Appleショックとその裏側を探る

HTML5が盛り上がった本当の理由

2012/09/11

 9月8日、HTML5コミュニティ「html5j.org」が主催するイベント「HTML5 Conference 2012」が慶應義塾大学日吉キャンパスで開催された。コミュニティとしては初めての1000人規模のイベントであったが、応募開始からわずか2日間で席が埋まってしまうほどの盛り上がりをみせた。全22のセッションのうち、パネルディスカッション「Web最先端、エキスパートたちの視点から」では、グーグルの及川卓也氏、Futomiの羽田野太巳氏、シーエー・モバイルの白石俊平氏、NTTコミュニケーションズの小松健作氏が登壇。「たくさんの優れた技術がある中で、なぜHTML5が今、こんなにも盛り上がりを見せているのか」という議論が行われた。

(左から)及川卓也氏、羽田野太巳氏、小松健作氏、白石俊平氏 (左から)及川卓也氏、羽田野太巳氏、小松健作氏、白石俊平氏

 羽田野氏は、「冷めた言い方かもしれないが、HTML5が盛り上がったのは、Appleショックがあったからである」と話した。「仮に、iPhoneやiPadにFlashが入っていたらどうなっていただろうか。これほどまでに、一斉に注目されることはなかっただろう。良くも悪くも、これは1つの側面として受け止めなければならない。特に、Appleはスマートフォン市場において、半分のシェアを握っている。その中でFlashを選ぶということは、コンテンツ制作者からしてみれば半分のプラットフォームを捨てることになる。それは、大きな市場を失うことと同じ。コンテンツ制作者は、必然的にHTML5を使わざるを得ないのだ」(同氏)。

 もう1つのポイントは、「エコシステム」だという。例えば、AppStoreでアプリを作るには、お金がかかる。しかも、AppStoreではアプリの内容までが制限され、そこに不満を持っている人もいる。そこで、裏でHTML5で作れば、独自のサービスを展開できるという、ビジネス的な視点から選ばれている可能性もある。今のところ成功事例は少ないが、ビジネスへの一手段ではあると、羽田野氏は述べる。

 一方、小松氏は「Appleショックは大きかったが、それだけではない」との考えを述べた。本当の要因は、「意外性」だという。例えば、他の言語環境やフレームワークで描画機能が搭載されたり、データをきちんとデータベースに保存できるようになったりしても、誰も見向きもしない。しかし、“ブラウザ”という、もともとブラウジングをするためのソフトウェアでいろいろなことができるようになったからこそ、デベロッパーのネットワークに衝撃を与えたのだと話す。

 小松氏は、「デバイスの意外性」に加え、羽田野氏が述べた「環境・マーケット・ビジネス」といった事象が重なったことで、現在までの流れがあるのだと語った。「例えば、Google Mapsが出てきたとき、これと同じことが起きた。地図のネイティブアプリケーションは、それまでにもたくさんあった。機能的には他のものとそれほど変わらないのにもかかわらず、あれほどGoogle Mapsが注目を集めたのは、Webで提供されたからだ」(同氏)。

 さらに、及川氏はまた別の視点からHTML5の盛り上がりについて考察した。「HTML5では、提供されている元の仕様とは違うものを、開発者とユーザーが勝手に作ってしまうようなオープンな環境がある。“しっかりと完成された仕様があり、その仕様どおりに皆が使う”といった構図ではなく、“元の仕様をみんなで叩いて成長させていく”といった環境が面白い」という。

 例えば、これまでは、提供された仕様をそのまま使うことが一般的であった。一方で、HTML5は元の標準がどんどん作り直され、さらにその結果がフィードバックされて、また作り直されていく。このことについて、及川氏は「Webのサービスは、『永遠のベータ』と呼ばれている。それは「未完成」という意味ではなく、永遠に進化し続けるという意味。“Web”と呼ばれる業界に閉じることなく、いろいろな分野に適応し、さらに、それがフィードバックされる。このオープンなイノベーションのサイクルがあるからこそ、注目されているのではないか」と述べる。

 逆に、白石氏は、実装よりも先に仕様書が出てくるWebの世界の仕組みがポイントではないかと話す。例えば、他のプラットフォームでは、先に実装が出るか、実装と仕様が同時に出てくる。先に仕様書だけ現れるというのは、なかなか見たことがないと、同氏は語る。

 「例えば、WebSocketsは、仕様書が先に出てきた。未だ実装されていない仕様書を見て、『こんなのやる奴いるのか』と思った」と話す。また、HTML5の仕様書を読んでいるときにも「オフラインWebアプリケーションなんてやる人はいるのか」と疑問を持っていたそうだ。しかし、実際にはすでにWebKitで実装されていたという。そんなことが繰り返されているうちに、白石氏は「紙が出てくる、それだけで『もしかして実装されるのかな』と期待したり、実装されたものがバグっていても後に改善されたりといったように、1つのテクノロジが成熟するまでに何回もわくわくさせられる」と話す。

 HTML5が盛り上がる本当の理由は、登壇者それぞれの考え方があるからこそ、だと思えた。

 パネルディスカッションの最後には、「3年先に“HTML6”は登場しているのか」という話題が持ち上がった。登壇者たちは、「“HTML6”はおそらく出ていないのではないか。出ているとしたら、“HTML5.1”または“新しいHTML”ではないか」と会場の笑いを誘い、幕を閉じた。

(@IT 太田智美)

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