かな漢字変換の発想で英語入力に新風

手書き文字認識アプリで世界に挑戦、メタモジ

2011/08/25

 パソコンやケータイでキーを打つ際に、キー入力と入力画面の間に“かな漢字変換”という一種のクッションのようなものを挟むのは、日本のユーザーやアジア人にとっては当たり前だが、英語圏をはじめとする欧米諸国では、こうした発想はない。iOS(iPhone、iPad)というグローバル・プラットフォームを生かして、これを英語圏に持ち込もうとしているベンチャー企業がある。

 「英語圏などではキーボード(入力)を直結しておけばいい、という発想なんですね。われわれのように間に入力システムを挟むアプローチを真面目に追求する企業も、これまでなかったんじゃないかと思います」

 こう話すのは、MetaMoJi(メタモジ)の浮川和宣氏だ。

photo02.jpg MetaMoJi(メタモジ) 代表取締役社長の浮川和宣氏

 MetaMoJiは、東京・港区を拠点に、iPhone/iPad/Android向け入力アプリケーションを提供するベンチャー企業だ。2011年2月のiPad向けアプリの提供を皮切りに、これまでに日本語のiPhone向けメモアプリ「7notes mini」と、Android向け手書き入力システム「mazec(マゼック)[β版]」などをリリースしてきた。この8月には、世界123カ国に向けて英語入力に対応したiPhone版(4日)、iPad版(23日)を立て続けにリリースした。

androids.jpg 9月に正式版をリリース予定のAndroid向け手書き入力システム「mazec(マゼック)[β版]」。iPad版やiPhone版同様に、漢字とひら仮名を混ぜても正しく認識して変換できる。またAndroid版では、アプリではなく、システム上のIMEとして機能する

 iPad向け手書きメモアプリからスタートした同社は、“手書き入力”の地平を、英語圏にまで広げようと挑戦中だ。一方、足元の日本市場を見れば、これまで見過ごされてきた大きな市場を、MetaMoJiは掘り当てつつあるのかもれしれない。

“かな漢字変換”の発想で英語入力を考える

 浮川氏は、英語圏でプロダクトを問うに当たって、「手書きでもキーボードぐらい速い」ということをテーマにしたという。

 「英語圏の人たちは、フルキーボードだと話すように速く入力できます。シリコンバレーのスタッフと話していても、今さら手書きなんかやるだろうか、と懐疑的なんですね。しかし、予測変換や学習機能などのおかげで、日本では数タップでメールを書いたりしていますよね。あれを英語で応用しよう、そうしたら面白いぞ、と」

 例えばアポ確認のメールであれば、「I look f」とまで入力すれば、「I look forward」「to meeting」「you」などと順次単語を提示する。ユーザーは画面を見てタップするだけだ。日本のユーザーにとっては当たり前だが、英米人にはそうではない。

english01.jpg 英語版のiPhone向け手書きメモアプリ、7notes

 「コンサルタント契約しているある米国人は、このUIを家族や友だちに見せると非常に面白がっていると言います。シリコンバレーやロンドンの若者たちが、これは凄いと言ってるらしいんです」

 一握りのベータテスターが「面白い」といったからといって、広く市場で受け入れられるかどうかは分からない。成算を聞くと、浮川氏は楽しそうに、こう答えた。

 「どうなるか全く分かりません(笑)。7notesは無償版も用意しますが、App Storeには手書きメモアプリが200円ぐらいでたくさんあるのでチャレンジングです。しかし、累計で5000万台のマーケットがありますからね。どのぐらい売れるのか、目標を考えても分かりません。ともかくスタートしないと始まりません」


英語版のiPhone向け手書きメモアプリ、7notesのデモ

新プラットフォームで、新たなチャレンジを楽しむ

 浮川和宣氏といえば、日本を代表するソフトハウスだったジャストシステムの共同創業者で、長らく代表取締役社長を勤めていた経緯がある。PC向けワープロソフトの代名詞だった「一太郎」シリーズと、その日本語入力システム「ATOK」シリーズを育てた。一太郎の登場当時は、ハードウェアの上に直接アプリケーションを書くのが普通だった。一太郎は、いち早く汎用OSであるMS-DOSの波に乗り、1990年代には「パソコンといえば一太郎」とも言われるほどの黄金時代を築いた。

 一太郎は現在も文教市場では一定の支持を得ているが、ビジネス界のグロールスタンダードという1つしかないポジションを巡り、Windows時代にはMicrosoft Wordに対して苦しい戦いを強いられ、敗れ去った。

 2011年という現在が、タッチデバイスを活かしたポストPC時代の黎明期とするなら、いま再びプラットフォームの変わり目に、われわれは立ち会っているのかもしれない。この端境期に、30年前と一種相似形をなすチャレンジをする浮川氏は、ともかくイキイキとして見える。

 「App Storeってマーケティングにしても、われわれがよく知るPCの世界とは全然違うんですよ。例えば価格を上下させることがマーケティングになるという世界なんです。これまでの値付けの常識が通用しない」

 「新しいことに挑戦していたいですね。いつの間にか時代に取り残されて、発想が硬直したりすることのないように。英語版のプロダクトは、シリコンバレーから世界を見るような感覚で非常に新鮮です」

