Analysis
「クラウド」はあいまいなままがいい
2009/12/08
いまだに「○△はクラウドとは呼べない」「△□の要素がなければクラウドではない」といった議論をする人がいるのは残念なことだ。Amazon EC2/S3が好きなら、そう言えばいい。それを言葉の定義の問題にすりかえてみても、何ら建設的な意味を持たない。
かくいう私も、昨年のいま頃は、「クラウド」という言葉を使うことをできるだけ避けていた。理由は、「クラウドの普及=Amazon EC2/S3、Google App Engineをだれもが使うようになる」という図式でITの今後を語ろうとする風潮に巻き込まれるのがいやだったからだ。2009年は国内外のさまざまな企業が「クラウド」を唱えて製品やサービスを出してくれたおかげで、この言葉がさらにあいまいになり、上記のような単純な図式が崩れたことで、私もこの言葉を安心して使えるようになった。
世の中には正確に定義すべき言葉と、そうでない言葉がある。クラウドという言葉は明らかに後者に属すると私は考える。IT業界では、こうしたあいまいな言葉が時々出現する。あいまいではあってもキャッチーな言葉に業界全体が飛びつき、その意味を広げたり、薄めたり、歪めたりしながらも、よってたかって新たな製品やサービスを生み出す。しかし結果として、より幅の広い利用者に、より大きなメリットを提供できるようになる。それがIT業界のバイタリティでもある。
クラウドという言葉に関していえば、「利用者が、利用したいものを、利用したいだけ、利用するということに専念できるようなIT消費スタイルである」という意味さえ保たれていれば、ほかの定義は2次的なものだと考える。上記が、すべての「クラウド」の目指す到達点であり、同時にいくらあいまいであっても、この言葉を使うことに意味がある理由でもある。
たしかに多くの人は、Amazon EC2/S3をクラウド的なクラウドだと考えるだろう。私もそう思う。セルフサービスを含めたITプロビジョニング・プロセスの自動化、時間単位や容量単位の従量制課金、明確な料金体系、即座に利用を始められて即座にやめられる機動性、パフォーマンスをスケールさせられる仕組みの提供など、“かっこいい”要素が満載だ。
一方で、可用性やセキュリティ、パフォーマンスの安定性についての懸念などから、Amazon EC2/S3の利用に二の足を踏む人がいる。そうした人を「臆病だ」と非難しても、何の意味もない。利用者として当然の懸念だからだ。
上記のような懸念に応えながらも、クラウドのメリットを利用者に提供できるようなサービスが現れればいいだけの話だ。
可用性、パフォーマンス、セキュリティについても、利用者が意識しなくて済むのが理想的なクラウドサービスだ。そして将来には、このレベルまで達した、本当に安心して身を委ねられるサービスが登場するかもしれない。しかし現状では、クラウド的なサービスであればあるほど、セキュリティや可用性がどう確保されるのかについてもマスクされるため、利用者側は不安が募る。
従って、理想的な世界に到達するまでの経過措置的に、あるいは理想的な世界を実現する基盤として、明確なサービスレベルを規定したクラウドサービスが今後増えてくるだろうし、すでに個別契約で利用者に同様の保証を与えているケースもあるだろう。最終的には事業者をどれだけ信頼できるのかという問題なのだが、事業者は、信頼してもらうための材料をもっと利用者に提示できる余地があるはずだ。
アマゾンだって、現在同社のサービスが満たしていないニーズに応えるための機能拡張や新サービスを、今後提供していくことは十分考えられる。すでに「Virtual Private Cloud」というVPN接続オプションを同社は提供し始めている。アマゾン自身が、これまでよりも「クラウド的でない」クラウドサービスを充実させてくるかもしれないのだ。その時、現在のAmazon EC2/S3だけを暗黙の前提とした狭い「クラウド」の定義は崩壊することになる。
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