プロジェクトマネジメントはリスクマネジメント

ドラクエXマネージャが語る大規模アジャイル開発の極意

2012/08/29

 「ドラクエXのようなトリプルA級タイトルの開発スケジュールは最初から組み替えることが前提。イレギュラーな事案が発生するのは大規模開発では当然のこと。不確実だからこそ、少しずつ良い感じにしていくことができるアジャイルは大規模開発の手法として親和性が高い」

スクウェア・エニックス 開発部 ドラゴンクエストX デザインセクションマネージャー 荒木竜馬氏 スクウェア・エニックス 開発部 ドラゴンクエストX デザインセクションマネージャー 荒木竜馬氏

 本稿では8月20〜22日の3日間に渡り、パシフィコ横浜で行われたゲーム/コンピュータエンタテインメント開発者のためのイベント「CEDEC 2012」(主催:一般社団法人コンピュータエンタテインメント協会)で行われたセッションの中から、スクウェア・エニックス 開発部 ドラゴンクエストX デザインセクションマネージャー 荒木竜馬氏が8月20日に行った「大規模開発のプロジェクト管理 - ドラゴンクエストXにおけるマネージメント事例」の内容を紹介する。

ゲーム開発にはアジャイルが向いている!?

 ゲームをやらない人でも、ドラゴンクエストシリーズを知らない人はいないだろう。8月2日にリリースされた最新作「ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族 オンライン」(以下、ドラクエX)はドラクエ初のオンラインRPGとして発売の数年前から注目されてきた。発売から3週間で累計販売本数は50万本を超え、国内MMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game:多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)としては歴史的な大成功を収めたとも報じられている。

 ドラクエXは外注ではなくスクウェア・エニックス社内で開発が行われたタイトルである。膨大な人数のスタッフが製作にかかわり、荒木氏がマネジメントを担当したデザインセクションでも、さまざまな専門スキルを持った100名を超えるスタッフが数年に渡って開発に参加した。

 100名を超えるような大規模プロジェクトの場合、人数に比例したパフォーマンスを出すことは、ほぼ無理だと言っていいだろう。荒木氏は「100名を超えると、個々のスタッフがプロジェクト全体を把握するのが困難になり、スタッフ間で食い違いが生じやすく、結果としてゴールを共有できない事態になりかねない」と指摘。これを避けるためにマネージャは、プロジェクトの進行管理やワークフローの構築/整備、パート間で生じた問題の調整などをあらゆるメソッドや工夫を駆使して行い、「常にリスクヘッジを意識する」ことが重要だと強調する。

 開発期間中に生じるリスクを最小限にするには、作りながら細かく評価を行い、時には大胆な仕様変更をもいとわない姿勢がマネージャには求められる。実装と評価の短いスパンを繰り返しながら、不確実なゴールを少しずつ目に見えるようにし、ゲームの品質を高めるために、荒木氏はアジャイルを開発手法として選択した。「不確実なことが多いゲーム開発では実装と調整の繰り返しなので、基本的にアジャイルとは親和性が高い。特に、大規模開発ほどアジャイルに向いている」(荒木氏)。

リスクヘッジはバッファ管理で

 ゲーム開発にかかわるクリエータやプログラマには、一癖も二癖もある“とんがった”人材が多い。そうした人材を100名も率いて長いプロジェクトを乗り切るには、単に「アジャイルを採用すれば、うまくいく」というわけではもちろんない。荒木氏は今回「ハイブリッドなマネジメント」を心掛け、以下の4つのポイントにフォーカスしたと明かしている。

  1. 毎日15分のミーティング(スクラム) … 状況が刻々と変わるゲーム開発だからこそ、毎日の手間を惜しまず状況確認を。スタンディングでもOK。イテレーションごとにオーダーを見直す習慣を
  2. 優先度にのっとったタスク管理(狩野モデル) … オーダーに優先順位を付け、ラストまでの工程を明らかにし、本当に必要なことに注力する体制を保つ。内製のタスク管理データベースを使ってWebベースでタスク管理
  3. バッファコントロールでリスクヘッジ(CCPM) … 実装タスクをかつかつに見積もると、バグの手戻りなどに対応できない。タスクを2点で見積もり、バッファを持たせる。バッファの減り具合でリスクを管理
  4. ロードマップ … 状況に応じてロードマップを書き換えながら進める。ロードマップは"人"ベースで作成。人員の移動などもロードマップで確認。ロードマップもバッファ管理で。スタッフに安心感を与えるためにもロードマップの公開/共有は重要

 この中で特に興味深いのは、リスクヘッジにバッファ管理を採用している点だ。荒木氏は今回、イテレーション(2カ月)ごとのバッファ管理でスタッフ作業のリスクヘッジを、そしてロードマップ上のバッファ管理でプロジェクト全体のリスクヘッジを行い、効果を高めた。

