが、そのチャレンジは今もなお、現在進行形だ。
手書きによる漢字・仮名の交ぜ書き入力というのは、未知の領域だ。思わぬ発見もあるという。従来の予測変換は音をベースにしていたため、同音異義語が出てくる。「向上、工場、口上、厚情」など、同じ音の場合、意味が異なる語彙が多い。同音で類似した意味の語彙が複数あると、音声によるコミュニケーションが難しくなるため、そうした語彙が長くは共存できないからだろう。一方、文字による予測変換では、1文字入力するだけで類似した語彙が並び、一種のシソーラス辞書のような役割を果たすという。
iPhone版では機能もシンプル
7notes miniは、iPad版とは、だいぶ印象の異なるアプリとなっている。iPad版は、メモを管理・編集・閲覧するiPadアプリという側面と、手書き入力システム「mazec」(マゼック)、それにメモを保存する自社クラウドサービスの3つが大きな柱となっている。
段組レイアウトや、テキストや画像のブロック単位での編集機能など、7notes for iPadはワープロ的な側面を持っていたが、iPhone版の7notes miniでは、この機能は搭載しない。ストレージについても、iPadでは独自クラウドサービスとの同期、“キャビネット”によるグループ管理、タブや条件検索など高度だったが、iPhone版は時系列でローカルに保存するだけと極めてシンプルだ。TwitterやFacebook、メール送信、PDF変換による他アプリとの連携などができるので、むしろメモや、ソーシャルメディアの下書きツールとして分かりやすくなった印象だ。
iPhone版ではボタン類も少なくなったほか、UIの独自性が強すぎるという意見を反映して、iOSらしいUIを実現した。「ほかのアプリを使っていた人にもとっつきやすくなったのではないか」(浮川氏)という。
「後から変換」機能で議事録に威力
iPhone版の目玉機能の1つは「後から変換」機能の搭載だ。これはiPad版でも、4月に出したバージョン2.0で搭載された機能だが、7notes専用のネイティブ文書形式(HTML5+SVGの独自形式)の入出力機能の搭載と合わせて、使い方の幅が広がりそうだ。
「後から変換」は、文字通りいったん手書きで入れた文章を、後から選択して変換する機能だ。例えば、会議中の議事録は走り書きしておいて、後から清書するような感覚でテキストに変換することができる。
7notesの認識精度はかなり高いが、それでも誤認識があった場合に、そこで手が止まることになるため、待ったなしの“現場”などで、「後から変換」機能は役立ちそうだ。ネイティブ文書でメール添付とすれば、経営者が秘書に清書させる、というユースケースもあり得るだろう。
IT業界ばかりを見ていると、キーボードを使わない・使えない経営者や営業マンは想像しづらいが、世の中全体で見れば、まだまだ手書きのほうがよほど気が楽というユーザー層のほうが大きいかもしれない。「よくよく見てみると、キーボードが苦手っていう人はいくらでもいるんですよ」(浮川氏)
iPad版、iPhone版と順調にリリースしつつあるMetaMojiだが、現在、Android版も開発中という。ただ、Androidは機種によってタッチ精度に「あまりにも差があって驚いている」(浮川氏)という。そもそもiPhoneやiPadに比べて、Android端末のほとんどはタッチ精度が悪いため苦労しているという。
手書きならITシステムの本当の活用も?
MetaMojiは、バーチカル市場向けをターゲットとした「mazec Web Client」を4月に発表しているが、これも、キーボードなどに馴染みの薄い利用層を念頭にしたソリューションだ。WebブラウザのSafariのコンポーネントと手書き認識エンジンのmazecを一体にして、既存のWebアプリと組み合わせて使うための製品で、例えば営業マンや、接客業務のフロントで、直接顧客に手で住所、氏名などを書いてもらうようなケースがあり得るだろうという。キーボードの存在やPCの機動性の低さなどから、本来テキストで入力すべき情報が手書きのまま、というケースは、ほかにもありそうだ。浮川氏は、こう指摘する。
「CRMなんかもね、導入したはいいけど、暑中見舞いや年賀状を出すぐらいで終わってるケースが多いんです。一番それを必要とする営業マンが現場で使えないからですよ。さあ、これから客に会うぞという“攻め”の場面で、“えっと、この人にはいつ会ったかな?”と調べられなかったり、会った後に情報の入力をしなかったりするでしょ? 結局、バックオフィスのスタッフが名刺を入力して住所管理している程度というね」
mazec Web Clientは、すでにある大手企業での500ライセンスの契約が1つ決まり、導入が始まりつつあるという。
いかにコンピュータで日本語を入力するかという課題に対して「一太郎」「ATOK」で1つの回答を示して成功した浮川氏だが、ポストPC時代を象徴するタッチデバイスの新市場で、新たなイノベーションが起こせるか、今後も注目だ。
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