 7notesでは認識した文字をテキストとして扱えるのは当然として、手書き入力したものを手書きの筆跡のまま文書に混ぜることができる。この7notes独自形式は、MetaMoJiが運用するサーバを介して“シェア”することができる。つまり、一度誰かが書き起こした文書に対して、誰かが手書きで文字や簡単な絵を書き加えたり、再編集したりといった、一種の寄せ書きのようなことができる。

 「今後はフランス語版やスペイン語版でヨーロッパへと、さて日本から出してどうなるか……、さあどうなるか、とワクワクしています(笑)。これまでテキストに手書きを混ぜるという提案はなかったと思いますが、どう受け止められるのか楽しみです。元々欧米ではグリーティング・カードのマーケットは大きいですしね。TwitterやFacebookで手書きのメッセージをやりとりする、という新しい使い方も提案したい」

入会申し込みや店頭アンケートで採用事例

 MetaMoJiが英語圏で成功できるかどうかは未知数だが、足元の日本国内では、いわゆるバーチカル市場で大きな手応えを感じているという。iPadをWebアプリのフロントエンドとして扱い、手書き入力システム「mazec」を使うという「mazec web client」の採用事例が増えているのだ。

webclient.jpg mazec web clientの画面例。手書き入力でWebアプリが手軽に使える。数字入力の欄では、自動的にテンキーが表示されるなど、キーボードが苦手な人もいるような現場での採用が始まっている

 「毎日のように問い合わせが入っていて、とにかく引き合いが多いんですよ。最低ライセンスを500本からとしているのですが、1本、2本で試せないのかという問い合わせを数多くいただいています。そのたびにUDIDを埋め込んだ個別のベータ版を作成するのが大変だったので、App Storeに法人向けのお試し版を提供しなければ間に合わないほどです」

 全国に110校あまりの料理教室を展開するABCクッキングスタジオは、料理教室への入会手続きシステムでmazec web clientを採用。利用者には手書きのままで、Webフォームに入力してもらうことができるようになったという。

 メガネ店、紳士服店など、全国チェーンで展開している小売業の現場でも、「iPad+mazec web client」が1000台、2000台という単位で導入される案件が進行中という。

 より汎用的なソリューションとして、凸版印刷はこの8月から、mazec web clientを採用した店頭手書き申し込みソリューション「HandyForm」の販売を開始した。店頭での申し込み書の記入や、アンケートの回答にiPadを活用し、手書きで情報を入力できるようにする。

news_photo.jpg MetaMojiのmazec web clientを活用した凸版印刷の店頭手書き申し込みソリューション「HandyForm」

「これで求人が変わる」、企業採用者の声

 mazec web clientで求人が変わる、という。

 「生命保険会社の採用担当者に、“これで求人が変わる”と言われました。生保の営業マンには女性が多いんですが、コンピュータが自由に使えない人は、報告業務もできないので雇えなくなっていたんですね。ところが保険業界には、子育てで休業していた40代の女性たちが大勢いる。この人たちは、キーボードに不慣れなために業務に復帰できないでいる。20代には営業力があったのに、その力が活かせていない」

 その採用担当者は、こうした変化が起こったことを自分たちですら忘れていたという。mazec web clientを見て、求人の幅がぐんと広がると予感したのだという。

 「“これで誰でも雇えるんだ”という担当者の声を聞いたとき、やったぞ! と思いましたね。嬉しいですよね」

 IT業界から物事を見ていると忘れがちだが、法人市場で全体で見れば、キーボードがうまく扱えない人たちはまだ大勢いる。こうした市場で、iPadの使いやすさとも相まってMetaMoJiのソリューションが注目を集め始めているようだ。

PCが当たり前の人たちと議論しても出てこない発想

 浮川氏は、mazec web clientと、例えば楽天のようなECサイトが結び付けば、さらに大きなビジネスチャンスが生まれるのではないかと話す。

 「ご年配の方など、ネットのサービスを使えばハッピーなのに、使えていない層が多いのではないでしょうか。行動力も購買力もあるのに、キーボードが打てないというだけで、OKWaveの質問サイトや、ECサイト、mixiのようなコミュニケーションサイトなどが使えません」

 「ある年齢以上の人々にとって、キーボードのキーというのは、スイッチに見えるんですね。あんなにたくさんスイッチがあるのだから、触ったら怖い、というわけです」

 「例えば70歳、80歳という年配の方が、ある時、足腰が弱って買い物に出られなくなったりする。そのとき今のネットというのは何の壁もなく入っていける世界なのか? そこを誰も試していなかったのではないかと思うんですよね」

 「年配の方々は、日本の総資産の70%を動かしている。それなのに、日本のオンラインショッピングなどを見ると文字が小さかったりする。今後、mazec web clientを前提にECサイトと一緒にシルバー向けECサイトを作り込む、という可能性はあるかもしれません。こうした発想は、コンピュータが当たり前の人たちとディスカッションしてても出てきませんよね」

 弱者救済という視点だけではなく、そこに大きなビジネスチャンスを見るところが、浮川氏のアントレプレナーシップの面目躍如といったところか。MetaMoJiが提供する7notesシリーズは、特にiPadアプリではスマッシュヒットとなり、ランキング上位の常連となっている。今後、海外展開や、キーボードに不慣れな層へのソリューション提供という点で、どこまで受け入れられるのか注目だ。

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(@IT 西村賢)

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