[Analysis]
VoIP over 3G開放でモバイル業界に激震
2010/02/08

これまで3Gネットワークを使ったiPhone向けのVoIPアプリケーション(音声通話ソフトウェア)は配布が許可されていなかったが、ついに2010年2月3日、Skypeが3G対応版を近日中にリリースすることを明らかにした。iPhoneのデータ通信機能を使ってSkype同士、あるいはSkypeOutで携帯電話や一般の電話にかけられるようになる。
これまでスマートフォンといえども音声サービスとその月額課金をベースにビジネスモデルは組み立てるのが一般的だった。しかし今後、Skype同様のアプリケーションの登場で3G上のVoIP利用が広まれば、内外のキャリアのビジネスモデルに大きな影響を与えることになりそうだ。
Skype for iPhoneは3Gでも利用可能に
これまでにもSkypeはiPhone向けクライアントを提供していたが、通話機能の利用はWi-Fi接続時に限られていた。この制限は技術的なものではなく、アップルのSDKで規定されたものだった。iPadの発表に合わせてアップデートした「iPhone OS SDK 3.12」では、一部規約が変更され、一般のソフトウェア開発者でもVoIPアプリケーションを開発して、配布できるようになった。Skypeは、これに合わせてiPhone向けの新クライアントをリリースした形だ。SILKと呼ぶ高音質なコーデックを使うという(PDF資料)。
2009年10月にはAT&Tが3Gネットワークを使ったVoIP機能をiPhoneにも開放することを発表している。AT&TはiPhone以外の端末では2G、3GによるVoIPを許可したが、iPhoneでは禁止していた。
iPhoneになだれ込む動画ストリーミング
続く2009年12月には、米Ustreamがネット上で生中継ができるiPhoneアプリ「Ustream Live Broadcaster for the iPhone」を無償提供開始。音声どころか、動画まで3Gネットワークでリアルタイムに配信できるアプリケーションが登場した。iPhone版以前にもUstreamは、AndroidやNokia端末向けに同様のアプリケーションを提供していた。iPhone版はApp Storeの登録申請から1年を経て承認された格好だ。
日本国内でも、画面の上半分をストリーミング動画に、下半分をTwitterクライアントとすることで、手軽にモバイル環境でストリーミング中継ができる「Twitcasting Live」が2月3日に登場。iPhone 3Gまたは3GSのみを使って、映像と音声、Twitterによるライブストリーミングが可能となるなど、革新的なサービスが出てきている。API開放によって、音声や動画を3G上で通信するアプリケーションが急速にiPhone上になだれ込みそうな情勢だ。
キャリアが態度を軟化させる背景
なぜここへ来て急速にVoIPや動画ストリーングといった、これまでアップルが禁じてきたアプリケーションが承認されるようになったのだろうか? これらは、アップルがコントロールするApp Storeの閉鎖性を象徴するようなジャンルだったはずだ。
最大の理由はキャリア(AT&T)の態度が変わったことだろう。AT&Tは先のプレスリリースの中で、iPhoneのデバイスとしての機能や性能を検討した結果などともっともらしい理由を付けているが、iPhoneだけがほかの端末に比べてVoIPができない技術的理由など最初からあるわけがない。端的に言えば、音声サービスによる収入を減らしてでも「iPhone+データ通信」はビジネスモデルとして成立するという確信が得られたということだろう。iPhone経由でPCをネット接続する「テザリング」などと違い、音声通話のトラフィックは、現在のデータ通信によるトラフィックに比べて特別「積み増し」というほどにはならない、という判断もあるのではないかと思う。
この推測が正しいとしたら、アップルは実に巧妙にキャリアに対して必要なステップを踏ませたことになる。いきなりビジネスモデルを根底から変えてしまいかねない3G上のVoIPを許すのではなく、十分にユーザーベースを獲得し、データ通信による収入が見込めることを証明した上で、音声中心からデータ通信中心のビジネスモデルへ“ソフトランディング”できるようにキャリアに配慮したと言えそうだ。AndroidなどオープンなプラットフォームではVoIPや動画ストリーミングが当たり前のように登場してきていることも、AT&Tの背中を押した形だろう。
いずれにしても、これは米国でのビジネス的な綱引きの話だ。かつてiPhoneでテザリングが可能となったときに、ソフトバンクモバイルがこれを禁止したのと同様のことが、3G VoIPでも起こらないとも限らない。つまり、米国のAT&TユーザーがiPhoneで3G VoIPが使える一方、国内向けのApp StoreではSkypeなどが一律に排除されるという可能性は残っている。
ただ、音声サービスはトラフィック全体から見れば、データ通信とは比較にならないぐらい小さくなっていく。例えば、シスコによる全世界のモバイルデータトラフィックの予測によれば、2008年から2013年でトラフィックは66倍になるという。しかも2013年にはその64%がビデオで占められる見通しだという。処理性能的に動画通信が可能である以上、スマートフォンを機軸としてキャリアがビジネスモデルを転換する必要があるのは明らかだ。
市場シェアでもマインドシェアでもiPhoneはモバイル・インターネットの最先端を切り開いているデバイスと言っていいだろう。そのiPhoneがいよいよ音声中心だったキャリアのビジネスモデルに引導を渡すことになる。
国内キャリアはモデル転換で出遅れ
国内キャリアを見てみれば、NTTドコモもKDDIも音声サービスのARPU(Average Revenue Per User:利用者1人当たりの月間売上高)は下がり続けているものの、いまだ総合ARPUの約半分を占めている。例えばNTTドコモの過去9年のARPUの推移を見ると、音声サービスによる収入の減少ペースは、データ通信サービスによる収入の増加ペースをはるかに上回っていることが分かる。自社間同士の通話定額などで音声の料金収入が急減する一方、データ通信のARPUの伸びは緩慢すぎて総合ARPUの減少を支えきれていない。

一方、ソフトバンクモバイルだけは、データ通信のARPUの伸びに支えられる形で総合ARPUが増加に転じている。下がり続けていたARPUは2008年度末に底を打った後、3期連続で総合ARPUが増加している。言うまでもなく、データARPUの向上に大きな役割を果たしているのはiPhoneだ。

つまり、ソフトバンクモバイルがiPhoneの好調で「音声→データ通信」と収益の比重を移していくのに成功しつつある一方で、NTTドコモやKDDIは事業モデルの転換で苦戦を強いられているということだ。これはスマートフォン戦略の成功とも表裏一体で、2社はスマートフォン戦争に出遅れたと言えるだろう。いずれにしても、どこのキャリアにとっても3G上のVoIP解禁は時間の問題のはずだ。iPhoneとともに先手を打ったキャリアに追随する形で、内外のキャリアは何らかの対応を迫られることになるだろう。
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