 「問題が起こるたびにリスケを行う事態は可能な限り避けるべき。かつかつにスケジュールを引くのではなく、最大と最小の2点見積もりによるバッファ管理を行うことで精度の高いスケジューリングが可能になる。今回は線表管理でバッファの消費量を確認し、イテレーションごとに管理した」と荒木氏。

 もっとも、難しい側面があったことも確かで、「バッファが余って手が空くということはほとんどなく、逆にバッファを取っていたけど足りなくなったということはしょっちゅうあった。プロジェクト管理のためのより精度の高いバッファ管理は今後の課題」と反省点も見せる。

 荒木氏が取ったハイブリッドなマネジメント手法では、アジャイル開発で代表的なメソッドがいくつか採用されているが、どれかをフル活用するスタイルではなく、必要な部分を時と場合に応じて適宜組み合わせている点が特徴だ。これについて荒木氏は「プロジェクトマネジメントはリスクマネジメントと同義。メソッドを適用することが目的ではなく、プロジェクトにあったやり方で組み立てていくことが必要。極端にいえば、運用がうまくいくのであれば、メソッドを適当に変更しても構わないと思う」と強調する。

 アジャイル開発の現場では、ともすればメソッドにこだわり過ぎるきらいがあるが、最も優先すべきことをマネージャが理解していれば、ツールのようにメソッドを使いこなすことができる一例だろう。

真の“効率性”の追究がマネージャの仕事

 プロジェクトマネージャにはいくつもの役割が課されるが、ドラクエXのような大規模プロジェクトでは、最終的なゴールをスタッフ全員が共有することは、どうしても難しくなる。「正直、初期段階ではゲームの完成形のイメージが持てなかった。このまま完成しないでは、と思ったこともある。初期段階からブレずに進めるというのは本当に難しい」と荒木氏は振り返る。

 では荒木氏は、このハードルをいかにして乗り越えたのだろうか。

 「マネージャの仕事はいかに合理的で効率的な開発を行えるようにするか、これに尽きる。効率的な環境を整えられれば、チームのパワーをクオリティ向上に当てられ、スタッフの心の平安を保つことができる。大規模になればなるほど合理性/効率性の追究は重要。組織の能力を最大限に引き出すのがマネジメント」と語り、マネージャがその努力を惜しんではならないという。イテレーションの期間を2カ月と、通常のアジャイル開発よりも長めに設定したことも、効率性を追求したからこそだ。

 具体的に行った取り組みの1つとしては、イテレーション中に「全体プレイ会」を設けたことが挙げられる。2カ月に1度、全員が集まり、半日から1日かけてゲームを実際にプレイする。自分が担当する以外のパートの進ちょくも把握でき、かつ、自分の仕事が全体にどういう影響を与えているのかを確認できる。

 ユーザーとしての視点をスタッフから得ることもでき、何より全員がゴールに向かって意識を1つにし、思想を共有できる。「全員からの評価を得られるメリットは大きい。全員の時間をほぼ1日拘束するのはコストの面から見ると効率的とはいえないかもしれない。しかし、それを押してでもやった価値はあった」と荒木氏。目先のコストやタスクに惑わされることなく、全体を見渡せる目を持っていないと、こうした取り組みを実現するのは難しい。

 もう1点、荒木氏がマネジメントで配慮したのがスタッフのモチベーション維持だ。長期間に渡る大規模開発では、スタッフが思考を止めてしまい、言われたことだけをやる傾向に陥りがちだという。それを防ぐためには「スタッフそれぞれに役割を持ってもらい、どれだけチームとプロジェクトに自分がかかわっているかを認識させる」ことが重要だと荒木氏。

 スタッフ1人1人に明確なロールを持たせ、例えば「見積もりなども作業担当者自身にやらせ、説得力を持たせる」ところまで踏み込んだという。効率的な開発現場とは、各スタッフが自発的に動いてこそ実現する。スタッフを思考停止させないためにも、小さな意識改革を起こさせるのはマネージャの重要な仕事といえる。

アジャイルだけではなく気遣いを

 「マネジメントは人ありき。プロフェッショナルなアーティストやゲームデザイナ、プログラマといったスタッフに最大の敬意を払って、この講演を終わりにしたい」というフレーズで締めくくった荒木氏。

 CEDECのセッションでは、通常の参加者は写真撮影が禁止されていたが、荒木氏はセッションの冒頭で、「レポートを書かなきゃいけない人たちもいるでしょうから、僕のスライドは(撮影禁止のもの以外)自由に撮ってくれて構いません」と聴衆に向かって語りかけた。そうした気遣いの姿勢からも、職人気質の強いアーティストや個性的なプログラマといったクセのある人材を1つにまとめ上げ、長期間の大プロジェクトを乗り切った荒木氏のマネジメント能力の高さがうかがえる。

 見えないゴールを見えるようにするのに必要なのは、アジャイルだけではない。

(五味明子)

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