[Analysis]
Twitterで支援が拡大、日証協問題の本質
2010/07/05
6月末、親族や社員など以外の個人から出資を受けた企業の株式公開を原則禁止する日本証券業協会の規制案(PDF資料)が、Twitter上で波紋を呼んだ。規制の理由は未公開株詐欺の防止だが、一方で、ベンチャー企業立ち上げ初期に知人から投資を受けるケースで上場が難しくなり、ベンチャー投資が活性化されなくなるという懸念があった。
この規制案の発表を受けて、苦しいときに力量を信頼してくれた知り合いからの資金援助を得て株式公開を果たしたセンパイ社長たちが中心となって、Twitter上でパブリックコメントによる支援を求めた。こうしたメッセージは次々と拡散され、ついに先週末には日証協は施行の先延ばしをせざるを得なくなったのだ。
従来、公示はするが、特定の人以外見る人もなく単に“広く意見を聞きましたからね”というアリバイ作りにのみ使われていたパブリックコメントのシステムが、本来の意義を発揮してしまったわけで、Twitterの力を見せつけるソーシャルの時代にふさわしい現象となった。
一方、ベンチャー投資が役人までをも巻き込んで社会現象のように盛り上がった時代が去り、これからは介護だ、資源だ、環境だと言われる昨今だが、実は一過性でないベンチャー支援のコミュニティーが形成されていたことが逆に実感された出来事である。
だが、このとりあえず先送りされた、日証協規制に見られるベンチャーに対する本質的な問題とは何だったのか?
もともと未公開株投資は危険である
Twitter上で善意の支援が盛り上がったゆえに、指摘しておくべき重要なことがある。それは、原則として未公開株投資は危険だと言うことだ。まともな会社であっても成功する確率は低い。その上、まともな会社に混じって未公開株投資で儲け話を持ちかけてくる詐欺師もいて、こうした人々は、あなたの善意につけ込んでくるからだ。
今回の騒動で散見される意見の中に「ベンチャーに対するエンジェル投資は促進されるべきである」というものがある。しかし、上記のような事情を考えると、このメッセージは、投資しようとしている経営者を個人的によく知っており、その会社にアドバイスできる程度の見識と、余裕資金を持っている個人に限定して理解するべきだ。
これに対して一般人は、見知らぬベンチャーのエンジェルになるべきではない。未公開企業の株式流通と募集方法には、基本的により強い規制をかけるべきなのである。
米国の未公開株規制
実際、未公開企業に関する詐欺事件は、わが国固有のものではなく、多くの国で強い規制が存在している。そして、それは、エンジェルによるベンチャー投資が盛んと言われている米国も例外ではない。例えばSECは以下のような文書を公開している。
米国での規制内容は、未公開株の売り出しは、原則としてSECに対する届け出を要求し、届け出例外ルールを別途明確に定めるという厳しいものだ。売り出しに際しても、広告や一般に対する訪問などの勧誘を行うことができない。また、出資者に対しては、未公開株であるゆえに、流通と換金性に制限があることを説明しなければならず、未公開段階で株式を取得した者は、たとえ、その会社がすぐに公開したとしても1年間は売ることができない。情報提供も厳格に規制され「IPOする」など、ミスリードする情報の提供を禁止している。
また、未公開株に比較的自由に投資して良い人(accredited investors)の要件を定めている点もユニークで、機関投資家ではない個人の要件は、該当企業の役員、重役、または資産が1億円程度以上の個人、あるいは2年間連続で年収2000万円程度以上の個人となっている。米国でエンジェルと言われる人たちは、こうした“事業での成功体験を通じて財をなした見識ある人たち”のことだ。
日証協規制、何が問題か?
これに対して、今回の日本の規制案は、すでに存在する「未公開株流通は、相対取引を除き証券事業者経由に限る」という規制を補完する目的で考え出されたものだ。従来の規制では、販売事業者が証券業の届け出をしているかどうかで違法性の判断をしていたのだが、株式の発行体そのものが募集する場合を規制できない。このため、個人を相手に株式を発行したら、株式の公開ができないことにしてしまえば良い、というのが今回の規制案だった。「株式公開すると言って株を売る」時点で詐欺として摘発しやすくするワケだ。ナイスアイディア!! か??
しかし、残念ながら、この規制にはほとんど意味がない。なぜなら、すでに未公開株詐欺の現場では、法人所有方式といって、会社Aの株式を所持するためだけの目的会社Bを設立し、B社の株式を募集するなど、現行規制の派生系としてのテクニックが確立しているからだ。この持ち株会社方式であれば、証券業による規制にも、今回の規制にも、まったく影響されない。
その上、Twitter上で多くの人が指摘したように、せっかく基盤ができつつある"特定の事業領域に精通した"日本のエンジェル投資家による企業の育成機能を殺してしまう。騙される大衆投資家と、見識ある個人事業家による援助を隔てなく規制してしまっているのだ。
その上、今回の規制案自体は、あやふやな例外規則が存在する。役員やその親族など同族による投資などを例外として許した上で、「4 その他本協会が第1号から第3号に準ずると認めたとき」と、協会による大幅な裁量の余地を残している。おそらく、日証協の意図は「まともな投資家は、上場審査の時にこの“準ずる”の例外規定で通しますよ」ということなのだろう。原則禁止だが、個別で裁量の余地を残す。しかし、それでは、当初の目的である明示性がそもそも成立しない。
つまり、詐欺師も「うちは例外なんです」というだけで済んでしまうのだ。
あいまいな我が国の規制
未公開詐欺業者の活動の本質は、
- 電話、訪問による活発な勧誘活動を行う
- IPO確実など有望な株と投資家をミスリードする
ことにある。どちらも、米国の未公開株発行規制の基本禁止事項だ。わが国でも、こうした具体的で直接的な規制をすれば良いだけの話なのだ。
しかし米国の細かな例外規定に比べ、今回の日証協の規定に代表される、わが国の規定は適用領域に裁量の余地の多い漠然とした規定を設けることが多い。これはなぜだろう?
ルールを明示化すると、やって良いことといけないことの区別は明確だが、細かな規定により、取り締まる際にも、専門性を持った多くの人員が必要になる。たとえば、米国SECでは、日本に比べ格段に多数のスタッフが取り締まりに従事している。これに対して、わが国の場合、原則禁止の幅が大きく、「変わったことをする奴は悪い奴だが、まぁ、目立たなければお目こぼし」で目立った奴だけ見せしめのために叩く。そのため取り締まりの人員は少なくて済むのである。行政は効率的となり、試行錯誤のいらない正しい先行モデルがある発展途上社会ではうまく機能するシステムだったのだ。
ベンチャーが育たない本当のワケ
ベンチャーは人がやらない変わったことに挑戦するからこそ、ベンチャーとなる。このためルールは明示的であることが望ましい。
対してわが国は自粛が前提で、何か変わったことをすると叩かれる社会。多くのベンチャー企業経営者も、世間的に注目を集めた段階で激しいバッシングに遭ってきた。変わったことをやったら、いつバッシングされるか分かららない社会なのである。
今回の原則禁止であやふやな例外規定を持つ日証協規制でも、エンジェル投資に対していつでも例外適用を反故にする自由を持っている。そんな状態で、ただでさえリスクの高いベンチャー投資をしてくれるエンジェルがいるのだろうか?
あいまいな規制による自粛社会。今回の規制には、わが国のベンチャー不振の原因が垣間見えているのかもしれない。
(日本ソフトウェア投資 代表取締役社長 酒井裕司)
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